その力は誰の為に
隼生の過去話です。
30過ぎまで童貞だったら、魔法使いになっていた。
そんな馬鹿なことがあるか、と他人なら思ったろうが、先祖代々、親からそんな力が伝わっていると聞いた俺は、大して驚きもせず、ただ、その事実を受け入れた。
30まで童貞だと、超能力らしき力が発現するのが、俺の家、浅間家の家系らしい。
何の為にこの力があるのか?
そんなことは深く考えもしなかった。
だって、できることといえば、猫や犬程度を持ち上げられる程度。透視だって無理して紙一枚透かす程度。瞬間移動なんて大業は当然無理。
結論として俺は、この力は結婚しそびれた浅間家の男が嫁を貰うための力だろうと考えた。
何故ならこの力は、力が目覚めてから初めて姦通した女に移るからだ。
力を得た女は、浅間の子供を生まない限り力が無くならないし、浅間以外の男の子供を宿せばその子諸共死ぬ。
何て呪いだ、と我が家系のことながら思った。
そして同時に、そんな力、女に移す気もなれなくて、俺はこのまま生涯、女とは
縁もなく生きていくんだろうな、とも思った。
それがいいのか、悪いのか、別に深くは考えなかった。
だってわざわざ相手の機嫌伺って性交渉するより、妄想にせよ映像にせよ、自分の気に入った女で自慰に耽った方が、余程効率も能率もいい。
女なんて、わざわざいらない。
そう思ってた。あの時までは。
☆☆☆
「浅間君、まだ独身?」
話しかけてきた女は中学の同級生。
30歳の節目に開かれた同窓会で、お決まりのごとく再会した初恋の女。
「あたし? あたしは結婚したよ。去年」
と恥じらいながら指輪を見せられ、らしくもなく内心落胆した。
別に女と付き合う気なんてなかったのに。
「来年には子供がほしいな」
と照れて笑う女と、どうしてメールなんて交換してしまったのか。
☆☆☆
女とはたまにメールを交わす仲になった。
『体重、増えたよ!(゜o゜;』
『(゜◇゜)ガーン、雨なのに布団干してきた!』
『明日、旦那が弁当なのに冷蔵庫に昆布しかありません』
女のメールは彼女の日常で、穏やかに、でも楽しく進む彼女の毎日が、何だかとてもまぶしかった。
(俺が彼女の旦那でも、彼女はこんなに楽しいか?)
彼女のいる毎日は、どんなに楽しいだろうと想像して、そしてその浅ましさにウンザリもした。
人の物だから欲しいのか。
それとも彼女だから欲しいのか。
段々、自分の中の何かが歪んでいくような気がした。
☆☆☆
彼女を最期に見たのは、よく晴れた夏の暑い日。
盆に帰省した俺は、街中で彼女を見かけた。
彼女は旦那と腕を組んで、楽しそうに街を闊歩していた。
途端に沸き上がったのは、彼女の旦那への嫉妬。
(俺も欲しいーーー)
切実に思った。
その女が欲しい。
その女を、抱きたい、と。
幸い、俺には力がある。
この力を移してしまえば、彼女は俺以外の男と子供を作るわけにはいかなくなる。
何とも甘美な誘惑に、心くじけそうになった
瞬間、それは起こった。
フワリ、と彼女の鞄からハンカチが空を飛ぶ。夏の風は時折、強い。その風が彼女の
ハンカチを飛ばしたのだ。
彼女は階段の上にいた。
俺は下から彼女と彼女の旦那を見上げていた。
彼女が振り向き、ハンカチをとろうとした。
俺と視線が合った。
ズルッと彼女の足が滑る。
危ない、と思ったときは彼女は階段を転がり落ちてきた。
(止めなくては!)
そう思ったのに、何の力の練習もしていなかった俺は、何も出来ずに彼女が転がってくるのを見ていた。
彼女の目は驚きと何か不気味な物を見るような色を帯びていた。
何故、俺がそこにいるのか?
彼女の心が見えた気がした。
偶々、偶然。
本当にそうだったのに、それだけじゃないように思われたのは、多分間違いない。
彼女は夫によって助けられ、救急車で運ばれていった。
俺は何も出来ずにそれを見ていた。
☆☆☆
その後、一度だけ彼女にメールをしたが、彼女から返事はなかった。
偶々あの場に居合わせただけなのに、俺は彼女のストーカー扱いに下がったらしい。
それから暫くして、彼女が同窓会で知り合った男共にBccで日々の話をメールしていたことを知った。
つまりは俺もその一人だったわけで。
あの女と寝なくて良かった、としみじみ思う反面、自分の力の忌々しさを思い知った。
好きだった女、一人助けられない。
ただ、女を縛り付ける手段にしかならない。
呪いみたいなこの力は、
いったい誰の為にあるんだろうか。
俺の為でないことは確かだ。
あれから、気になる女は出来ていない。
毎日は淡々と過ぎていく。
テレビのリモコンをとるのに、力はとても楽だった。
それだけのこと。
それ以外、何もない。
この力は、何の為にあるんだろう?




