好きッ!?
「なあ、もしかしてヒロってあたしの事、好きなんじゃないか!?」
「うっ……」
俺は予想だにしなかった突然の言葉にブッたまげて、口の中一杯に頬張っていたチーズバーガーを思い切り喉に詰まらせた。
吐くわけにはいかないが、このまま飲み込むのも辛い。
「何、動揺してんの」
悶える俺に、茜は自分の前に置いてあった紙ナプキンを突き付けてくる。
悲しくもないのに、涙が頬を伝った。
チーズバーガーで窒息なんてシャレにもならない。
俺は半分戻しそうになりながら、どうにか口の中の物を胃に流し込み、涙目で茜を睨んだ。
一方、茜はそ知らぬふりして俺のポテトで遊んでいた。
「お前が突然バカなこと言うからだよ!」
息も絶え絶えになりながら茜に罵声を浴びせると、一緒に口の中の物が飛んだ。
「ああっ!」
顔に掛かったか、茜は残っていた紙ナプキンで自分の頬を拭ってる。
「汚い奴だなぁ。なんかタマネギ臭い」
「タマネギなんだから当然だろ。しょうがない」
わざと嘲るようにすると、茜は急にぶすっとした表情になった。
茜はテーブルの上の拳を固く握り締めていた。
「ヒロ、なんでそんなに慌てるのさ」
「急にそんなこと聞くから」
「だって、聞いてみたかったんだもん」
茜は不機嫌そうに上目で俺の右手の先をじっと見ている。
俺のチーズバーガーを、見ているのか……?
「ほら、俺のを一口やるから機嫌直せ。俺の気持ちだ」
「食べ物に釣られるわけじゃないけど、まあそれで今のは許す」
俺がチーズバーガーを持った右手を出すと、茜の奴はそのままテーブルから身を乗り出して、大口を開けて迫ってくる。
あまりに勢いが激しかったものだから、指まで食われる危険と恐怖を感じ、思わず出していた手を引いてしまった。
「おふっ」
目標を失った茜は体勢を崩し、テーブルの上に片手を突いてふらふらとよろめいた。
「ヒロ、フェイントは無し!」
俺に大きな口の間抜け面を見せただけに終わった茜は、バンとテーブルを叩くと、眉間にしわを寄せて俺を睨んだ。
さらに、茜は諦めるどころか、中指を立ててチーズバーガーを手招きしている。
「可愛げない、それでも女かよ」
「一応女のつもりだけど?」
茜は一歩も引かない。テーブルの上に手を突いたまま、俺の眼をまっすぐに見据えている。
「まあ……そうだな」
俺はぐっと言葉を飲み込んだ。
実際、態度は男みたいなんだけど、これ以上の追い討ちは控える。
いくら真実でも、茜は茜なりに傷つくだろう。
前は何を言われても気にしなかったくせに、最近「男みたい」と言われる事を嫌がるようになったのだ。
言われたくなければ、言われないように振る舞えばいいのにとも思うが、向こう意気が強いせいでいつも損をしている。
からかわれても、上手に笑っていなせるようになれば、誰も「男らしい女」なんて言わないのに。
髪が短くて筋肉もついてるけど、よく見たら立派な女の子なんだから。
「たまに酷いことも言うけど、ヒロはあたしを一応女として見てくれてるもんね」
え?
俺の背筋に、一瞬緊張が走った。
「茜、いつ俺が女扱いした?」
「時々……私のおっぱい見てない?」
「ごめん、最近大きくなったなって思って見てた」
「ほら、相手が男の子だったら、わざわざおっぱい見ないもんね」
茜は勝ち誇ったような顔をしながら、俺のポテトを口の中に放り込んだ。
俺は黙って俺のポテトが減っていく様を見守る事しかできなかった。
「ポテト、半分までにしろよ」
俺の目の前に座って、ワシワシと態度Lで俺の買ったポテトLを食ってる女、神崎茜っていう。
同じ町内に住んでいて、赤ちゃんの頃からの顔馴染。
幼稚園から高校三年の現在にいたるまで、ずっと一緒の学び舎に通う、正真正銘の腐れ縁だ。
昔からぶっちぎりに足が速く、100m走でインターハイ2年連続出場が決定していて、大学からスカウトも来ている凄い女。
全国クラスのスポーツエリートのくせに、本人はそれを一切鼻にかけることなく、友達として気軽に接してくれてる奇特な奴。
今は、学校帰りに買い食いしてるところだ。
といってもデートじゃない。
たまたま俺が帰ろうとした時、茜がなんか暗い顔をして歩いてたから声を掛けたら、部活をサボって一緒についてきただけだ。
今度のインターハイも出場が決まってる短距離エースが、この時期に部活をサボるっていうのは割とどうかしているのだが、事情は聞いていない。
そして、急に「ハンバーガー食べたい」と言い出して店に引っ張ってきたくせに、いざ注文の時になって「財布を忘れた」なんて言うから、仕方なく全部俺が払った。
本当に忘れたのか、それとも作戦だったのか分からない。
最近少しぼんやりしてるような気がするけど、財布忘れるなんてよっぽどじゃないか?
「ん、なんか言った?」
不意に茜が俺を睨む。
「いや……」
「ヒロの顔見てたら、あたしの悪口呟いてるように見えたから」
「お前、心の声まで読み取ってるのか?」
「お顔で分かるの」
顔を合わせる度にこうやって悪態を吐き合うこともあるけど、実際のところ俺は茜の事が嫌いじゃない。
親しいから戯れ合っているだけで、本当は礼儀正しく気遣いもできる奴だ。
確かに、茜は一見女らしさを全く感じさせない。
日焼けして浅黒い顔してるし、昔から短く髪を刈ったベリーショートだから、一般的なカワイイの基準からは少し外れてる。
だけど、元々整った小顔だし、本来は色白。時折見せる飾り気のない笑顔は間違いなく可愛いと思ってる。
何と言っても、付き合いが長いせいもあって、何処か気が合う。
そうじゃなかったら、どうして俺が女の子と一緒に学校から帰ったり、ファーストフード店に入ったりするだろう。
俺にとって茜は特別なのだ。
さっき突然「好きなんじゃないか」って言われて、からかわれているとは思いつつ、正直ドキッとした部分もある。
茜のことは好きか嫌いかで言うと、「大好き」だ。
ただ、良くも悪くもインターハイに出場してアスリートとしての将来を嘱望されてる茜に、俺の方から告白するのはちょっと気が引ける。
だから、このままずるずると惰性で、なんとなくいい感じの距離感が保てたら……なんてズルいことを考えていた。
「ところで、ヒロはもう部活を卒業だよね? 受験勉強始めてる?」
「うん、県大会ベスト8で終わったから、これから受験モード。茜はまだインターハイに向けて練習するんだろ?」
「スポーツ推薦を受ける気なら、インターハイ終了まではきっちり頑張れって言われてるんだけど、勉強もしないといけないかなって」
スポーツ推薦なのに、勉強もするのか……?
ちょっと引っかかったが、それで疲れた顔をしていたのかもしれない。
「今日、休んで大丈夫だった? 無理やり誘うつもりは無かったんだけど」
「ううん、むしろヒロに会えてちょうど良かった。今日は元々調整日だから大丈夫だよ」
ハンバーガーを食ってる茜は上機嫌だ。
まあ、食ってるときは大体ご機嫌だ。
俺の口に半分齧ったポテトを突っ込んできたり、いたずらも絶好調。
「おい、さっきからポテト半分の意味を取り違えてないか?」
「本数だとわからなくなるでしょ」
「こんな恥ずかしい半分こ、他に誰がやってんだよ」
そして、再びあの話題に戻ってきた。
「ね、ヒロ。さっきの続きだけど、誰かに好きって言ったことある?」
「ハンバーグが好きとか、食い物の好みなら」
俺がぶっきらぼうに答えると、茜はプスッと笑った。
「そうじゃなくて、女の子に告白したことは?」
「……思春期に入ってからは無い」
「じゃ、言われたことは?」
「子供の頃の茜から以外は無いよ」
「ふうん……」
茜の奴、何が面白いのかニヤニヤしている。
「そんなだから、結局高校でも彼女できなかったんだね。昔からモテそうなのに」
突然何を言い出すかと思えば。
ちっとも彼女面してなくても、茜とこうやってデートみたいなことができてるから、俺は満足してるんだ。
「ヒロもやっぱり彼女欲しい?」
もちろん、健康的な高校男児で女に全く興味が無いなんて奴がいたら誉めてやる。
クラスメイトの後ろ姿に恋をして、街角ですれ違った美人に胸を熱くして、幼なじみの悪態で我に返るのが男ってもんだ。
……あれ、なんでこいつと恋バナなんかしてるんだ?
ただの一度もこんな話、したことが無かったのに。
「急に無口にならないでもいいじゃない。高校3年にもなって、異性に興味ないほうがおかしいよ」
茜は俺のポテトを少しずつ口の中に収めていった。
「そりゃ、あたしもずっと部活頑張りすぎて彼氏いないけど、憧れはあるよ……」
意外だった。
茜の口からこんな言葉を聞ける日が来るとは思わなかった。
「最近、立て続けに男子達から好きって言われて、正直困ってる……」
目を伏せたまま、短い前髪をくるくると左手の指先で触っている。
「もしかして、その相談?」
無言のまま、茜がちらちらと俺を見ている。
「はっきり言いにくかったら、俺が代わりに断ってやろうか?」
重くならないよう冗談めかして言ってみたものの、気の利いた言葉を思い付くまでのつなぎでしかない。
茜は唇を尖らせて、視線を周りのカップルどもに泳がせた。
「あたしの代わりに断ってくれるって、そうじゃないでしょ」
茜は、自分のシェイクではなく、俺のコーラを勝手に一口飲んだ。
「むしろ、あたしは今すぐ彼氏が欲しい」
独り言だろうか。そうとも取れるし、俺に言い聞かせてるような気もする。
現に、ちらちらちらちらとこっちを上目で見てはため息をついてる。
どうしたものかと、ポテトをちまちま齧りながら考えてみるが、突然のことに考えがまとまらない。
何と言っても、茜の口から「彼氏が欲しい」なんて生々しい言葉が出てきたことに動揺している。
まさかの俺をご指名?
高三の受験シーズンに入ってから「彼氏が欲しい」だなんて、何考えてるんだよ……。
茜がハンバーガーを咥えたまま、俺をじっと見ている。
「ねえ、あたしたち、こうして一緒にいられるのも、もうあと9か月ぐらいしか無いんだよ」
そんな、訴えかけるような目で見られても……。
「前も聞いたけど、茜はスポーツ推薦で大学に行くんだよな?」
恐る恐る聞いてみる。
「そう、スカウトが来てて、もうすぐタイムリミット。重大な決断の時期なんだよ」
「タイムリミット?」
「うん、意思決定期限が今月中なんだ。受諾したら、多分東京行きがほぼ決定。4年間は競技漬けになると思う」
「え、東京の大学!?」
「うん、そうだよ。でも……ヒロは地元志望でしょ?」
茜の言葉にハッとさせられる。
俺、このまま茜とずっと友達でなんてズルいことを考えてたけど、続かないんだ。
来春には、茜はこの町にいないかもしれない。
大学4年間に加え、実業団でスポーツを続けるなんてことになったら、もう戻ってこないかも。
茜は残っていた数本のポテトを一気にかっさらって鷲掴みにすると、一気に口に放り込んだ。
そして、また俺のコーラを飲んだ。
まだあると思っていたポテトが、ショックを受けてる隙に無くなってしまった……。
茜は指についた塩を舐めながら、独り言のように言う。
「インターハイが終わったら、残り少ない高校生活、後悔しないよう青春するの。秋の学祭の後夜祭でやるダンスパーティーに彼氏と参加したい」
「ダンスパーティーなんか、あったっけ?」
「夜、体育館でやってる。あの時、一年の時も二年の時も、あたしはパートナーがいなかったから端の方で見てるだけ。同じクラスの子が彼氏と楽しそうに踊ってるのを、興味無い振りしながら会場の端っこで見てた。最後ぐらい誰かさんと踊りたい」
俺は片づけを押しつけられないよう、さっさと教師の目を盗んで校外に逃亡していたはずだから、実のところ後夜祭は参加したことが無い。
だけど、茜がそんなにダンスを踊りたがってるなんて知ってたら、踊ってやらないでもなかったのに。
日中はいつもずっと一緒にいたわけだし。
「踊るぐらいで良ければ……」
口を挟んでみたが、茜は首を横に振る。
「幼馴染じゃなくて、彼氏じゃないと嫌。このままだと、誰かさんの告白、適当にOKしちゃうかもよ……」
茜の顔、笑ってない。
高校生活の残り期間、茜と恋人として付き合うかどうか、今すぐ結論を出さないといけないらしい。
受験勉強と並行して、茜との思い出作りか……。
どうせ告白するならちゃんとしたいけど、何の準備もできていない。弱った。
周りをちらっと見る。
見た限りでは同じ学校の生徒はいないようだけど、これ以上誰が聞いてるか分からない店で長居したくない。
「ごめん、ちょっと場所変えていい?」
「そうだね、行こうか」
俺は黙ってバーガーの残りを食って、コーラを飲んだ。
コーラの匂いがする溶けた水だけが口に入った……。
くそ、さっき全部飲み干してやがったな……。
思わず苦笑いを浮かべている俺の様子を見て、茜は残ったバーガーを食べながらくっくっくと肩を震わせてる。
「ヒロ、これあげる」
茜が飲みかけのシェイクを俺に差し出してきた。
「どうした?」
「飲んだ分、返してあげる」
茜は最後にもう一回シェイクを口に含み、ストローの先をペロッと舐めとってから俺に渡してきた。
気にしてなかったけど、俺達いつも間接キスしてるんだよな……。
別に茜が口を付けたからって味が一気に変わってしまうわけではないが、意識すると緊張してしまう。
……茜のだから、平気だったんだよな。
ストローを吸うと、ほんの一口吸っただけで、シェイクもズズッと空気だけになった。
おい、こっちもかよ……。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうしました」
晴れやかな顔の茜の頭を小さく小突いてやると、かわいらしく舌を出して見せた。
毎日顔を合わせてこんな事ができるのも、来春までなんだな……。
俺達は店を出た。
茜はあれからずっと何も喋ろうとしない。
茜の奴、言うだけ言ってスッキリしてやがる。
俺は、気持ちをどう伝えるか、やっぱり考えがうまくまとまらない。
茜が何考えてるか分かんないからかもしれないし、東京行きを聞いてしまって、俺自身どうしたいかがまだはっきりしないんだと思う。
茜は俺の半歩後ろを歩いている。
茜と人前で手をつながなくなって、どれだけの月日が流れただろう。
小さかった頃は、茜とどんなことでも言い合えた。
茜には、好きだとか、結婚しようなんて空手形も無邪気に乱発した。
だけど、いつの頃からか俺たちは隠し事をするようになった。
昨日と同じ、穏やかな友情のために。つまらない波風を立てないように。
たぶん、それは茜も同じ。
発した言葉に責任を負う年頃になると、態度でほのめかす事はあっても、決して本音を軽々しく言葉にはできなくなっていた。
いや、別にずっとそのままでいいなんて思っちゃなかった。
告白の機会をうかがいながら、言えないまま今日に至っただけだ。
言えば、子供の頃からの純粋な友情が壊れてしまうような気もして。
「もしかしたら、ヒロとこうして過ごせるのもいよいよ今年限りになっちゃうかもしれないね」
「茜が東京に行くことになったら、そうなるかもな」
「嫌……」
初夏の並木が風にざわめいた。
茜がアスリート生活の拠点に東京を選び、俺が地元での生活を望むなら、ずっと並走していた茜と俺の人生が大きく分岐してしまう。
茜と一緒にいたいけど、茜の足を引っ張るのは俺の本意じゃない。
だから、迷ってるんだ。言うべきか。
「ヒロ、正直に答えて」
信号待ちで立ち止まっていると、茜がスッと俺の手を握った。
茜の小さな手を俺も握り返す。
「あたしの事、少なくとも嫌いじゃないよね?」
「当然」
「じゃ、好き?」
茜は真剣な眼差しで俺の答えを待っていた。
「ちょっと、待って。気持ちと言葉を整理するから」
「うん、いいよ。信じてるから」
これまで、俺達が唯一曖昧なまま隠し通して来た事。
俺達が親友として付き合っていくために、敢えて越えなかった一線。
俺達は今、その一線を越えなくちゃいけない。
いつまでも子供の頃と同じ関係でいられるわけがなかった。
人生の大きな分岐点を間近に控えて、隠し事をしている余裕なんてあるわけがない。
勇気を出して壊さなければ、壁を突き破ろうとしなければ、このままあやふやなまま、別れの時を迎えてしまう。
そして、いつか大人になって再会した時、今日想いを告げなかった事を苦い思い出として振り返ることになるかもしれない。
そんなの、間違いなく一生後悔する。
とりあえず素直に言ってみよう。
茜のことをどれぐらい好きか。
後のことは、茜の顔を見てから考えよう!
思わずつないだ手に力がこもる。
信号が青に変わった。
「そこの公園で、座って話しようか」
そこは、俺達が小さな頃一緒に遊んでいた公園。
まさか、滑り台やブランコで遊んでいたこんな場所で告白をする羽目になるとは。
ムードのかけらもないけど、おかげで緊張しない。
幸い誰もいないから邪魔も入らない。
俺達は公園の隅の方にあるベンチに座った。
手をつないだまま、茜はいつも以上に俺にくっついて座っている。
いや、人目のないところだと、茜はいつもこんなふうに俺にくっついてたっけ。
昔から、こいつの俺に対する好意は駄々洩れだったんだよ。
意を決し、足元をにらみつけながら、腹に力を込める。
「面と向かって言うのは照れ臭いからこのまま言うけど、いいか?」
「駄目。ちゃんと私の目を見て言ってくれなきゃやだ」
茜はわがままを言うと、俺の顔を引っ張って、強引に茜の方に向けさせた。
日に灼けた美少女が、きゅるんとしたおすまし顔で俺を見ている。
好きな女の子にこんなかわいい顔で告白を迫られるなんて……反則だよ。
「ヒロ、ちゃんと正直に答えて。あたしの事を好き?」
絶対否定できない質問。
かっこいいことを言おうなんて気持ちは一旦忘れて、包み隠さず正直に伝えよう。そう思って茜の手を握った。
「俺は、子供の頃から茜のことが好きだった。今も、これからもずっと好きだから、恋人になってほしい」
茜が、大きく瞳を見開いて俺を見ている。
「たとえ茜が東京に行くことになってもずっと応援するし、ずっとつながっていたい」
ついに、言ってしまった……。
自分の心を総て茜にさらけ出した次の瞬間、まさに肩の荷が下りたような解放感を覚えた。
茜は返事をしてくれない。
そのかわり、少し目をしばたかせたかと思うと、急に大粒の涙をボロボロとこぼし始めた。
えっ……?
予想外の乙女な反応にちょっとだけ驚きながら、ハンカチを渡してやった。
「ありがとう。でも、何で今の今まで言ってくれなかったの……」
顔を真っ赤にした茜は、俺のハンカチをぐしょ濡れにしながら何度も涙を拭っていた。
「ごめん。俺達、子供の頃からの付き合いだから、今更茜に好きとか可愛いとか言うのも照れくさいし。でも、他の奴に取られそうになって焦った」
「バカ……。ずっとヒロから恋愛対象として見られてないと思ってたんだから……」
茜の奴どれだけ可愛いんだよ。
「わざと女の子だと意識しないようにしてたんだよ。嫌われてないのは分かってたけど、友達関係が壊れるのが怖かったから」
「なんだ、ヒロもそんな風に意識してくれてたんだ……嬉しい……」
こみあげてくる想いを必死で抑えながら、俺は茜の肩を優しく抱いた。
茜は突然の事に少し驚いたようだったが、すぐに体を俺に預けてきてくれた。
女の子モードになった茜に、告白した後からドキドキさせられてしまう。
「茜、キスしていい?」
「うん、久しぶりだね……」
茜が目を閉じると、また涙がこぼれ落ちた。
涙の跡を指で軽く拭ってやって、俺は茜の可愛らしい唇にそっとアプローチ。
チュッと軽く唇の先が触れた瞬間、全身に電撃が走った。
小学生の頃、大人の真似をしてキスしたことはあるけど、その時とは全然違う感覚。
これが、恋……なのかな?
「ありがとう……ヒロ」
キスの後、目の下を真っ赤にした茜が情熱的なキスのお返しをしてくれた。
こんな風になれるなら、もっと早く告白しておけばよかったかな。
うん、あまり先のことを考えてもしょうがない。
まずは、茜が東京に行っても忘れられないよう、いっぱい思い出作らなきゃな……。
どれぐらい二人で公園にいたのか、気が付くと西日が傾き、空が赤く染まり始めていた。
「そろそろ帰ろうか」
「うん」
最後にもう一回キスした後、見つめ合い、手を引きながらゆっくり立ち上がると、茜の奴、妙に照れくさそうにしている。
いったい今までどこにそんな表情を隠してたんだか。
そして茜を家まで送って行って……いや、ちょっと待て。大事な忘れ物がある。
「なあ、今さらだけど聞いてもいい?」
「なあに?」
本当に今さらなんだけど、俺だけ言わされたままなのも癪なので、わざと茜に尋ねてみた。
「もしかして茜って俺の事、好きなんじゃないか?」
俺の質問に茜の奴、一瞬だけ目を丸くして、まるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしやがったが、すぐにニコッと微笑むと間髪入れずに答えた。
「好きッ!!」
……この件には後日談がある。
正式に付き合い始めてしばらくしたある日、突然茜がスポーツ推薦を辞退して、「東京には行かない」と言い出したのだ。
「ヒロと同じ大学を目指すことにしたから、一緒に頑張ろうね」
情熱的な告白をした直後だけに断れるはずもなく、まったく予想していなかった二人三脚の受験勉強が始まってしまった。
その話は、また別の機会に。




