17 この力は誰の為に
バーベキューの翌日、ちとせはそのまま隼生の家に泊まっていたので、隼生の胸の中で目が覚めた。
少し肌寒かったのだろう。お互いすりよって、抱きしめ合うように寝ていた。目前に隼生の顔があって、ちとせは作るまでもなく微笑んでしまう。
(大好き)
心から漏れてしまう言葉は、声にせずとも相手に届き、隼生が目をあける。
【おはよう、ちとせ】
「おはようございます、隼生さん」
挨拶代わりでもなくキスを交わして、お互いに起きた。
今日は二人で外出だ。
せっかくの秋の行楽日和。
昨日の疲れもあるが、のんびり散策もしたいということで、車で40分程の自然公園に行くことにしていた。
お弁当を作るかとちとせが提案したが、日曜日に早起きしなくてもいいという隼生の言葉で、近くのコンビニでお弁当を買ってから出かけることにした。
「日曜だと、9時すぎでも道路ガラガラだな」
車を停めてコンビニに入ろうとした時、隼生がそう言ってきた。
確かに道路は殆ど車の通りがない。
だから、
だから、
油断してた。
二人で仲良くコンビニに入り、
「あ、俺、金降ろすから」
と隼生が言ったので、ちとせは「はぁい」と返事をして、奥のサンドイッチの棚に向かう。
隼生なら何が好きだろう?と思いながら、サンドイッチを選んでいた時。
けたたましい音。ガラスの割れる音。何かのぶつかる音。
がシャン。どかん。ガチャン。
何の音か分からなくて、思わずしゃがみこんだ。
そして、ハッと気がついて振り向く。
「隼生さん!」
棚がこちら側に倒れている。
車が見える。白くて大きな車。
ビーーーーとクラクションが鳴りっぱなしだ。
「隼生さん!!」
棚を駆け上がる。
怖くて、何が起こったのか分からなくて、ガラスや何かがいっぱい広がった上をよじ登る。
コンビニのATMがなくなっていた。
車に押しつぶされていた。そして、棚に挟まれていた。
【隼生さん!!!!!!】
声にならない悲鳴。
店員が何か叫んでいる。
そんなこと気にしていられなくて、ガラスも構わず棚があった場所を無理やりどかす。
血、
だけが、見えた。
そして、小さな声。
【ちとせ、無事か?】
「私は無事です! 隼生さん、今助けるからね!!」
それに対して隼生の声はしない。
ただ、頭の中に声がする。
【この力が.......】
(そうだ力!)
人がいることも構わずに力を使って棚をひっぺがした。
血だまりは車の下で、車も必死でどかそうとする。
頭の中には、声がする。
【この力があって良かった】
「隼生さん、今、今すぐ助けるから!」
【声が出せなくても、想うだけでちとせに通じることが出来て、良かった】
「隼生さん!!」
車は大型の四駆車で、押しても力を使ってもビクともしない。それでもちとせは力を振り絞る。
(早く、早く、どいて!!!)
【ちとせの声を最期に聞ける。ちとせの声だけを聞ける。そして、最期まで】
「最期じゃない! これから結婚だってするし、私、隼生さんの子供を産むんでしよ!」
泣きそうになる。それでも泣くよりも体が動く。手は切れたガラスで血塗れだった。
【最期まで、ちとせに伝えられる】
「動けえええええ!!!!」
車が動く。
バリバリバリと音がする。
押しのけて、コンビニの外に出して、ATMをどかした瞬間、声が聞こえた。
【ちとせ、大好きだよ。ありがとう、俺のこと、好きになってくれて】
☆☆☆
その日、一台の車がコンビニに衝突した。駐車ミスでブレーキではなくアクセルを踏んでしまったという、よくある事故。
だけど、その事故で一人の男が車とコンビニ内の棚に挟まれて死亡する。
警察の検死では即死だったが、彼が僅かな時間、生きていたことをちとせだけは知っていた。
声をだすことも、身体を動かすことも、隼生には出来なかったが、その心だけは生きていた。
浅間隼生 享年33歳。
この力は誰の為にあるのか。




