鉄の墓標、あるいは再会の灰
空中要塞『バベル』がゴミ捨て場に不時着した際、その衝撃は周辺の地図を書き換えるほどだった。だが、不思議と不快な音ではなかった。巨大な鉄の塊が、ようやく重力という名の「安息」を得たような、深い溜息にも似た地響きだった。
舞い上がる砂塵、焦げたオイルの匂い。その中心で、歪んだハッチから這い出してきたのは、帝国軍の勲章を泥に塗れさせた一人の男だった。
「……ありえない。ありえない、ありえない!」
カイン。かつて帝国魔導工学の寵児と呼ばれ、効率という名の刃で、まだ使える道具を「ゴミ」と定義し続けてきた男だ。そして何より、俺を「無能」の烙印とともにこの場所へ追いやった張本人。
「久しぶりだな、カイン。……相変わらず、機械の使い方が下手くそだ。こいつの悲鳴が、ここまで聞こえてきたぞ」
俺は一歩、砂塵の中へと踏み出した。背後には、ブリュンヒルデ、エキドナ、アイギス、そしてラジエル。俺がこのゴミ捨て場で見つけ、叩き直してきた「最高の家族」が並んでいる。
「レン……貴様か。貴様がこの要塞を……! なぜだ、なぜ破壊しなかった! 破壊呪文でも流し込めば、これだけの質量だ、帝都まで吹き飛ばせたはずだ!」
「壊す? 冗談だろ」
俺は、熱を持った要塞の装甲にそっと触れた。掌から伝わってくるのは、限界まで酷使された魔導回路の痙攣だ。それは、カインという男が無理やり引き出し、搾り取ってきた鉄の絶望だった。
「俺は修理屋だ。壊すのは素人の仕事だよ。……俺はただ、こいつに『本来の性能』を思い出させてやっただけだ。お前がブレーキを壊してまで走らせようとしたから、こいつは自ら止まることを選んだんだ」
「ふざけるな! 道具に意志などあるものか! 物は使い潰し、次へ乗り換える。それが進化だ、それが正義だ!黙れ黙れ‼︎」
カインが叫びながら、懐から不気味な輝きを放つ小型の魔導具を取り出した。それは『バベル』の最終自爆シークエンスを起動させる、魂の蓄魔石。彼は、自分の失敗を認められず、この要塞ごと全てを無に帰そうとしていた。
「……あ。……オーナー、危険。……魔導炉、臨界突破まで残り十秒。……カイン、正気じゃない。……心中するつもり」
ラジエルが前に出ようとする。だが、俺はそれを制した。カインの持つ蓄魔石を見つめる。それは、あまりに多くの「不要な魔力」を詰め込まれ、今にも弾けそうな、ひどく歪な形をしていた。
「カイン。お前が捨ててきたものは、ただのゴミじゃない。……お前が信じなかった『鉄の信頼』さ」
俺は【修復】の波動を、掌から要塞の装甲を通じて、地面へと、そしてカインの持つ蓄魔石へと伝播させた。俺の魔力は、破壊を止めるためのものではない。その物が持っている「本来あるべき姿」を強制的に再定義する光だ。
「――全機能、強制初期化」
刹那、世界が白く染まった。
爆発は起きなかった。カインの手の中にあった蓄魔石は、熱を放つのを止め、ただの「透明な石」へと戻った。要塞『バベル』の魔導炉もまた、凍りつくような静寂を取り戻した。
「な……なぜだ……なぜ爆発しない!? 私の最高傑作が、なぜ動かない!」
「こいつはもう、兵器であることをやめたんだよ、カイン。……お前が捨てたやり方で、こいつは救われたんだ」
カインは腰を抜かし、崩れ落ちた。彼の信じてきた「消費の論理」が、一人の修理屋の「圧倒的なまでの執着」に完膚なきまでに敗北した瞬間だった。




