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9.将門絶命

9.将門絶命



 将門は何とか甲斐の国を抜け、信濃に入った。 甲斐を抜けたということは、結界の外に出たということだ。 井川や志田はこれ以上追って来ることはできない。 しかし、将門は気付いていた。 既に、志田の兵士たちが周りを取り囲んでいることに。 もともとこの世界の住人である彼らには結界の効力はない。

「ここまでか…」 将門は足を止めると、内官たちに今夜休むのに適当な祠かほら穴が近くにないか探すように指示すると、その場に腰を下ろした。


 志田の追跡部隊は甲斐と信濃の国境に陣を張っていた。 先鋒部隊が既に将門を取り囲んだという情報は既に志田のもとへ届いていた。

「ここから先へ行けないのがもどかしい…」 志田は星を見上げて呟いた。

「志田様…」 側近の一人が志田に近づいてきた。

「どうした?」 志田は側近に目を向けた。

「井川様の陣営に見慣れぬ軍が近付いております」

「どこの軍か分からないのか?」

「おそらく…」


 史実では将門討伐のため征夷大将軍に任じられた藤原忠文が討伐軍長官として出立したのがこの年の1月中旬とされている。

 しかし、今、井川達の陣営に迫っている軍は紛れもなく忠文の討伐軍に違いなかった。 知らせを受けた井川は良介に命じて態勢を整えさせた。

「やっぱり歴史が動いているわ…」 知美は良介の隣でそう呟いた。

「確か、今日は1月20日だよね? 忠文が征夷大将軍に任命されたのは1月9日でしょう? 征夷大将軍に任命された忠文はそのまま家にも帰らず、討伐軍を進軍させたんだよね…」 神田明神を訪れた時、たまたま平将門の本を読んでいた良介は知美に訊ねた。

「…10日で京都からここまで来るのは不可能だから、忠文はもっと早くに京都を出たことになる」

「そうですね。 たぶん、井川部長が将門を追って兵を動かしたことで、都に将門が反乱を起こしたと伝わったのかもしれません」

「でも、実際は忠文は将門とは戦っていないよね」

「はい。 忠文が関東に到着する前に将門は貞盛・秀郷・為憲の連合軍に討たれたことになっています」

「それが2月の半ば頃だったよね?」

「はい。2月14日です」

「えっ? バレンタインデー?」

「そうですね。 先輩、今年は期待していますよ」

「う~ん、それまでに戻れればいいけど…。 この時代じゃぁ、チョコレートはあげられないもんね」


 将門は内官が見つけた古い神社の境内にある今は使われていない小さな社務所にいた。 既に社務所の周りには志田の先鋒部隊に加えて、300の精鋭部隊が取り囲んでいた。

 将門は既にそのことに気付いていた。 これまで将門に同行してきた二人の内官の命だけは救ってやりたいと思っていたが、もはや、アリ一匹這い出る隙間もなかった。

 将門は覚悟を決めて内官に事の成り行きを説明した。

「お前たちこれまでよく尽くしてくれた。 頭のいいお前たちのことだから既に察して入ると思うが、志田の兵が追手として我らに迫っておる。 既にこの社務所はヤツらに取り囲まれているようだ…」 将門の言葉に内官の一人がそっと外の様子をうかがった。 将門の言葉の通り、社務所の外は無数の兵士であふれていた。

「…もはやわしもこれまでのようだ。 お前たちには何の罪もないがわしと共に冥土へ旅立ってはくれぬか?」

 将門の言葉に二人の内官は涙をこらえ、頷いた。

「私たちが今生きていられるのもすべてお館様のおかげ。 冥土でもどこへでも喜んでお供させていただきます」そう言うと、二人の内官は将門の前で切腹の用意を始めた。


 井川は、自ら馬にまたがり、忠文の軍と対峙していた。 その傍らには名取と成禎将軍が控えていた。

 東の空が明るくなって来たのを合図に忠文の軍が一気に進軍してきた。 井川は護衛兵たちに号令を発し、陣営を固めた。 そして、成禎将軍に目配せをすると、成禎将軍は頷き先陣を切って陣を出て行った。


 将門が潜む社務所の周りは志田の兵たちが少しずつ間合いを詰め始めていた。

 将門は切腹した内官たちを介錯すると、自ら社務所に火を放った。

「志田よ、お前さえいなければ…。 しかし、これも運命というもの。歴史とはこれほどまでにこのわしを認めてはくれぬのか…。 だが、この首だけは渡すわけにはいかんぞ」

 将門の怒りともいえる炎は一気に社務所を業火で包み込んだ。 すごそばまで来ていた志田の兵は突然の炎に思わずのけぞり後ずさりした。 あまりに火の回りが早いので消火のすべもなく、ただ見守るしかなかった。


 成禎将軍は忠文の兵士を一人で百は切り捨てただろう。 しかし、既に体力の限界が過ぎているのは誰の目にも明らかだった。

そんな将軍の姿を目の当たりにした名取はもはやいてもたってもいられず、そばにいた護衛兵から馬を奪うとぎこちなく跨り戦場へ飛び出していった。

「お、おい名取、早まるな。 こんなところで命を落としたら元の時代に戻れなくなるぞ」 青田が叫んでも、名取は止まらなかった。

「友達が死にそうなのに、放っておけるかよ」


 この世のものとは思えに業火の中で、将門は炎に包まれ、仁王立ちしていた。 そして、肉が焼かれ体中の水分が水蒸気に代わり、骨が溶けるまで目を見開き志田がいる甲斐の方角を見つめたまま、絶命するまで、念を込めて魂の終焉を見届けた。


 名取は成禎将軍のそばまで近づくと勢いよく剣を抜いた。 しかし、そのはずみで馬の背から放り出された。

 しかし、その瞬間、ひときわ大きな流れ星が西の空に落ちて行った。






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