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この力は誰の為に  作者: 榎木ユウ
この力は誰の為に
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2 私が食べました



 飲み会はお盆連休直前に催された。

 だから、次の日からは怒涛のお盆連休。


(そして初めてのご挨拶!!!)


 ミンミンミンミンと蝉の声が煩い。

 鬱蒼とした森を背景に、その屋敷はどっしりと佇んでいた。


 浅間家本家だ。


 ちとせが怒涛のプロポーズをした日から2日後、この家の敷居をまたぐことになった。

 地元から電車で3時間、N県の山間部に位置するこの場所に、ちとせは胸にこみ上げてくるものを感じずにはいられない。


「大丈夫か?」

 隣で浅間が心配そうにちとせを見ている。

 ダラダラと汗が垂れているが、これは脂汗ではなく暑さの為の汗だ。

「大丈夫です。きちんと理解してます!」


 今日、この家を訪れた理由はただ一つ。

 結婚を前提にお付き合いしている女性...つまりはちとせがいるという報告だ。

 ただし、浅間の力のことは内緒にした状態で。


 というのも、浅間は浅間家の不思議な力に関して代々口伝で聞き及んでいたが、まさか本当にあるとは思っていなかったらしい。

 自分の祖父も父も弟も20代で結婚していたからだ。

 では、自分の身を持って浅間家の力を証明すべく30過ぎまで健全に暮らしていたわけでもなく、ただ、「女、面倒くさい」と思っていたら30過ぎて、力が使えるようになっていた。

 そしてわざわざ30過ぎまで童貞だったから、力が発現しましたと実家に連絡するのも面倒くさいと感じた浅間は、何も実家には伝えず、のんびりまったり、生涯独身で仙人になる予定だったらしい。


(浅間さんらしいと言えば、らしいんだけど......)

 決して見てくれが酷いわけではないが、すこぶる美男子でもない。それでも30歳まで一切の男女交際がなかった理由が、「面倒くさい」というのは、何とも浅間らしかった。


「ただいまあ」

 ガラガラと引き戸を開けると、ドタドタと子供の足音がした。

 そしてヒョコっと顔をだしたのは真っ黒に日焼けした小学生位の男の子二人。


 男の子たちは浅間を見て、そしてその隣のちとせを見て、目を丸く見開いた。


「よぉ」

 浅間が軽く挨拶し、甥の健介と悠介だとちとせに言った。甥というのだから、先に20代で結婚した弟の子供なのだろう。


「こんにちは」

 にこっ、と愛想笑いを浮かべると、年上の健介はちとせの顔を見て、そこから視線を下まで下ろすと、ドタドタと奥に走って戻っていく。悠介がその後を追う。

 そして聞こえてきたのは健介の賑やかな声。


「とーちゃん、かーちゃん!!

 隼生がおっぱいでかい嫁さん、連れてきたーーー!」


「!!!!」


 ちとせは言われた瞬間、ばっ、と自分の胸元を抑えた。

 その横で浅間がキョトンとして、ちとせを見た。

 てっきり甥の失言を謝るのかと思ったが、浅間が呟いたのはそんなことではなかった。


「西脇、乳でかかったのか...」


(そこかい!!!)


 酔いに任せたあの日以来、まだ二人の間にそういったことは、ない。

 浅間が30歳まで清かった理由を、ちとせは己の身でしみじみ実感していた。



☆☆☆



「まあまあ、本当に連れてくるなんて」

「しかも俺のカミサンより若っ」

「育生、あとでぶっ飛ばす!」

「まぁ、座りなさい。長旅、大変だっただろう」


 発言順に、浅間母、弟、義妹、浅間父と紹介されて、ちとせは身体を堅くしながら、

「西脇ちとせです。至らぬところもあると思いますが、どうぞ宜しくお願いします」

と挨拶した。


 浅間家は一言で言えば、賑やかだった。

 浅間母は闊達な人で、弟は母親似らしい。

 浅間父はどちらかというと一家の舵取り役で、あまり自分の意見を主張しない。

 義妹は嫁、同居とは思えない天真爛漫さで、だからこそ、浅間母とのやりとりはバッチリだった。


「さ、まあ、お義姉さん、お酒でも!」

(昼間からお酒ですか!)

 軽いカルチャーショックを受けているちとせに用意したコップで並々とビールを注ぐのは浅間弟だ。

 どことなく浅間と似ているが、浅間より浅黒く、力も強そうだ。


「あの、お義姉さんというのは...。年下ですし...」

「あ! じゃあ、ちとせさんで!」

「はぁ...」


 ニコニコとして気さくな様子は、どう見ても浅間と血が繋がっているようには見えなかった。

 注がれたビールにとりあえず一口、口をつける。


「ちとせさんは結構、飲める方なのかい?」

 温和な声で浅間父に問われた。

 声質は浅間とよく似ている。

(浅間さんも将来、こんな感じになるのかなあ?)

 ロマンスグレーという感じの浅間父に思わず未来の浅間を重ねてしまう。


「こいつ、俺より強い」

 浅間がちとせをみながら、父にそう言った。


(こいつーー!!!!)


 浅間からそういう風に言われたのは始めてのことで、何だか距離がグッと近くなった気がした。と言っても、嫁にくるのだから、いちいちこんなことで胸キュンしても仕方ないのだが、それでも好きな男の「こいつ」呼びは、かなりちとせの胸にきた。


「そうか、じゃあ、酔った勢いでお前が襲ったってことはないんだな」


(.......ん?)

 今、浅間父から耳慣れた言葉を聞いた気がした。と言うか、この前ちとせがしたばかりのことだ。

 浅間もギョッとして、父親を見る。


「お前、ちとせさんに力、移したな?」


(ば、ば、バレてるーーーー!!!)

 ちとせがカチンと固まったが、浅間は動じず、

「は、何のこと?」

と問いかけた。


「お前が30過ぎまで何もなかったのは、親だから分かる。そんなお前がいきなり嫁さん連れてくるなんて、どう考えても力を移したからだろう? ちとせさん、そうだね?」

 最後はちとせに確認されて、ちとせは「ぎゃ!」と短く悲鳴をあげてしまう。


(あ、あ、浅間さーん!)


「彼女も混乱するから、訳分からないこと言わないでくれる?」

 まだ浅間は白を切るつもりらしい。

 一切動じない顔で自分の父親を見つめながら、

「彼女には浅間家の家系のことはまだ話してないんだ」

と堂々と白を切った。


 そんな浅間を見て、浅間父はふう、と一息漏らすと、

「そうか、ならいい」

と返した。


「ちとせさん、意味が分からないかもしれないけど、気にしないで。親父、鎌掛けるの好きだから」

 浅間弟の説明で、漸く今のが超特大な浅間父の【鎌】だと知った。

 浅間はそれを分かっていたのだろう。

 だから最後まで白を切り通せたようだった。


(この息子にしてこの親ーー!!)


 分かりづらいよ! 怖いよ! 

 だけど、浅間さん、エロいよ!


 と、内心、訳の分からない叫びをあげながら、ちとせは取りあえず胸をなで下ろす。

 但し、ちとせは自分の性質をきちんと理解していなかった。


 よく、空手の組み手でも、緊張した後、緩んだ一瞬で相手に一本とられていた。


 緊張の後の弛緩。それが、最大のちとせの弱点。


 そしてこの時、その弱点を狙いもせずについてきたのは料理を運んできた弟嫁だった。


「皆さーん、沢山召し上がってくださーい!」

「かーちゃん、俺らにも飯くれよー!」

 ドタドタと弟嫁の足元にじゃれつく子どもたち。

 弟嫁のお盆には、熱い湯気をたてた吸い物らしき椀がいくつも乗っていた。


「ちょ、健介あぶない!」

「おかーさーん!!!」


 長男にいった母親の注意の隙を狙って、ドスンと次男が弟嫁に突進する。


「ああっ!!」

「危ない!」


 椀の一つがお盆から飛び出して、長男めがけて落ちてくる。

 慌てる弟。


(父親なら、自分の子供、見てなさいよーー!)


 ちとせはそう思いながら、手を伸ばしていた。そして、咄嗟に願ってしまう。


 こぼれるな、と。


 椀は、ひっくり返る瞬間、クルリと元の位置に戻った。


「.........」

「..............」

「あ....」


 隣で浅間が珍しく顔をしかめて首を横に振った。


(アウトーーー!!)


 次の瞬間、起こったことは更に思いがけないことたった。


 ばちこーん!


 大きな音と共に、浅間父が浅間の頭を叩いていた。


(えええ?!)


「この馬鹿! お前結婚したくて力、移したな!」


(えええええ?!)

 斜め上の浅間父の言葉に更に驚愕する。


「すまない、ちとせさん。

 うちの愚息がちとせさん欲しさに、無理やり.....」

 平謝りする浅間父に対し、何となくちとせは状況を理解する。


 浅間の子供を生まない限り、消えない力。

 →他の男の子供ができると死ぬ。

 →否応なしに結婚!


「ち、ち、違います、おとうさん!」

「こんな酷いことをした男の親を義父と呼んでくれますか?」

 ううう、と浅間父が涙ぐむ。

 意外に情に脆いらしい。


「ええー、隼生さん、童貞だったの?!」

と小声で驚いているのは弟嫁。

 驚くのはそこなのか!?と突っ込みたかったが、今はそれどころではない。


「親父、別に俺が無理やりしたわけじゃ....」

「まだ言うか! この馬鹿息子め!!」

 更に浅間父が浅間を殴ろうとしたので、ちとせは立ち上がり、慌てて叫んだ。


「違うんです!

 酔わせて食べたのは私なんです!!!」


「ぐほっ!!!」

 激しくむせて吹き出したのは、傍観に徹していた浅間弟だった。


 後に、そこまで言わなくても良かったのに、と浅間に言われたが、その時はそんなこと頭に回らず、思わず叫んでいた。


「何、食べたのー? おねーちゃん?」

 無垢な子供の問い掛けが、すごぶるちとせの耳には痛かった。

 



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