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10.元の世界へ

10.元の世界へ



 馬の背から腰が浮いた瞬間、名取の脳裏にはまさしく走馬灯のようにこれまでの想い出が駆け巡っていた。

 井川と良介、青田は思わず叫んだ。 「名取~」


 甲斐と信濃の国境にいた志田にも大きな流れ星が落ちるのが見えた。 巨星が落ちたのだ。 これほどの巨星は将門しかいない。

「自ら死を選んだか…」 志田は将門を捕らえて連れてくるように命じていた。 自分の兵たちが将門を殺めることはない。 ならば、将門が自ら命を発ったのだと直感した。

その直後、志田は自分の体が透けて見えるのに気が付いた。 考えられることは一つ。 歴史が変わろうとしていることで反乱分子が削除されようとしているのだ。 しかし、それは元の時代へ戻れるという保証があるわけではない。 このまま消えてなくなってしまうのかもしれない。

志田は、それならそれで構わないと思っていた。 元の時代では社長とはいえ、親会社から派遣された雇われの身。 このところ業績も上がらず、親会社から相当なプレッシャーを受けていた。 この時代で三年、やりたいことをやれたのはそんなしがらみがなかったからだ。 ただ、他の連中は元の時代へ戻れるよう祈るだけだ。


井川たちの叫び声に知美と今日子は振り向いた。 戦場ではこちらが形勢不利のよう見えた。 成禎将軍が今にも倒れそうになりながら敵兵を退けている。 その傍らで宙に浮く名取の姿が目に入った。 その瞬間、大きな流れ星が西の空へ沈んでいった。 その光を目にした途端、同時に意識が遠のいていった。


 宙に浮いた名取は地面に激突する瞬間に姿が消えてしまった。 突然の出来事に、それを目撃した者は敵も味方も茫然としていた。

 陣にいた井川達も名取が消えるのと同時に姿を消した。 護衛兵たちは廻りを探したが、どこにも見当たらなかった。

 その瞬間、志田は一人でいたため、誰の目にも触れることなくその姿を消した。 将門絶命の知らせを運んできた通信兵は志田がどこにもいないと部隊長に報告。 部隊長はしばしうつむいていたが、顔をあげると笑ってつぶやいた。

「志田様はお帰りになられたに違いない。 ここへ来る前におられた平成というところへ…」



 シャリ~ン、シャリ~ン…。 鈴の音が聞こえた。我に返った知美は恐る恐る目を開いた。 そこは神田明神の御社殿だった。 

「夢?」 知美はうっかり転寝をしている間に夢を見たのかと思った。 夢にしては妙にリアルで長い夢のような気がした。 だが、目の前では意識が無くなる前と同じ巫女が鈴を鳴らしている。


 良介は意識が戻った瞬間、隣に座っていた知美と顔を見合わせた。

「戻って来たね」 そう言うと、知美が頷いてほほ笑んだ。

 良介も半信半疑のまま知美に聞いたのだが、知美のホッとした表情を見て今までのことが決して夢ではなかったのだと確信した。 周りを見回すと、他のメンバーもそこにいたので胸をなでおろした。 しかし、井川の姿だけがそこにはなかった。


 名取と青田は意識が戻ると立ち上がって抱きついた。

「やった! 戻ってきたんだ」思わずそう叫んだ。 その声は静まり返った御社殿に一際響いた。 二人は慌てて、その場に座った。 そして、どちらからともなく、頭をどつき合い、そして、笑いながら握手した。


 今日子は転寝をしているかのように船をこいでいた。 名取達の声でようやく意識が戻ってきた。 完全に意識が戻ってきた時にはなぜだか酔っているようだった。 そして、隣にいた秋元に呟いた。

「私、居眠りしている間に変な夢を見ちゃって、井川部長とお酒を飲んでいたせいかもしれませんが、目が覚めたらなんだか酔ぱらってるみたいなんですけど」

「なんだそりゃ? ここ来る前にどっかで飲んできたんじゃないの? 夢で飲んだもんで酔うわけないだろう」 秋元は呆れた表情で今日子を見た。


 志田は一つの結論を出していた。 今期限りで引退しようと。 この鈴の音を聞くのもこれで最後だと思うと、寂しい気もしたが、心の中は満足感に満ち溢れていた。

 既に、次の社長を誰に据えるのかも決めている。 自分が辞める前までに親会社のお偉いさんとそのあたりの話を付けておかなければならない。


 井川は神田明神を尊崇した氏子や崇敬者の先祖を祀る社祖霊社の前に立っていた。

 他のメンバーより一足早く意識が戻った井川は、そっと御社殿を抜け出し、ここへやってきた。 ここに将門の霊が祀られているわけではないが、共に戦った護衛兵や民たちの子孫が祀られているかもしれないと思いしばらくそこに立っていた。

「そろそろ参拝が終わる頃だな。 あいつら俺の姿が見えないと心配するだろうな」


 参拝を終えた良介たちは順路に従って出口へ向かった。 出口手前でお神酒を頂き外へ出た。

 外に出ると、良介、名取、小暮は喫煙場所へ直行した。 すると、既に井川が一風しているところだった。

「戻れなかったのかと思いましたよ」 良介が声をかけた。

「お前ら、目が覚めるのが遅いんだよ」 井川はそう言って、深く吸い込んだ煙草の煙を思いっきり空に向かって吐きだした。 「何日ぶりかなあ、タバコ吸うのは…」

 良介と名取も頷きながらタバコの煙を思いっきり空に向かって吐きだした。



 井川や志田達が消えた世界は、その瞬間消滅してしまった。 消滅したというよりは志田がその時代へやって来る直前まで時間が戻された。 歴史は何何一つ変わることなく現在につながっている。

 名取は図書館へ行って将門の時代の歴史書や文献を読みあさったが、“名取大将”はどこにも出てこなかった。

「結局、夢を見たのと同じですね」 名取はため息をついた。

「あら、そんなこともないかもしれないわよ」 知美が新聞に載せられた小さな記事を指して言った。

 そこには、『将門の屋敷があった場所の近くに祀られている祠から、当時の武将たちが今でいうブレイクダンスのような舞を舞っていたことを裏付ける絵が発見された』とあった。

「これって…」

「そうね。 この真ん中で踊っているのはきっと名取君じゃないかしら」

 名取はその新聞の記事と絵の写真をコピーして家宝にすると言ってその場を去った。

 良介と知美は、そんな名取の後姿を微笑みながら見守った。






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