2.俺は特別
2.俺は特別
映画の撮影でもやっているのだろうか…。 それにしては、この地面に突き刺さっている矢は映画の小道具というには生々しい。 命中していたら、間違いなく体を突き抜けていたに違いない。
井川は一人、侍の格好をした男達の方へ歩いて行った。 男達は一斉に弓を引き井川に狙いを定める。 井川は構わず進んでいくと、リーダーだと思われる男の前で立ち止まった。
「お館様の命令か?」井川がそういうと、男は手をあげて部下達に構えた弓を下ろさせた。 そして、馬から降りると井川の前にひざまずいた。
「失礼いたしました。 数日前より現れた物の怪に良く似たいでたちをしていたものですから…。 お館様がお待ちです」
「そうか。 ならば、案内せい」井川が言うと男は部下に合図した。 4人の部下達が馬を降り、井川の前まで馬を引いてきた。 井川はそのうちの1頭に颯爽とまたがった。
良介達はあんぐりと口を開けてその様子を見ていた。
「井川部長って何者なんだ?」名取がつぶやく。 青田は首を横に振るのが精いっぱいで言葉も出ないようだった。
「お館様って誰だろう? ここは一体いつの時代なんだ」良介は頭の中を整理した。
これが夢でないとしたら…。 あり得ないことだが、タイムスリップしたとしか考えられない。 どんなに頬っぺたをつねってもただ痛いだけだった。 だとすればいつの時代にタイムスリップしたんだろう? あの侍達の姿からして戦国時代よりはずっと前だろう。
タイムスリップする前には神田明神にいた。 そのことと関係があるとすれば、もしかして…。
良介が考えていると、井川が手を振って合図した。
「お前達も早く乗れ。 ついてくれば分かる」そう言ってリーダーの男と共に進んでいった。
「早く乗れって言ったって…。 馬になんか乗ったことないしなあ」そう言いながらも名取は見よう見まねで颯爽と馬にまたがった…。 はずだった。 しかし、前後逆にまたがってしまった。
「はい、はい。 こんなところに来てまでコントのまねごとはやめてくれよ。笑えないからな」青田は鼻で笑いながら自分も馬にまたがった。
「青田さんこそ、やめて下さいよ。 マジで笑えませんから」名取に言われて青田は引きつった。 名取同様、前後逆にまたがっていた。 「あれっ? おかしいな…」
「ふざけてないで行くぞ」良介は二人をたしなめ、馬を引いている男に合図した。
一団は遠くに見える明かりの方へ進んでいった。 きっと、そこに村があるのだろう。 しばらくすると、砦のような柵に囲まれた場所の入口らしい門のようなところにたどり着いた。 門番が門を開けると一団は中へ入って行った。 村は掘立小屋のような建物がいくつも並んでいる。 やがて一際立派な建物の前に到着した。
侍の一同は馬を降り、再び井川にひざまずいた。 良介達はおどおどしながら井川のそばへ集まった。
「部長、どうなってるんですか?」青田と名取が不安げに井川に聞く。
「心配するな。 俺のそばにいれば安全だから」
良介達が到着すると、すぐにその建物から一人の男が出てきた。 まるで、神田明神にいた神主のような格好をしている。
「この者たちなのか?」神主のような男は侍のリーダーに聞いた。
「左様にございます」リーダーは頷いた。
神主のような男は井川に近づくと、井川の顔をなめるように見た。
「うむ。 なるほど」そう、頷くと、建物の中へ入るように告げた。 良介達は神主について、建物の中へ入って行った。 そして、客間のような部屋に通されると、しばらく待つように告げられた。 待っていると、巫女の格好をした女性が酒と食べ物を持ってやってきた。 女性の顔を見るなり名取が噴き出した。 再び井川に脇腹をつつかれた。 良介と青田は名取が噴き出したわけがすぐに分かった。 酒を運んできた巫女の格好をした女性が、神田明神で幸福の鈴の音を授けてくれた女の子に瓜二つだったからだ。
巫女は名取の方を見てクスッと笑うと、「どうぞ、ごゆっくり」そう言って下がって行った。
「バカが! さっきもバチが当たると言っただろう」井川が名取を睨みつけた。
「すいません…」
「まあいい。 ちょうど良かった。 さっきはお神酒を飲めなかったのが心残りだったからなあ」そう言って、井川は盃に酒を注いだ。
「こんな時に、そんなことを考えていたんですか」良介は呆れた。
「バーカ! どんな時だって美味い酒が飲めればOK牧場よ。 いいから、お前達も飲め」
本来なら、今頃は参拝が終わって新年会を行っているところだ。 酒はともかく、良介達は腹が減っていたので巫女が持ってきた料理に手を伸ばした。
「なんだか、全然、味がしないなあ」料理を頬張りながらも名取が言う。
「そりゃあ、そうさ。 この時代に調味料なんてものがあったとは思えないからな」と青田。 「味はしないけど体には良さそうだ」青田はそう続けると、今度は盃に酒を注いだ。
「うん! 酒は美味いや」青田がそう言うと、名取も酒を注いで口にした。
「本当だ。 酒は美味いですね」
酒を酌み交わしながら、まるで宴会のように盛り上がっている井川達を横目に、良介は最低限の腹ごしらえをしただけで、酒はほとんど飲まなかった。
宴もたけなわ…。 ではないが、1時間ほどすると、神主が「着替えるように」と服を持ってきた。 4人は服を受け取ると着替え始めたが、名取は服の着方が分からず、ただ、布を巻きつけているような着こなしになっていた。
「なかなか、いい感じかな?」と、おどける名取。 良介と青田はなんとなくではあるが、とりあえず、違和感なくその時代の正装だと思われるその服を着こなした。
「あれっ! 井川部長の服は一人だけ高そうなんですけど、どういうこと?」名取が目ざとく井川に食ってかかった。
「しょうがないだろう! 俺は特別なの」井川はニヤリと笑うが、その理由を語ろうとはしない。
着替え終わったのを見計らっていたかのように、神主がやって来て「これからお館様に会って頂きます」と告げた。 井川は頷いて神主に従った。
「あのぉ…」名取が恐る恐る言う。 「なんだ?」神主が睨みつける。
「財布を入れるポケットが無いんですけど」と、財布をかざす名取。
「ぽ? ぽけっと?」神主が首をかしげる。 すると、井川の平手が名取の頭を捉えた。
「そんなもの、ここじゃ用無しだからスーツのポケットにしまっておけ」
「はあ…。 じゃあ、この服をしまっておくロッカーは?」名取がそう言った瞬間、井川のゲンコツが名取の顔面にヒットした。