1 欲しいのは貴方だけ
《浅間家男子、壮年なりて力授かる。ただし身上清き者のみ。力授かりし後は、初めて姦通した女子にその力は譲渡し、浅間の子を孕むまで残る》
と言っても、それは凄い力ではなくて、例えば午後になったら雨が降るのがなんとなくわかるとか、小さな風を起こして、女の子のスカートをめくりあげることが出来るとか、その程度の微々たるもので。
しかもその力が使えるようになる為には、生まれてから成人になり、且つ壮年期を迎えるまで浄い身体であると、それまで体内で蓄積されていたエネルギーを使うことが出来るようになるという、かなり胡散臭い話だった。
つまり、30才になるまで童貞でなくてはいけないということが、その発動条件で、浅間家の先祖代々のお歴型は、それしきの些細な力の為そこまで至る人もなかなか少なく、隼生も30才になるまでは、まさかそれが本当だとは信じていなかった。
(30過ぎたら魔法使いって、何の冗談よ、それ!)
きちんと身支度を整えて、浅間の部屋で朝食を目の前にしながら、ちとせは叱られた子供のように座り込んでいた。
そして、説明されたことが、浅間家の奇妙な能力についてだった。
しかも、説明の前に告げられた事実説明が、また淡々としていて、ちとせは酷く凹む。
「昨日の飲み会の後の記憶が曖昧なんだが、西脇と寝たのは覚えている」
(そんな、事務的に言わなくても!!)
昨日は会社の有志一同で集まった飲み会だった。男三人、女三人。企画はちとせだ。
その飲み会の魂胆は言わずもがな、浅間とあわよくば!という漢らしい考えで、まさに奇跡のごとく上手くいった結果がこれだ。
(だけど、こんなこと想定してなかった!)
好きな男と寝たら、彼の童貞と力を奪ってましたって、笑い話にもなりやしない。
「け、結構、凄いんですね! この力!」
ちとせがお箸を宙に浮かせてみせると、浅間は表情の分からない顔で、
「大体、10キロまでなら浮かせられる。
他に予知夢じゃないが、なんとなくってのも増える。透視もうっすら程度で、相手の感情なんかは読めない。
瞬間移動とか、タイムスリップとか、そんな大仰なものは無理で、なんとなくって力が殆どだ」
淡々と機械の使い方みたいに説明されて、ちとせは内心うなだれる。
「この力って、浅間さんに返却は...」
「できない」
「こんな力とか聞いたことないんですけど」
「人に言って何か出きるほどの力じゃないからな。代々浅間家の男にだけ受け継がれるらしい」
表情に乏しい男だと思ったが、こういう時も乏しいらしい。怒っているのか、悲しんでいるのか、全く分からない。
(ううう...、私が欲しかったのはこういう力じゃないんですけど!)
浅間が好きだ。
それだけがちとせの動力源で、それだけでここまで行動したのだが、こんな状況は想定外だった。
寝てしまって順番が違ったが、告白して交際をお願いするか、自分を意識してほしかった。
まぁ、ある意味、とんでもなくちとせを意識せざる得ない結果になりはしたが、パンツや箸を浮かせる力が欲しかった訳ではない。
「受け継いだ女の人から他の誰かにうつるってことは...」
「ないが、消えることはある」
「どうしたら消えるんですか?!」
テーブルを挟んでいたが、顔を突き出すと、浅間は自分のことなのにしれっとした顔で言う。
「浅間家の男の子供を身ごもれば消える。
但し、他家の男の子供を身ごもった場合は、死ぬ」
「し、死ぬ?!」
いきなり物騒な発言にギョッとした。
浅間はこの時ばかりは眉間に皺を寄せて、
「恐らく浅間の血統を絶えさせない為だろう」
と説明してくれた。
「因みに俺の世代では、この力が発現したのは俺だけだ」
浅間は一度深くため息を吐くと、
「だから申し訳ないが、俺の子供を一人産んでもらわないと西脇は死ぬことになる」
と最後通牒を突きつけてきた。
(あ、浅間さんの子供を産まないとなんて......)
「.......」
「すまない、酔った上での過ちだったが、その点に関しては詫び....」
「喜んで!!」
ちとせはバンっとテーブルを叩くと、更に顔を浅間に近づけて、満面の笑みを浮かべる。
(最高!!)
たった1回の過ちで流されかねない話だったにも関わらず、出てきた答えがこれだなんて思ってもみなかった。
ちとせは浅間の手をとると、その手をしっかりと握りしめて言う。
「喜んで浅間さんの子供産みます!」
「? そ、そんな簡単に決めていいのか?」
初めて浅間の顔に驚きの色が浮かんだ。
表情豊かな浅間の顔も悪くない、とちとせは内心思いながらも、ぶんぶんと首を縦に振る。
「だから、浅間さん。
責任とらせてください!!」
きっかけはただの飲み会だった。
あわよくば、と思って寝てみたら、瓢箪から駒、棚からぼた餅。
欲しかったのは力じゃない。
欲しかったのは、浅間隼生。ただ一人。
こうして、ちとせと浅間の不思議な交際はスタートした。