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この力は誰の為に  作者: 榎木ユウ
この力は誰の為に
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9 鬼退治

 翌週の金曜日、ちとせたちは初めての誘導を決行する。


 大島はその案に難解な顔を示したが、ちとせには何となく自信があった。


 作戦の内容は、実際に桃が襲われた同じ曜日である金曜日に、同じ場所を桃に歩いて貰うという方法だった。

 つまりは囮捜査に繋がるわけで、それを大島がよい顔をしないのは当たり前のことだ。

 それでも、桃が駅まで帰る道の要所要所に、ちとせ、白土、サチを配置し、直ぐに対応できるようにした。


(まさかいきなり背後からドカン、はしないでしょう)


 前回は脅しのようなものを桃にかけてきたらしい。しかも、軽自動車で横付けして、降りて桃に宣戦布告、殴って、そのまま自動車で帰るという、何とも浅はかな行動だ。

 車のナンバーを控えられたら一発だろう。

 残念なことに桃はその番号を控えなかったので、犯人は分からず終いだが、そんな浅慮な人間であれば、懲りずに同じ条件の時に来る可能性は高い。


 だから桃には、一度駅まで大島と歩いてもらい、忘れ物を取りに行くと称して、前回襲われた道を戻って貰うことにした。

 それで釣れればラッキー。釣れなければ何回か似たようなことを繰り返して、それから次の策を考えるつもりだ。


(でも、意外に簡単にいく気がするんだよな)

 勘が鋭い方では決してないのだが、妙に確信めいた自信がちとせの胸の内にはあった。もしかすると、隼生から譲り受けた力の影響かもしれないが、それを言うのは隼生の気分を害する気がしてはばかられた。


 前回、桃が襲われたという人気のない公園近くの路地裏にスタンバイしていたとき、隼生から電話がきた。


『俺も仕事終わったんだけど』

「あ、じゃあ、迎えに行きますから途中まできてください」

 それだけ伝えて足早に会社に向かう。

 あと20分もすれば、先程会社から駅まで大島と歩いていた桃が戻ってくるからだ。


 途中、会社寄りにスタンバイしていた白土に声をかける。

「隼生さん、きてくれるそうなので、白土さん、もう少し会社寄りに移動して貰えますか?」

 待機場所は事前に話していたが、隼生が仕事で遅れていた為、白土に公園に近い場所にスタンバイしてもらっていたのだ。

 白土はちとせに声をかけられると、ニヤニヤしながら、

「浅間さんが公園近くで大丈夫?」

と聞いてきた。


「白土さんが公園近くと変わらない気がしますけど?」

 黒帯有段者のちとせからすれば、隼生も白土も、適わない相手ではあるが、負ける気はしない。

 要は経験値が高いか低いかで、それだけで言えるなら、反射神経も普段から鍛えているちとせが一番有利な筈だ。

 だからサチには一番会社寄りの、明るいところにスタンバイしてもらっており、いつでも誰かに助けを呼べる場所にしたし、ちとせの場所だって、白土と浅間の場所に比べれば、人の声が響きやすい場所にした。


「まあ、俺のところで何かあったら、直ぐに叫ぶから助けに来てね」

「それ、男性のセリフですか?」

「ちとせちゃんなら、余裕でしょ?」

 新しい白土のスタンバイ場所に移動しながら話していると、そんなことを言われて、ちとせは苦笑いで返した。

 本当に当てにされているのか、それとも白土特有のジョークなのか判断つかなかったが、とりあえず、流しておいた。一々つっかかっても仕方ないからだ。


「ちとせ!」

 白土との話を切り上げようとした時、隼生が駆け足でこちらに来た。

「早いですね、隼生さん」

「酒田に何かあっても困るしな」

 桃のことをきちんと心配している隼生にキュンとした。

 隼生のこういうきちんとしたところが、ちとせにとってはたまらなく好きなところだからだ。


「ちとせちゃん、浅間さんにメロメロだね」

 白土がニヤニヤしながら言ってきたので、ちとせは「メロメロですよ」と言い返して、白土をそこに放置して来た道を戻る。

 公園側に隼生にスタンバイしてもらう為だ。


「何かあったらすぐに大声だせよ」 

 隼生がいつもより険しい顔でそう言った。

「一応、有段者ですから、逃げる隙ぐらいは作れます」

 例え黒帯であっても男の暴漢や凶器を持った人間と戦おうとするな、と言うのはちとせの通う空手教室の師の言葉だ。

 どんなに力がついたとしても、男女の性差や武器といったものの威力を決して侮ってはいけないからだ。

 勿論、ちとせもそれは肝に銘じているので、今回も桃には何かあったら大声を出すように指示している。サチにもだ。

 無謀な策だが、最低限の危険回避はしているつもりだった。

「それでも声が聞こえたら、直ぐに来てくださいね」

 そう確認すると、隼生は渋い顔をしなが、

「当たり前だろ」

と言ってくれた。


「隼生さんはここにいてくださいね」

 スタンバイ場所についたのでそう言えば、隼生は辺りを見回しながら、

「結構暗いな」

とボヤいた。

「キスしても分かりませんよ?」

 意地悪くそう言えば、隼生は「お前、こんな時に...」と小さくぼやいてから、

「馬鹿」

とちとせに言った。


「えへへ。その言い方、愛情、感じます」

「いいからお前も早く行け」


「はぁい」

 隼生に手を振って、ちとせも先ほどよりはやや駅よりの位置にスタンバイする。

 隼生のいた場所からは歩いて5分もしない場所だ。駅までのこの道は、表通りを通るルートが20分かかるのに対して、全行程10分程度だが、如何せん、公園などがある住宅街のせいか、人気が少ない。六時半近い今時分では、かなり物騒と言えよう。

 桃が前回、この道を歩いたときも同じ位の時間だったらしい。

 いつもなら定時直ぐ以外は通らないこの道を選んだ理由は、実は隼生が原因だと聞いたのはこの前だ。


「浅間さんと帰りが一緒になったんだけど、なんとなく気まずくて」

と申し訳なさそうに桃が言っていたが、間違いなく隼生は桃とちとせを間違えて話しかけたのだろうと思った。

 そうでなければ、わざわざ帰りがけに同僚の恋人に話しかけるような質ではない。


(全く、隼生さんも遠因なんじゃん)


 その時、隼生が桃に声をかけなければ、きっと桃は物騒な道を帰り道に選ばなかっただろう。

 まあ、その日がなくてもいつかは桃は襲われたかもしれないが、それは今論じることでもない。


 ちとせは携帯を取り出すと、桃に隼生が来たことと、配置がずれたことをメールして時間を確認する。

 もう駅について此方に向かって歩いてくる頃だろう。


(何も起きなければいいな)

 自分で計画したことの癖して、何も起こらないことを願う矛盾に、内心苦笑する。

 

 世の中の人、全部が悪人だとは思えない。ストーカーにせよ、誰にせよ、自分の都合で相手を傷つけることを、躊躇わない人なんて、一人でも少なければいいのに、と思ってしまう。


(あ、あれ、桃さんかな?)

 人影が見えた。桃らしいとあたりをつけたら、やはり桃だった。


 桃の背後などを伺うが、誰かがついてきている様子や、車などはない。

 少し安心して胸をなで下ろした瞬間、

「ちとせちゃん、後ろ!!!」

と、桃の叫ぶ声がした。


(後ろ?)


 バッと振り向くと、誰かが背後に立っていた。そんな近くに人がいたのに、全く気づかなかった。

 しかも掲げられた右手にナイフがみえる。


(うわっ!)


 慌てて頭上を庇うように手をクロスしてその隙間でナイフを挟むようにする。

 ズッ、と両腕の外側の肉が擦れた。

「痛っ」

 どうやら大して切れ味のよいナイフではないしい。痛いと言うことは、触れて切れるタイプのナイフではなく、押して切るタイプの包丁みたいなものだろう。


「誰か、誰か来て!! 

 大島さん!! 大島さん!!!」

 桃が叫びながら、女に突進してくる。


 ちとせは両腕の痛みに思わずよろけて座りこんでしまうが、直ぐに女を睨んだ。


(あれ?)

 どこかで見た。

 女の顔に見覚えがあった。

 両腕から血が垂れないように気をつけながら、女をよく確認する。


(この人...)


「どうした?!」

 隼生の声がした。

 桃の声を聞きつけて、駆けつけてくれたのだろう。

 だが、その声がした瞬間、襲ってきた女が、プツリと糸が切れたみたいに座り込んでしまう。


「浅間さん、その女の人です!」

 桃が叫び、隼生が女を確認したが、確認した瞬間、驚きで目を見開く。


(ああ、やっぱり)


 見間違いではなかったのか。


「佐川さん.....」

 隼生がポツリと呟いた。

 ちとせはゆるゆると起き上がりながら、

「佐川さんて、隣の女の人?」

と隼生に確認した。

 多分、否、間違いなく、隼生の部屋の隣人だ。

 一度だけ、見たことがあったあの女の人。


 桃が、訳が分からず困惑するが、ちとせの頭は急激に冷めて、理解する。


 その理解を肯定する言葉を、佐川と言う名の隣人が叫ぶ。


「どうして...どうして?!

 浅間さん! 私のこと愛してるって言ったじゃない!!」


 隼生はギョっとした顔になったが、ちとせは何となく察する。


(この人も私と同じ様に、隼生さんに惚れているんだ)

 それこそ盲目に、どうしようもないくらい。


 ただ一つ、違うことと言えば、ちとせは実力行使で隼生に迫ったのに対し、彼女は隣人という立場でひっそりと彼を愛したことだろう。

 それこそ隼生に「愛している」なんて言われていない筈だ。


(隼生さんは、そんなこと人には言わない)

 あの人は、愛だの恋だの、そんなものを信じてない。


 それが隼生と付き合ってから知った、ちとせの事実だ。隼生自身は否定するだろうが、隼生からそのような甘い言葉を聞いたことがない。

 恥ずかしくて言わない訳ではない。

 信じていないのだ。その感情を。


「もしかして、私とちとせちゃんを間違えた.....?」

 桃がハッとしてちとせと自分を見比べる。

 よく似た背格好。

 桃が帰ったあの日、隼生と僅かに接触したこと。

 そこから考えれば、すぐに行き着く答だろう。

 桃にとてつもなく申し訳なくなる。

 桃の為にと思っていたことが、実は自分たちのとばっちりの結果だなんて笑えない。


(大島さんのじゃ、なかったのか)

「隼生さんのストーカー...」

 ポツリと呟いた瞬間、女がギッとちとせを睨んだ。憎しみを込めた目で。

 そして立ち上がると叫ぶ。


「ストーカーはあんたでしょおおおお!!!」


 女がナイフを手に突進してくる。


 こんな時なのに、

「付き合ってなかったらストーカーになってたんじゃないの?」

なんてサチの言葉を思い出す。


 彼女と自分のどこが違うのか?


 同じ人を好きになった。

 だけど、動いたのはちとせで、それも半ば強引に隼生を手に入れた。


(相手に愛してもらえない、一方通行な点では私と同じ)


 そして相手がしてほしくないことをする点でも。


 隼生は、この力をいざという時は役に立たないと言った。

 おそらく、今、この時も、あの力は大した役に立たないだろう。


(でも!!)


 桃が震えながらちとせを庇う。


 いつの間に来ていたのか、いや桃の声で駆けつけたのだろう、大島がその小柄な身体で桃を庇うように前にでる。


 図らずも出来た二重の壁に、ちとせの胸は熱くなる。



 この力は、何の為にあるのか?



 全ては隼生の為に。そんなの分かっている。

 自分のストーカーで誰かが傷つくことを、隼生は好まないだろう。


 だから....


 隼生の辛くなるようなことには、したくない。

 

 この力で、自分は大切な人を守る。



 躊躇いなど一瞬もなく、ちとせは念じる。触れてもいないそのナイフの刃を遠隔で曲げるなんて、隼生の力では有り得ないことかもしれない。


 それでもやらなければならなかった。


 大切な人の為に。


 

(曲がれ!)


 強く念じた先で、見えなくても簡単にナイフが曲がったことは分かった。



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