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この力は誰の為に  作者: 榎木ユウ
この力は誰の為に
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12 内側

 浅間隼生は至って真面目な男だった。


 それが隼生と同級生である山科徹平の隼生に対する評価だ。

 だから高校卒業後、初めての同窓会で、彼が美作雪と話していたことは、何となく印象に残っていた。


 結婚したばかりだと言う美作は、その割にはやけに男とばかり話していた。

 しかも都会に出たとか、県外に出たという独身者ばかり選んで話しており、隼生もその中の一人として話していた。


 高校の時はあまり女子と関わらなかった隼生が、珍しく女子と話している。

 もうあの頃とは違い女慣れもしているだろうに、どこか隼生のはにかんだ笑顔が、山科には珍しく思えた。


 今、思えばその時、直ぐに邪魔でもして、美作と引き離しておけばよかったのだと、山科は後悔する。




「は、ストーカー?」

 同窓会から半年後、山科の耳に入ってきたのは呆れた内容だった。


 美作が階段から落ちたということ。

 そしてそれは美作をストーキングしていた隼生が落としたという噂だった。


「だってあいつ、県外じゃん」

「何か美作に会いに帰ってきたみたいらしいよ」

「いやいや、ないでしょ? つうか、お盆の帰郷とかでたまたまじゃねーの?」

「でも、美作、大分混乱してたみたいたぜ。

 階段のぼってて、後ろ見たら浅間だったんだって」


 こえーよなぁ!と笑って話す同級生に、山科は何とも言えない気持ちになる。


 思い返すのは、同窓会のあの日。


 決して嬉しそうとまではいかなかったが、美作とはにかみながら話し込んでいた隼生の姿。



「お前、美作と何かあったのか?」

とも聞けず、隼生のストーカー話だけがくすぶるように残った。


 それから暫くしたある日、美作が離婚したことを風の噂に聞いた。どうやら同窓会で知り合った男と浮気していたことがバレたらしい。

 美作は同窓会の時に複数の男と連絡をとり、その中の一人を相手に選んで、県外に出て行った。


「結局、この町が嫌だったみたいだな」

なんて呑気に友人は言っていたが、山科には納得出来なかった。

 確かこの町は閉鎖的で、どうしようもない

くだらない噂が直ぐに広まる。


 だけど、だからといって、隼生の噂は必要だったのか。


 誰も隼生に謝る人間はいない。

 当然だ。噂話に花を咲かせたかっただけなのだから。

 あの間、彼に纏わる中傷が、彼の耳に入らないことだけが幸いだったが、それでも山科の胸にはどうしようもない思いがくすぶった。


 そして我慢できずに一度だけ隼生に連絡する。


 風の噂と称して、美作がダラシナイ女だったこと。複数の男とメールしていたことだけを、さり気なく話に混ぜると、隼生は笑うこともなく、「そうか」とだけ言った。


 もしかしたら隼生は本当に美作のストーカーだったのか。

 一瞬、疑いかけたが、そんなことはないと直ぐに頭の中で否定する。


 そんなことをする男でないことを、山科は高校時代からの付き合いで知っていたからだ。

 隼生は真面目で、そしてそんな卑怯なことをする男ではない。



☆☆☆



 ちとせは話を聞き終えた後、ふつふつと湧き上がる怒りを押さえるのに苦労した。

 恵利たちには、「大丈夫でした」と山科から聞いた話は言わずに微笑んだが、もし美作の居場所が分かっていたら、どうにかしている自信がある。


(良かった、隼生さんの実家で...)

 怒りに任せた行動に走らなくて済む。


 その日の晩は手厚くもてなされて、翌朝、そのまま帰ることにした。

 聞きたいことは、ほぼ、聞き終えている。

 後はこれをどう自分の中で消化して、隼生に伝えるか、だ。


 隼生が美作のストーカーだったとは思わない。


(そのまま、死んでくれてたら良かったのに)

 誰かが聞いたらゾッとすることを、ちとせは平気で思う。

 意外に性根が腐っていることは、自分でも自覚しているし、それに対して特に思うこともない。


 願うことはいつもただ一つ、隼生のことだけだ。


「それではお世話になりました」

 駅まで送って貰い、ワゴン車から降りて頭を下げると、育生も降りる。

「煙草買ってくる」

 そう言ってちとせについてきた育夫は、「あのさ」とちとせに話しかけた。


「一番初めにヤったのってラブホ?」

「はぁっ?」

 思いっきり顔をしかめてしまった。

 育生もちとせの豹変ぶりに苦笑しながら、

「いや、こんなこと聞くのも何なんだけどさ」

と前おいてから言う。

「兄貴、自分の部屋に人が入るの、すげー

嫌いなんだ。もう生理的に嫌らしくてさ。

 酔ったぐらいじゃ、そう言う本能的なもん、多分、変わんないと思う」

(それって......)


 ちとせの頬が僅かに緩んだのを育生は確認すると、安心したようにはにかむ。

「この前二人で来たときの様子見て、何となくそうかなあって思ってたんだ」

 良かった良かった、と独りで納得した後、育生は笑いながら言う。


「少なくとも兄貴の内側に、きちんとちとせさん、いるよ」



 あぁ、隼生さんの兄弟だな。


 胸が痛くなるくらい切なくなった。

 欲しいとき、欲しい言葉をくれるのは、血筋なのかもしれない。

 目頭に力をこめて、潤みそうになるのを堪えると、

「あとは兄貴に直で聞いて」

と言って、育生は戻っていった。



「隼生さん、会いたいよ」

 携帯を握りしめ、ポツリとちとせは呟いた。



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