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この力は誰の為に  作者: 榎木ユウ
この力は誰の為に
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11 隼生の過去

(まさか、また来るとはなぁ...)


 そう思いながら、ちとせは最寄り駅を降りる。電車の乗り換え時に電話を入れておいたので、相手方は迎えに来てくれる筈だった。


「ちとせさん、こっちこっち!」

 声がする方に顔を向けると、隼生の弟である育生が黒いファミリータイプワゴンの助手席から顔を出している。

 そして運転席の方には弟嫁の恵利がニコニコしながら、頭を下げていた。


 前回は二人の名前もうろ覚えだったが、今回は何とか覚えてきているから大丈夫だろう。

 流石に隼生もいないのだから、不躾なことは最低限で収めたい。

「すいません、いきなりお邪魔して」

 ワゴン車に近寄りそう謝罪すると、育生が「全然! 寧ろ何があったか興味津々!」と言われて、思わず苦笑してまう。


 まあ、兄の婚約者が一人で突然尋ねてくるのだから、何かあると思って当然だ。


「後ろ、乗ってくださ~い」

 恵利の言葉でワゴン車はの後部ドアが開く。すると後ろの席には子供たちがキッズシートに座っていた。

「こんちはー」「ちはー」

 相変わらず元気な健介たちに、少しばかり緊張が解れる。


「ちとせさん、今日、宿は?」

 いきなり今晩の宿のことを問われ、ちとせは驚く。かなり強硬ではあったが日帰りも考えていたからだ。

「日帰りしようかと思ったんですが」

「良かった。親父たち、夕飯どうするかなんて言っててさ。泊まってもらう気満々だったから」

「え? いや、そこまでご迷惑は!」

「遠慮しないで、ちとせさん。

 大所帯だから何人来ても平気だし」

 確かに浅間の実家は広かった。平屋建てで何部屋もある。この前もちとせたちが寝た部屋は客間としてある部屋にそのまま通されたのだが、ちとせの部屋より広くて驚いた記憶がある。


「ねーちゃん、今夜は寝かせねーぜ! 俺とパケモンバトルしようぜ!」

 健介が後ろの席からそう叫んだ。

「健介、また変な言葉覚えて!」

 そう窘めたのは恵利だが、次の瞬間、健介は恵利たちに向かって言い放つ。


「だってこの前、おとーさんがおかーさんに言ってたじゃねーかよぉ!」

「!!!!!」


「健介!!」

 運転に集中して動けない恵利の代わりに、育生が後ろを向いて「そういうことはよそ様に言うな!」と怒鳴ったが、あまり効果はなかった。

 両親二人とも、何とも気まずい顔で苦笑いしていたからだ。


(隼生さんと同じ血を分けた兄弟とは思えない...)

 ちょっと羨ましいと思ってしまったのは、黙っておいた。



☆☆☆



「いや、よく来てくれたね」

 二度目の訪問を、浅間家は快く受け入れてくれた。隼生の父の軍生は嬉しそうに顔を綻ばせてちとせを見ているが、ちとせは隼生に内緒できてしまった後ろめたさもあるので、

「すいません、いきなり...」

と、非常に畏まって挨拶した。


「いや、隼生のことだから、余りちとせさんに説明もしてないんだろう。

 今日きたのは、その、力のことだろう?」

 穏やかな笑顔を向けてくれる軍生に、ちとせはとても申し訳なくなる。

 軍生の言うことは半分合っている。

 だけど、あと半分は違う。

 その半分は隠して曖昧に微笑むと、ちとせは軍生に尋ねる。


「この力って、強くなったり、弱くなったりすることはあるんですか?」

「そういうことも隼生は話してないのか?」

 驚いたような軍生の声に、ちとせは慌てて訂正する。

「いえ、隼生さんには極めて微弱な力だと説明受けてます」

「そうか。実は私も次男の育生も結婚が早かったせいで、その...力がどんなものか分からなくてね。以前、力を持っていた者は私の大叔父で、既に亡くなっているので、これもまた分からないんだ」

「じゃあ、力については全く.....」

「いや、言い伝えでは、人によっては大岩を持ち上げる程の力の持ち主も先代にはいたらしい」

「そうなんですか?」

 それは初耳だった。

 そして、それならば自分をがナイフを曲げられたことも納得がいく。

「それって女性に移ってから強くなることも?」

「.........まあ、あるらしい」

 そこで軍生が少しだけ苦笑した。

 ちとせは困惑した顔で軍生を見る。

 軍生の方はそんなちとせを見ながら、

「ちとせさんも、隼生が力を持っていた時より強くなったんだね?」

と確認してきた。

「えっ......その......」

 あれが強くなったと言えるのかは分からない。ただ、隼生の話ではナイフなんて金属を曲げられる程の強さはなかったはずだし、自分でもあの時から強くなった気はする。

 何とも答えづらくしていると、軍生が「ありがとう」とちとせに言った。


「はい?」

「言い伝えではね、この力が強くなるには相手に対する思いの強さが影響するらしい。

 つくづくこの力は浅間家の男子に尽くすように出来ているんだ」

「想いの強さ?」

 軍生はそこでごホッとわざとらしく咳払いをした。そして言いづらそうにしながら、ポツリと呟く。


「愛の力.....というもの、かな?」


 軍生が恥ずかしそうにするので、ちとせもカァっと頬を赤くしていく。


(羞恥プレイか?!)


 恋人の父親に、如何に恋人を好きか態度で示しにきたようなものだ。

 だからこその軍生の「ありがとう」という言葉だったのか、と今更気づいたが、流石にいたたまれない。


「あ、あのお義父さん....」

「何?」

 話を変えるように話しかけると、軍生も照れ笑いを浮かべながらこちらを見る。その顔は確かに隼生に似ていた。


「隼生さん、30歳を過ぎてから結婚したいとか、恋人がいたとかって話、私以前にありましたか?」

「いや、ないな。それはちとせさんも分かっていると思うが」


 確かに恋人がいたならば、ちとせが今ここにいることもないだろう。

 ちとせは内心の動揺を抑えつつも、

「そうですよね」

と相槌をうつ。


「じゃあ、この力を使って何か大きなことをされたりとかは.....」

「ちとせさんが来るまでは、薄々しか隼生に力があることを気づいていなかったからなぁ」

「そうですか」

「育生なら何か知ってるかもしれないな」

「じゃあ、後で聞いてみます」

「今、呼んでくるよ」

 軍生はちとせに協力的に動いてくれる。

 息子を酔わせて奪った女なのに、その優しさが少し辛かった。


 軍生が自分の部屋で子供たちと遊んでいる育生を呼び寄せると、育生は先程軍生にした質問と同じ様な質問に対し、ニヤニヤしながら返す。


「そもそも女っ気あったら、30まで童貞ってねぇべ」

 弟だからという枠組みを越えて容赦ない。

 軍生も酷いことに「だな」と同意している。


「あ、でも30になった頃、同窓会で一回、帰ってきたな~」

「育生、よく覚えてるな?」

「魔法使いになったのかって、俺がすげー兄貴に聞いて怒られたからな」

 今から三年前なら育生だっていい年だろうに、まだ兄に怒られる弟というのも凄い。

 そして面と向かって、兄に対して「魔法使いになったか?」と聞けることが強者だ。


「何だ、魔法使いって?」

 軍生が不思議そうに問うと、

「ネットで三十路過ぎても童貞男を魔法使いになるって言うんだよ」

と説明した。


「浅間家の力がネットでバレているのか?!」

 酷く動揺した軍生に「イヤイヤ、そういうのじゃないから」と育生が説明したが、軍生は理解出来かねる顔のままだった。


 そのままだと話が進まないので、ちとせは申し訳ないと思いながらも、

「あのぉ、その同窓会について詳しく聞けませんか?」

と育生に話を振った。

 育生は「うーん」と唸ってから、「恵利のにーちゃんが兄貴の同級生だから、聞いてみて貰うか」と提案してくれた。

「大丈夫ですか?」

「いいよ。いいよ」

 二つ返事で育生は今度は恵利を呼んでくれた。

 恵利は子供を連れてやってきたので、途端に部屋が賑やかになる。


「とーちゃん、かーちゃんがさっきとーちゃんの録画してた番組消してたぞ」

「何? 恵利、何、消したんだ?!」

「深夜アニメよ。健介たちが見たいって言うからつけたら、パンツ飛んでたから速攻消した」

「!!!!!」

 ガクリとうなだれる育生の横で、恵利は呆れたように育生を見てから、

「ちとせさん、今、お兄ちゃんに電話するから待っててね」

とちとせに話しかけてくれた。

 どうやら録画番組の件は不問扱いらしい。

 その奥隣では「その年になってお前は....」と軍生がぼやいてから、「じゃ、ちとせさん、私は少し席を外すよ」と言った。


 ちとせが深く頭を下げると、軍生は

「不甲斐ない息子だが宜しく頼むよ」

とちとせに言ってくれた。


 何かあったとは思っているのだろうが、それでも聞かないでくれる優しさがありがたかった。


「あ、お兄ちゃん? あのさ、隼生兄のことなんだけど、三年前の同窓会の時、何かあった?」

 恵利は説明もなく兄に突然訪ねているらしく、電話の向こうのお兄さんは戸惑っているようだった。


「今、隼生兄の嫁さんになる人が、浮気調査に来てんのよ」


「!!!!!!」


 ガタッと思わず腰をあげてしまう。


「え、恵利さん、違います!」


(誰も浮気なんて思ってませんからー!!!)


 恵利の隣では育生が面白そうに目を瞬かせている。


「んあ? は? いいから! 過去のこととかじゃなくて、ハッキリさせたいんだって!」


(......?)


 電話の会話が少し怪しい。

 恵利が険しい顔になる。

 育生も予想外の展開に、目を見開いた。


「分かった。代わる」

 恵利が携帯をちとせに突きつけた。

 ちとせは困惑気味にその携帯を受け取る。


「ちとせさんだけに話したいって」


 恵利にそう言われて、まさか、と思った。


 別に隼生の過去の女について知りたかった訳ではない。

 ちとせだって過去の男ぐらいいる。

 そんな相手を、こっそり恋人に調べられたら、決していい気分ではない。


 戸惑いながら電話にちとせは出る。


「もしもし...。すいません、いきなり。

 私、隼生さんの婚約者の西脇ちとせと申します」

『恵利の兄で、浅間....隼生くんと同級生の山科徹平と申します』

 電話の向こうの男の人の声は優しい声で、少しだけ安心した。


『あの...どこまで噂をご存知かしりませんが、隼生くんはストーカーなんてしてませんから』


「...........は?」


 最近、聞き慣れた言葉が耳に入ってくる。

 だが、その内容が違う。


 隼生はストーカーに、ストーキングされた方だ。


 だが、電話向こうの恵利の兄の言葉は違う。

 恵利の兄は、親切心からか、もう一度、ちとせに繰り返す。


『隼生くんはストーカーなんてしてませんから』



(え? どういうこと?)




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