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美少女と私

渡り廊下の真ん中で

作者: 山岡希代美

 毛先を十センチばかりカットしてみた。自分で言うのもなんだが、腰まで届くほど長いのに、枝毛もなく素直できれいな髪だと思う。

 だがそれも、この春から男ばかりの工業高校に通うことになった私には、どうだっていい事だ。

 男の髪がきれいかどうかなんて、男にとってはどうだっていい事だろう。

 この世の中は理不尽きわまりない。

 私は身も心も完全に女なのに、どういうわけか他人の目には男にしか見えないらしい。ただひとり、私の幼なじみである美少女を除いては――。

 この美少女は私の真逆をいっている。事実を知っている私の目にも、非の打ち所のない美少女にしか見えないが、実は男なのだ。

 少なくとも、一緒に風呂に入ったりしていた子供の頃には、間違いなく男だった。

 ただ、当時から「大きくなったら、あなたのお嫁さんになるの」と言ったり、将来を窺わせる片鱗は見せていた。

 戸籍の上で、私は間違いなく女だ。だから本来の性別を主張すべく、女子校の入試も受けた。ところが、面接で「ふざけるな」と一蹴されたのだ。

 中学生の時も、私は学校側から、男子として扱われていた。実際に女だとしても男にしか見えないのだから、女の子の制服を着て女の子だと主張しても、いじめに遭うだけだからというのが理由だ。

 単にこんなややこしい面倒ごとは回避したいというのが本音だと思う。

 同じ理由で美少女は女子として扱われていた。それが一番納得できない。

 おまけに美少女は、明らかに女子ライフを楽しんでいる。そして私が面接で蹴られた女子校にも、あっさり合格しやがったのだ。

 その事実は、私の苛々とモヤモヤに拍車をかけた。いっそのこと、こいつの入って来られない絶対領域に逃げ込んでやろうと、男子校に進んだのだ。

 これで苛つく美少女に婚約者呼ばわりされて、つきまとわれることもなくなるだろう。

――――そう思っていたのに。

 私の計略は、入学初日にもろくも崩れ去った。

 校内をわが物顔で女子がうろついているではないか。一体どういう事だと、困惑する私の後ろから、耳慣れた脳天気な声が聞こえてきた。

 振り返ると女子高生の制服に身を包んだ美少女が、ニコニコ笑いながら手を振った。

 おまけに他の誰よりも制服が似合っている。短めのチェックのスカートから覗く長い足もスラリとして、男の足がこんなにきれいでいいのかと疑問に思うほどだ。

 大方の予想はついていた。校内をうろつく女子の姿や、ここにこいつがいるという事が何を意味しているのか。

 とりあえず美少女に問い質すと、案の定な答が返ってきた。今年から男女共学になったのだと。

 今さら驚愕したりはしない。けれど、なぜ入試の時点で気が付かなかったのかと悔やまれて仕方がない。

 元々男子校だった上に、工業高校という事で、女子の志願者自体が少なかったのだ。入試会場も私の周りは男ばかりで、ちっとも気付いていなかった。

 それよりも、美少女が入学しているという事は、こいつも試験に行ったはずだ。いつもつきまとっているくせに、どうして黙っていたのか疑問だ。

 それを尋ねると、美少女はイタズラっぽい笑みを浮かべて小首を傾げた。

「ちょっと驚かそうと思って」

 愛らしい仕草と天使の微笑みで、悪魔の所業だ。共学だとか、おまえがいるとか、知っていたら他の男子校に行っていたのに。

 天は私を、完全に見放したようだ。

 女子の数は圧倒的に少なく、十クラス中二クラスしかいないのに、なぜか私は女子のいるクラスに入れられた。そして美少女も同じクラスなのだ。嫌がらせだとしか思えない。

 おまけに美少女は、またしても私を婚約者だとクラス中に言いふらしたのだ。

 ただでさえ数少ない身近な女子を巡って、オス共はしのぎを削っている。噂が広まるまでは私も「どの子が好みか」とか訊かれた。

 美少女が一番人気な事に、同情を禁じ得ない。そんな風に、密かに気の毒がっていた彼らが、今では全員私の敵に回っている。

 私が必死で婚約者説を否定して回っても、それを上回る勢いで噂は広まり、今では全校に公認のカップルとなってしまった。恐るべし、女子の噂力。

 私の高校生活は針のむしろ状態になってしまったというのに、美少女はちゃっかり女友達など作って、学校生活をエンジョイしている。それもなんだか気に入らない。

 美少女の他に友人のいない私は、度々捕まえては、愚痴っていた。それというのも、同じ学校同じクラス、家も隣同士という従来の環境に加えて、不本意な噂のせいで今まで以上に美少女につきまとわれているからだ。

 その不本意な噂のせいで、周りまで余計な気を利かせて、益々美少女以外に話し相手がいない状態になっている。

 一体何の嫌がらせだ、と美少女を問い詰めているところへ、通りがかった女子が、こちらを見ながらクスリと笑った。

 気付いた美少女が、笑って声をかける。全く把握していなかったが、どうやら同じクラスの女子らしい。

 その女子は結構背が高い。上から見下ろす視線が、なんだか威圧的で、軽く嫌悪感を滲ませながら私を捉えた。

「いつも仲が良いのね」

 イヤミとも採れることを笑顔でいいながら、彼女は頭の後ろでひとつに束ねた私の髪を、手の先でサラリとすくった。そして口元にうっすらと笑みを浮かべて言う。

「どうして長髪なの? しかも無造作に伸ばしてるだけみたいだし。大好きな婚約者に合わせてるとか?」

 確かに美少女は、柔らかい栗色の髪を背中まで伸ばしている。今日は二つに分けておさげにしていた。

 だが、私の長髪は自己主張だ。決してこいつに合わせているわけではない。

 そして確信した。イヤミとも採れる彼女の言葉が、本当にイヤミだったという事を。

 理由は分からないが、私と美少女が校内でイチャイチャしているように見えるのが、彼女には気に入らないのだろう。

 イヤミにはイヤミで対抗するしかない。

 私は腕を組んで彼女を見上げながら、不敵の笑みを浮かべた。

「自分に男がいないからって、やっかむなよ」

 彼女はピクリと頬を震わせて、私を睨んだ。

「なんで私がやっかまないといけないの?」

「だってそうだろう? 男ばかりの工業高校に来る女なんて、下心見え見えなんだよな」

 ムッとした表情で彼女が口を開きかけた時、横から美少女が割って入った。

「そんなことないわ。あたしはあなたしか見てないもの!」

「おまえは黙ってろ!」

 第一おまえは女じゃないだろ? 

 思わず口に出して突っ込みそうになっていると、彼女が鼻で笑った。

「自分だって大差ないじゃない。わざわざ婚約者と同じとこに来るなんて」

 捨て台詞を残して、彼女はさっさとその場を立ち去った。

 イヤミ返しをするつもりが完敗だ。それもこれも美少女が、余計な茶々を入れるから。

 その日以来、彼女は校内で顔を合わせるたび、チクリチクリと私にイヤミを言い続けた。

「いったい、何なんだ、あの女――っ!」

 私はとうとう耐えきれず、いつものごとくつきまとっている美少女に、憤りをぶちまけた。

 相談相手も愚痴る相手も、こいつしかいないというのが、また情けない。

 美少女は私の剣幕にも全く動じず、昼休みの中庭で平然と手作り弁当を差し出した。

 本当は美少女ではなく、その母親が私の分まで作ってくれていることを知っているので、遠慮なく頂く。彼女の料理は美味いのだ。

 自分の弁当をひざの上に広げて、美少女がため息混じりに言った。

「あなたがイヤミを言ったからでしょ?」

「それにしたって何倍にもなって返ってきてるぞ。根に持つ女だな」

 そもそも先にイヤミを言ったのは向こうで、私は一回返しただけなのだ。

「だってアレ、一番言われたくなかった事だと思うもの」

「図星だったんだ」

「全然違うわよ」

 美少女が言うには、私にイヤミを言った彼女は機械好きらしい。それで工業高校を志望していた。だが、女子が入れる機械科のある高校は少ない。

 家から通えるところは、この学校しかなく、彼女に選択の余地はなかった。おまけに元男子校という事で、物騒だと心配する両親を説き伏せるのに苦労したという。

 少し罪悪感を覚えた。

 彼女は自分のやりたいことのために、この学校に来たのだ。不特定多数の男子にチヤホヤされたいからじゃない。中にはそういう女子も何人かいるが、彼女にしてみれば一緒にされるのは心外だっただろう。

 私自身の入学の動機も、彼女に比べればかなり不純だ。

 私が少し気落ちして黙り込んでいると、美少女はなぜかニコニコしながらこちらを見つめていた。

 ふと、こいつの動機は何だろうと思い尋ねてみる。すると美少女は一層ニコニコしながら答えた。

「あたしは、少しでも長くあなたと一緒にいたいから」

 訊くんじゃなかったと後悔した。




 このまま罪悪感を抱えているのも、彼女にイヤミを言われ続けるのも嫌なので、なんとか一言わびを入れられないものかと、私は思い始めた。

 けれど美少女につきまとわれていては、その機会もないまま数日が過ぎた。

 今日こそは決着をつけよう。私は意を決して、周りを見回した。幸い美少女の姿が見当たらない。この絶好の機会を逃せば、また美少女に邪魔されてしまう。

 私は彼女を見据えて、席を立った。すると彼女も、教科書と筆記用具一式を持って席を立った。

 あ、そうか。次は教室移動だった。

 私も急いで荷物をまとめると、教室を出て行く彼女の後を慌てて追った。

 まだ休憩時間が始まったばかりで、他の生徒は大半が教室に残っていた。

 一人で先を行く彼女に、数歩離れて続きながらも、やはり声がかけづらい。なんと言って声をかけようか考えながら、後ろ姿を見つめて黙々と歩く。

 やがて隣の校舎へ続く渡り廊下の真ん中で、彼女が不意に立ち止まった。私も立ち止まる。

 振り向いた彼女は、不愉快そうに眉を寄せて私を睨んだ。

「何か用? ついてく相手を間違ってるんじゃない? 愛する婚約者なら、まだ教室よ」

 早速イヤミ攻撃が来た。挑発に乗ってはいけないと分かっているのに、ついつい反撃してしまった。

「あいつは婚約者じゃない。ただの幼なじみだ。そもそもあいつがいる事分かってたら、オレはこんな学校とこ来なかった」

 口走った直後に、しまったと後悔した。ケンカするために声をかけようと思ったわけではない。

 だが、後の祭りだ。

 彼女は不愉快を通り越し、怒りに満ちた目で私を睨む。

「どうせ男のあんたには、こんなとこなんでしょう」

 いや、男じゃないし。

 内心ツッコミを入れていると、睨みつけていた彼女の目から、ゆっくりと力が抜けていった。

 引き結んだ口元が徐々にへの字に歪み、目に涙が滲み出す。

 うわっ、やべぇ!

 私が焦って一歩踏み出した時、彼女の紅潮した頬を涙が一筋つたった。

 それと同時に彼女はわめきながら、私の肩を思い切り突き飛ばした。

「私には、ここしかなかったの!」

「うわっ!」

 なんとか踏みとどまったが、彼女は尚も肩を小突きながら恨み言を続ける。

「何も知らないくせに、適当な事言わないでよ!」

「ちょっ……、やめろって」

 このまま小突かれ続けては、肩が脱臼してしまうかもしれない。なにしろ私は、か弱き乙女なのだ。

 続けて繰り出された彼女の手首を掴んで、なんとか阻止に成功する。

 彼女は諦めたのか、項垂れて、足元にパタパタと涙を落とした。

 そんなにひどい事を言ったかな、と疑問に思いながらも、彼女の震える肩を目にすると罪悪感は否めない。

「悪かったよ。ごめん」

 そう言って、私は頭を下げた。

 本来の目的を果たしてホッとしたのも束の間、後ろから思い切り髪を引っ張られた。

 つんのめりそうになりながら振り返ると、同じクラスの男子が数名、横並びになっていた。皆一様に渋い表情で、私を睨みながら仁王立ちしている。

 髪を引っ張った奴が、低い声で私にすごんだ。

「おまえ、あんなかわいい婚約者がいるのに、なんで他の女にちょっかい出して泣かせてんだよ」

 ちょっと待て。泣かせたのは事実だが、ちょっかいは出していない。

 すぐさま反論しようと思ったが、彼女の手首を掴んだままだった。これでは反論も説得力に欠ける。

 慌てて手を離しながら、そう考えた自分が、また情けなかった。私、女なのに。

 ふと見ると、男子たちの後ろに美少女がいた。興味津々といった表情で、こちらを窺っていたが、私と目が合った途端、嬉しそうに笑って小さく手を振る。

 私が窮地に立たされているというのに、緊張感のかけらもない。

 一触即発の事態を打開したのは、予鈴だった。

 男子たちは皆、もの言いたげな表情で私を一瞥した後、ぞろぞろと隣の校舎へ入っていった。

 授業が終わった後、嵐の予感がする。どう言って納得させればいいんだ。

 途方に暮れる私の元へ、ニコニコ笑いながら美少女が駆け寄ってきた。

 その脳天気な笑顔に沸々と怒りが込み上げてきて、思い切り怒鳴りつけた。

「おまえのせいだぞ! 元はといえばおまえが、余計な事を言いふらすからだ! いったいなんのつもりだよ、婚約者だとか!」

 美少女は全くひるむことなく、天使の笑顔で悪魔の所業の真相を語る。

「前にも言ったでしょ? あたし、男には興味ないの。好きなのはあなただから。あなたがあたしの婚約者だと知れ渡ったら、あなたが盗られる心配もないし、あたしが男に言い寄られなくて済むんだもの」

 それって、おまえが得するだけだろう。そもそも私が、誰に盗られるって言うんだ。

 私だって女に興味はないし、男なら尚更ごめんだ。

 男にしか見えない私に言い寄ってくる男がいるとしたら、そういう部類の奴だろう。

 言い返す気力もなくして、私は美少女に背を向ける。大きくため息をつきながら、隣の校舎に向かって歩き始めた。

 すると、さっきまで泣いていた彼女が、不敵な笑みを浮かべて私の前に立ちはだかった。

「助けてあげる。私があんたに告白して、ふられたから泣いてた事にしておいてあげるわ」

 それは大変ありがたい申し出だが、一体どういう心境の変化なのだろう。

 眉をひそめて見つめる私に、彼女は交換条件を突きつける。

「そのかわり、私はあんたを好きなんだって事にしておいてね。私も今は男に興味ないの。自分のやりたい事に専念したいから」

 てことは、私ってモテモテ? 益々風当たりが強くなるじゃないか。

 美少女は楽しそうに笑いながら、彼女の手を取った。

「じゃあ、今日からライバルね」

「そうね」

 少女が二人、楽しそうに微笑みを交わす。

 悪魔が二人に増えた。




(完)





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