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この力は誰の為に  作者: 榎木ユウ
この力は何の為に
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1 狙った獲物は外さない

「夏生、いるんでしょ?! 出てきてよ!!」

 ピンポーンピンポーンと連打されるインターホンにうんざりしながら、浅間夏生はテレビを見ていた。

 出来ることなら窓からバケツで水をかけてやりたいが、それは前回やったばかりで、しかも全く効果がなかった。

「うぜぇ」

 心底ウンザリしてそうぼやく。

 外でドアを叩くのは、この前ひっかけた女子大生。いい年して16の男に入れ込むなんてどうかしているとしか思えない。

 夏生の容姿は酷いわけではないが、決して美少年の類でもない。よくその辺にいる男子高校生よりは場数をこなした雰囲気のある容姿といったところか。染めてもない黒髪に、スラリとした長身で、パッと見には優等生にも見えなく無いが、現実の夏生は違う。


 誰が呼んだか【ゴル夏生】。


 現役世代でもない夏生が何故そう呼ばれるのかと言えば、某キャラクターの書かれた避妊具をうっかり落とし、それをクラスメートに拾われたからで、しかもそのキャラクターの性質と相まって、ありがたくない名前を付けられてしまった。


 狙った獲物は外さない。


 他人はそう言うが、別に夏生が狙ったわけではない。相手がついてくるのだ。


「うぜぇ」

 もう一度呟いた瞬間、バシーンと後頭部を何か堅いもので夏生は叩かれた。

「いってぇ!」

 叫んで振り向けば、母親が青筋たてて、夏生を睨んでいた。

「あんたってバカ息子は毎日、毎日、毎日!

 母ちゃん、堪忍袋の緒が切れた!」

 自分で自分を「母ちゃん」と称して、母親が夏生に怒鳴りつける。

 そして突きつけられるファイル。

 100円ショップで買ったようなソレを訝しげに夏生は受け取る。

「何だよ、これ?」

 開いたファイルには一枚のスナップ写真。

 しかもこちらを向いてない女の顔。

 肩ぐらいの髪で、年の頃は20代前半か。

 夏生からしたら、オバサン扱いしてもいい年齢(とは言っても、何人か20代の女性とも付き合ったことはあったのだが)。


 飛び抜けて美人でもなく、ごくごく普通の女。


 ページをめくると、


 西脇ちとせ 24歳  

  ○◎熊製作所設計部設計補助事務


 とだけ書いてあった。


「何、これ」

 母親にファイルを閉じて返そうとした瞬間、母親はニコリと笑ってとんでも無いことを夏生に言う。


「あんたの結婚相手」


「........は?」


 夏生は返そうとしたその手をピタリと止め、母親を見た。母親は真顔だ。


「今、何て?」

「夏生、あんた、この子と結婚しなさい」

「はあ?! 俺、16だぞ?」


(結婚? しかも8つも年上の女と?!)


 写真の女は年齢よりは若く見えたが、そんな問題ではない。


「16で結婚出きるのは女だけだろ?!」

「母さんが許す。だから、西脇さんを嫁に貰ってきなさい」

「ちょ、何言ってんの?」


 冗談だろ?と突き返すが、母親の目は本気だと告げている。


「ほとほとあんたの女癖の悪さには、母さん、もう我慢できない。

 このままじゃ、浅間の血が知らないところで撒かれかねない。それは、浅間の家では禁忌なことは、夏生だって知ってるでしょう」

「だから、避妊は確実にしてるって!」

「それが16の男の子の言葉ですか!」

 母親の剣幕に、夏生はビクリとたじろぐ。

 我が家で一番強いのは、母親だ。

 しかも、男三人育てているだけあって、そのパワーは並みじゃない。


「とにかく、あんたは西脇さんを口説いて、嫁さんに貰いなさい」

「はあ? そこからかよ!」

 てっきり見合いだと思ったら、それ以前の問題だった。

 何故16歳の自分が8歳も年上の女に求婚せねばならないのか。


 全く持って分からない。


「やだよ。なんで俺がババ......」

「もし、それが出来なかった場合は、母さん、覚悟を決めます」

 夏生の言葉に重ねるように母親が宣言する。

 そして、スッ、と夏生の股間を指差した。


「か、母さん......?」



「結婚出来なかったら、夏生、あんた、パイプカット!」


「!!!!!!!!!」



 外ではまだ、けたたましくインターホンが鳴り響く。しかし、そんな音、もう夏生の耳には聞こえなかった。



 11月も過ぎた高校一年の秋、夏生に思いもかけない話が降ってきた。


 8歳年上の女性との結婚。

 しかもこちらから求婚して、勝ち取らなければならないなんて、どこまでも無謀と言えるこの指令。


 それが達成出来ない場合のペナルティーが、パイプカット。

 性教育でぼんやり習った覚えがある。性交渉が出来なくなるわけではなく、子供を作れなくなるだけなのだが、この年で種なしは流石にゴメンだ。


 そんなこと、未成年の健全男子に出来るわけないだろう、なんて夏生には抗議出来なかった。

 何故なら、この家で一番強いのは母親で、しかもこの母親はやるといったら、必ずやるのだ。


「ということで、夏生、あなた、年明けから◎◎県に転校だから」


 とどめの一言に、夏生の将来は有無を言わさず決定された。



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