魔王、あるいは最も「重い」客
勇者が去った後のゴミ捨て場は、不気味なほどの静寂に包まれていた。 だが、その静寂は長くは続かない。
大気が、物理的な質量を伴って重く沈んだ。 アイギスが展開した黄金の結界が、外部からの強烈な「圧」を受けてギチギチと悲鳴を上げる。
「……あ。……サーバーに、許容オーバーの負荷。……このプレッシャー、運営(神)か、あるいは……」
膝の上のラジエルが、初めてその眠そうな瞳を鋭く見開いた。
結界の外。 そこには、一頭の巨大な黒竜に引かれた、漆黒の馬車が停まっていた。 護衛もいない。ただ一両の馬車がそこにあるだけで、周囲の空間が歪み、腐食していくのがわかる。
「――ほう。我が覇気を、この薄い膜一枚で耐えるか」
馬車の扉が開き、一人の女性が降り立った。 漆黒のドレスに、天を突くような禍々しい角。そして、触れたものを凍てつかせるような紅い瞳。魔界の支配者、魔王エキドナ。
彼女はゆっくりと歩を進め、俺の目の前で足を止めた。
ブリュンヒルデが即座に前に出ようとするが、俺はそれを手で制した。
「……何の用だ。ここはリサイクルショップだ。武器の修理なら、順番を待ってもらうよ」
「……ククッ、面白い。この私を前にして、開口一番『順番を待て』か。貴様、自分が何者(何)を相手にしているか理解しているのか?」
「客だろ。それ以外にあるか?」
俺が淡々と返すと、魔王の瞳に微かな驚きと、それ以上の深い疑念が走った。 彼女の視線は、俺の背後に控える面々――戦乙女、聖女、そして賢者の杖――へと移り、その度に顔を険しくさせていく。
(……馬鹿な。神話の時代に失われたはずの『遺物』が、なぜこれほど完璧な状態で、一人の人間に付き従っている……!?)
魔王は、腰に下げた一振りの剣を抜いた。 それは、すでに命の灯火が消えかかった、どす黒い輝きを放つ魔剣だった。
「勇者アリオスと出会った。……奴の剣は、もはや聖剣などという生易しいものではなかった。あれは、概念そのものを斬り裂く『神殺しの牙』だ。……貴様が、あれを仕立てたのか?」
「仕立てたわけじゃない。……ただ、あまりに酷い状態だったから、本来の姿に戻しただけだ」
「『だけ』、だと……?」
魔王の指が、剣の柄を強く握りしめる。 彼女には、俺の無欲さが、底知れない「強者の傲慢」に見えているようだった。
「……ならば。この私の『魂』とも呼ぶべき魔剣も、貴様のその手で……『本来の姿』とやらへ戻してみせろ」
彼女は剣を地面に突き立てた。 それは依頼というより、**「貴様の底を計らせてもらう」**という、命懸けの挑戦状だった。




