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この力は誰の為に  作者: 榎木ユウ
この力は何の為に
33/44

12 ため息、3つ

「また......」


 8時過ぎに家についたちとせは、一階のポストではなく、自分の部屋の郵便受けに直接差し込まれた手紙にウンザリとする。


 書いてあることは毎回同じだ。


『返せ』


「できるもんなら、してるっつうの!」

 部屋に入ってすぐに、ぐしゃぐしゃと紙を丸めてゴミ箱に入れる。


 気持ちが悪い。


 何を返せというのだろうか。

 そう思って、一番すぐに思い浮かべるのは、隼生から貰った力のことだ。

 勿論、力のことは誰にも言ってないし、外で使ったこともない。

 それでも、こうしてただ、『返せ』とだけ書かれると、不気味さだけが増す。


「まあ、何かしても何とかするけどさ」

 そう一人ごちに呟いた一言が酷く嘘臭く思えた時だった。

 ピンポンとインターホンが鳴る。

「はい」

 モニタを確認すると、夏生がカメラを見ながら立っている。


「俺。ちとせ、残業お疲れさま」


 どこか似ていて、そしてどこか遠い。

 愛しい人の声と近い音色に、ちとせの胸がジクジクと痛む。


「晩御飯、食べてないなら、一緒にどう?」

 ガサガサと音がする。その手にコンビニのものらしき袋が見えた。


 それじゃ、栄養が偏るよ!と思ってしまうのは、きっと、夏生を弟のように感じているからだろう。そうに違いない。


 ご飯は食べてきていない。

 そこまで忙しくはなかったし、そこまで残業するほどの仕事量でもなかった。

 それでも、残っていたのには当然理由がある。


「夏生くん、ごめん。食べて来ちゃった」

 嘘臭いセリフだと我ながら思ったが、それで通すと、ドアの向こう側で、夏生が苦笑する。

「そっか。ゼリーとかいる?」

「大丈夫。お腹いっぱい」

「あんま無理すんなよ。落ち着いたら、メールくれよな」

 優しく労ると、そのまま、夏生はドアに背を向けた。ちとせはピッとインターホンのモニタを切る。


 残業だからと気を遣ってくれているのだろう夏生に、罪悪感で胸が一杯になる。


「ごめんね、夏生くん」

 ちとせはポツリとそう呟いた。


 そして、くるりと今帰ってきたばかりの部屋を見る。

 電気だけは辛うじてつけた。

 テレビもファンヒーターも点かない。


 点けられない。


 ちとせはふう、と小さくため息を漏らした。



☆☆☆



 夏生がふう、とため息を漏らすと、創がニヤニヤしながら問いかけてくる。

「巨乳年上婚約者と喧嘩?」

 昼休みぐらいおとなしくしてろと言いたかったが、創の口に戸は立てられない。

 夏生は、ジロリと創を睨んでから、最後の一口のパンを口にほおりこむ。

 そして、「飲み物買ってくる」と席を立つと、頼んでもないのに創も立って「俺も」と言ってくる。

「じゃあ、俺、カフェオレ」

 立った創にそう言って座り直せば、創は驚いた顔の後、「ひでぇ! 一緒にいこうよー。なつおくぅん!」と気持ち悪い猫なで声で言った。

「いや、ひとりで行け。そして遠慮なく俺の分をお前の小銭で買ってこい」

「俺が奢るの?!」

「は? お前の財布を遣うのに、お前の許可がいるのか?」

「!!!!」

 創が「どS!?」と半泣きになりながら、それでもジュースを買いに行く。間違いなく自分の金で夏生の分も買ってくるだろう。

(ぜってー、あいつがどMの間違いだろ)

 今も真顔で創の財布を自分の扱いした瞬間、創がにやぁと口元を緩めたのを夏生は見逃さなかった。

 取り敢えず、これ以上創を図に乗らせると怖すぎるので、買ってくるであろうカフェオレの代金を創の机にガムテープで張っておく。

 ベタベタのガムテープはさぞかし嫌だろうが、きっと、創は少し喜ぶだろう。


「浅間君、凄いね」

 ガムテープを張り終えた夏生にクラスメートの女子が話しかけてくる。

「そうか?」

「絶対、郡司君、喜ぶよ?」

 クスクスと嬉しそうに笑う女子は、夏生に全く興味を示さない。普通に会話はしてくるが、それ以上はない。


 それが当たり前なのに。


 一部の女だけが、過剰に夏生に、反応する。


(浅間の血のせいだろうな)

 まあ、それに便乗する自分も自分だが、それでももう少し、普通の女に好かれたいと思わずにはいられない。


「おーい、浅間、呼び出し」

 ドア近の席の男子にそう呼びかけられた。

 先程、女子と話したその背後で、一瞬、視界に入った女も、やはり過剰反応の一人に違いなかった。


 夏生は面倒臭げに立ち上がると、ドアの方まで行き、そこで待つ、都賀るりあに問いかける。

「何か用?」

 夏生でなくても、どんな男でも選べそうな綺麗な女は、それでも夏生を選ぶのだろうか。

 るりあはにっこりと艶めいた笑みを浮かべてから、「少し、いい?」と聞いてきた。


「ここでいいんだけど。特にあんたと話したいことないし」

 そう返せば、あからさまにるりあは傷ついた顔をする。自分で夏生の不名誉な噂をばらまいた癖に、全く、理解不能だ。

「わ、私はここよりももっと......」

「ここで言えない内容なら聞きたくないし。

 それに人のこと、勝手に噂しといて、よく顔出せたね?」

 カアッとるりあが恥ずかしさではなく、頬を赤らめた。

「夏生くん、今日、一緒に帰らない?」

 それでも媚びを売るでもなく、誘いをかけてくるその厚顔さには、舌を巻く。


(何でかなあ)


 どの女もみんなそう。


 夏生に寄ってくる女は、皆、何かに惹きつけられているかのような目で夏生を見る。

 最初は、それが自分の魅力なんだろうと、自惚れもしたが、もうそんな生活も長く続けばいい加減分かる。


 女たちは無意識に浅間の血に惹かれているのだ。


 そこに、『夏生』である意味なんて必要はない。


(ちとせなら嬉しいのに)


 隼生に惹かれたちとせは、夏生にも惹かれてくれないだろうか。同じ浅間という理由一つで構わないのに。


 そこまで考えて、ちとせは違うだろうな、と内心苦る。

 確か、ちとせは、欲しいときに欲しい言葉をくれるのだと隼生を称した。それは浅間の血ではない。隼生の性格だ。


(俺の中身を好きになってくれるだろうか?)

 隼生に比べれば、まだまだ人生経験の浅い自分の有利な点と言えば、ちとせの隼生に対する執着を厭わないことぐらいだろう。

 それは大きな利点でもあるが、欠点でもある。 


「帰り、迎えにいくね」

 目の前ではるりあが勝手に話を進めていた。夏生はそれに対し、顔をしかめて、首を横に振る。

「来なくていい。婚約者のとこ行くし」

 本当は今日もちとせは残業だと言っていた。大人の都合だし、それに対して辛抱強く我慢はしてみたが、そろそろ限界に近かった。


(ちとせに会いたい)


「この前まで、婚約者なんて蔑ろにしてたくせに」

 ちとせに想いを馳せていると、目の前でるりあが低い声でそう言った。

「あ?」

(何なの、こいつ?)

 いい加減、苛々してるりあを睨みつけた瞬間、るりあがにっこりと笑った。


 ぞっと背筋が寒くなるような笑顔だった。


「帰り、迎えにいくから」

 もうそれ以上は言わせない、とばかりに、るりあはそう言うと、くるりと踵を返し廊下を歩いていく。

 その後ろ姿はどこか機嫌が良さそうで、夏生は、先程とは別の意味でため息を逃さざる得なかった。



 放課後、チャイムと同時に夏生は席を立つ。

 るりあが来るのなんて、冗談じゃないと思ったからだ。

「夏生、都賀さん、来るんだって?」

 その場に居なかったはずの創がニヤニヤとそう聞いてくるので、夏生はうんざりした顔をしながら、

「来てもいないって言っとけ」

と言った。


「色男は大変だ」

「うるせー」

 それだけ言うと、うんざりしたまま、家路へ急ぐ。幸い、るりあに捕まることもなく家に着くと、夕飯の買い出しにコンビニへ行く。

 めぼしい物を買った後、デザートだけは2つ買った。今日ちとせが会社で食べていても、それ位なら食べられると思ったからだ。


(あげてもらえるといいんだけどな)

 いつも遠慮なくズカズカと上がり込むが、仕事が関わってくると、社会人経験のない夏生には、何も言えなくなる。せめて足手まといになるのだけは避けたいので、夜も遊びに行かなかったが、休日も『疲れているから』といわれ、1週間以上それがつづいてしまうと、我慢できなくなる。


(どんだけ、俺、ちとせに入れ込んでるんだよ)


 別に何かしたいわけじゃない。

 いや、できるものならしたいけど、そういう短絡的なものでなく。


 ただ、会いたい。


 そのシンプルな形が、非常にこそばゆい。


 自宅にもどって冷蔵庫の中に、二つのデザートを並べて、一人頬を緩め、夕食を食べ、ぼんやりテレビを見て、8時に、

(あと30分して8時半に会いに行くか)

と思った時だった。


 ピンポン、と音が鳴る。


 夏生の部屋もちとせと同じくモニタ付きのインターホンだ。


「はい」

と返事をしてモニタ確認すると、女が映っていた。

 その顔に、夏生は眉をひそめる。


 画面にはるりあが映っていた。


「夏生くん、きたよ」

「は? 帰れ」


(何しに来てんの、こいつ)

 ゾッとしながらインターホンの回線を切ろうとした瞬間、

「夏生くん......」

 聞き慣れた声がして、目を見張る。

 るりあの後ろにもう一人、女がいたのだ。


 困惑した顔の、るりあよりは年上の女。


「マジかよ」


 急いで玄関にいき、ドアを開けると、るりあが満面の笑みでこちらを見ていた。


「迎えにきたよ、夏生くん。これから西脇さんのお部屋でご飯、食べましょう?」


 るりあの背後で、何とも言えない顔のちとせが立っていた。



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