3.影武者
3.影武者
井川を筆頭に金魚のフンのように神主の格好した男の後に着いて行く良介達。 見事な日本庭園を囲むように外廊下を回って行く。 見た目は涼しげな服も、幾重にも着重ねているためか意外と寒くはない。 しばらく歩くと、大広間のような部屋にたどり着いた。
部屋の奥には一段高くなったひな壇が設けられており、簾で覆われている。 その簾の向こう側に、誰かがいるのがかすかに感じ取れる。
神主の格好をした男は簾の前にひざまずき、井川を隣に座らせると、良介達にはその後ろで控えるように指示した。
「お館様、お連れいたしました」神主の格好をした男は頭を畳にこすりつけるほどひれ伏して簾の奥の人物に申し出た。 井川もそれに倣い、良介たちも頭を下げた。
「御苦労であった。 皆のもの、面を上げるがいい。 その方はもう下がっても良いぞ」簾の奥の男はそう言って、神主の格好をした男を下げると、簾を上げて自らの姿を良介達にさらした。 良介達はその姿を見て絶句した。
良介達がこの世界に引き込まれた際に生じた時間のひずみは、神田明神の御社殿にいた他のメンバーをも巻き込んでいた。 社長の志田は今日子、知美と共に、良介達より3年ほど早い時代に飛ばされていた。
志田達が飛ばされたのは、いくつかの村が点在する小高い山の中腹にある洞窟の中だった。 二人の女の子を守るべき立場だった志田は、一人で周辺の調査に出た。 そこで、はるか昔にタイムスリップしたことに気が付いた。 到底、信じがたいことであったが、その事実を受け入れ、この時代で生きて行くためにどうすればいいのかを考えた。 そして、志田はある結論にたどり着いた。
このまま、この時代で生きて行くのも悪くはないが、二人の女の子達のことを考えると、何が何でも元の世界に戻らなければならない。 そこで、歴史を変える行為を行えば元の時代に強制排除されるはずだと考えたのだ。
志田は、ふもとの村で衣類や食料を調達すると、知美に神様っぽい衣装を作らせた。 幸い、小林商事の歴女と呼ばれていた知美は衣類や食料からこの時代が平安時代であろうと予測していた。
志田は、自らを神と祭り上げ、近辺の村人たちの前で、現代の知識を武器にこの時代にはあり得ない文化を築いていった。
まずは、住居を現代風のものに立て替え、水道を引き畑や水田を整備した。 看護師の資格を持つ今日子は、はやり病や疫病の予防、治療を行い、歴女知美の知識により、当時発生したであろう、戦による戦火や自然災害を事前に予言し志田に教えた。 志田は巧みな話術を駆使し、次第にその地位を高めていった。 そして、ついには朝廷にもその存在が知られるほどに至った。
こうして志田達は、当時にはあり得ない文化を築き上げていったが、一向に現代へ戻れそうな兆候は見られなかった。 そして、歳月は流れ2年がたった。
業を煮やした志田は、現在の朝廷をひっくり返すことを考え、当時の常陸介の藤原維幾との接触を試みた。 しかし、維幾は朝廷寄りの考えを持ち、志田の提案を受け入れはしなかった。 志田は武力を持ってこれを制圧せんがために、兵力の強化を図り、近代的な兵法に基づく訓練を徹底するとともに、武器や道具を量産していった。 そして、1年間で膨大な兵力を配下に置くと、密かに藤原氏討伐を企てていた。
その頃、不動倉を破ったために追捕令が出ていた常陸国の藤原玄明を平将門が擁護し、兵を挙げた。 将門の兵力は一千、それに対して国府軍は三千を超える兵力で将門軍を迎え撃った。 いわゆる、平将門の乱の発端だ。
志田は、国府軍の背後から奇襲をかけた。 志田が作った矢を連射する武器と鉄の盾の前に、国府軍の兵はなすすべもなく総崩れになった。 将門軍は右往左往する国府軍を一気に攻めて勝利を収めたのである。
この戦を機に、志田は将門と盟約を結び、京へ上り、朝廷を覆す計画を実行に移すことにした。
ところが、今のままでは歴史の大筋に変化は起きない。 そこで、志田は将門を暗殺し、自ら京へ上ろうと画策した。 命を狙われていることに気付いた将門は影武者を置くことを決断した。 しかし、今まで抱えていた影武者は、先に流行した疫病で他界したばかりだった。 その者に瓜二つの息子がいたが、まだ幼くとても影武者が務まるとは思えなかった。そこで、その者の祖先や子孫の中から最も自分に似ているものを呼び寄せることにした。
将門には特殊な能力があった。 どんなに離れた場所でも、そこにいる人間の意識を通じてその場所を見ることができたり、念力で物を瞬間移動させたりといった超能力を生まれながらに持っていた。 15歳の時、平安京へ出てからこの能力に目覚め、朝廷のために役立てようと当時軍事警察を管掌する検非違使の佐や尉への士官を望んだが認められず、故郷の下総佐倉を目指し、東へ下った。
将門は自分とそっくりな人間の念を探し当てた。「見つけたぞ」そして、より強い念を込めてその者を引き寄せた。 念が強すぎたため、その者の周りにいた数人が一緒に引き寄せられた。 将門は常に自分にそっくりな者にのみ念を送り続けた。 一緒に引き寄せられた6人のうち、3人だけが途中で時空間を離れて引き離されていった。 それが志田達だった。
将門は結果的に、影武者と共に、最大の敵を同時に呼び寄せたことになる。
簾の奥でお館様と呼ばれていた男は、なんと、井川にそっくりだったのだ。 井川はニコリと笑ってその男に挨拶をした。
「御無沙汰をいたしました」井川の言葉に男は頷いて、笑みをうかべた。
「その方とは初めてであろう」男が言う。
「は! しかし我が家門においては宿命でございます。 例え、千年先の世界からでも将門さまのためなら喜んで馳せ参じます」そう言うと、井川は再び頭を下げた。
「それなら要件は言うまでもあるまいな」将門はそう言うと井川の額に手をかざし、念を送った。 井川の頭の中には将門の命を狙う者の姿や兵力等の情報が送られてきた。 情報を受け取ると、井川は苦笑いを浮かべ、つぶやいた。「ほう…。 そういうことになっちゃったのね」
井川と良介達は将門との面会を終えると、別の屋敷へ移された。 そこはまさに、将門の屋敷だった。 井川を影武者に据えた将門は、密かに京へ向かって出立したのだ。
「部長の先祖って平将門だったんですか?」名取が声を震わせながら訊ねた。
「いや、将門ではなく、影武者の一族なんでしょう?」良介が聞きなおす。 井川はうなずいて言った。
「さすが日下部だな。 驚きついでにもう一つ面白いことを教えてやろう。 お館様の首を狙っているのは社長だよ」
良介達は井川が何を言っているのか想像もつかなかった。