巨大なガラクタ、あるいは空中要塞
空が、物理的な重さを伴って落ちてきた。
そう錯覚するほどの巨体が、ゴミ捨て場の真上に居座る。帝国が誇る最終解答――空中機動要塞『バベル』。雲を切り裂き、その影だけで地上の生き物の呼吸を奪う怪物だった。
「……あ。……上空五百メートルに、超弩級の廃棄物を確認。……あれ、浮いてるのが奇跡。……構造の一二%に致命的歪み。……気持ち悪い」
ラジエルが露骨に顔をしかめ、空を指差す。
要塞の底面から巨大な魔導砲がせり出し、その砲口に集束するエネルギーは、このゴミ捨て場どころか、周囲の山脈ごと地図から消し去るほどの密度を帯びていた。
「ガウェインを返せ、とは言わないらしいな。……まとめて『処分』か。効率的で、いかにも帝国らしい」
俺は、足元に脱ぎ捨てられたガウェインの白銀の鎧へと視線を落とした。
勇者の称号も、聖剣の呪いも捨てた男は、今や一人の剣士として、巡礼者たちを守りながら避難を誘導している。
「主様。空飛ぶ城など、私が一太刀で両断してまいりましょうか?」
ブリュンヒルデが、苛立ちを隠さず漆黒の大剣を鳴らす。
「ふん、面倒だな。私が重力ごと叩き落としてやろう。魔王の眠りを妨げる羽虫め」
エキドナは指先で黒い渦を弄びながら、興味なさげに吐き捨てた。
「待て。……あれだけのデカブツだ。力任せに壊したら、破片がどこに落ちるかわからん」
俺は、要塞の底面をじっと見上げる。
無数の歯車、蒸気、魔力を循環させる導管。それらが複雑に絡み合い、ギリギリの均衡で空に留まっている。職人の目で見れば、あれは要塞なんて高尚な代物じゃない。ただの――「無理をさせすぎている機械」だ。
「……なぁ。あんな悲鳴を上げてる機械、見たことあるか?」
俺の言葉に応えるように、要塞が低い轟音を響かせた。
魔導砲が、充填完了を告げる。
「……修理屋。……空にあるものを、どうやって直すの?」
ラジエルの問いに、俺は足元に転がる「ガウェインが捨てた白銀の鎧」に手を伸ばした。
「……これを、少しばかり『リサイクル』させてもらう」
掌から、これまでにない規模の【修復】の波動が溢れ出す。
鎧は分解され、再構築され、形を変え――やがて一本の巨大な「槍」となった。だが、それは単なる武器ではない。
「――全事象、接続」
俺は全身の魔力を込め、その槍を真上の要塞へと投擲した。
槍は空を切り裂き、魔導砲が発射される直前、その砲口へと深々と突き刺さる。
「な……ッ!? 槍一本で、何を……!」
要塞からの通信か、拡声の魔術が空を震わせた。
だが、その瞬間。
槍を介して、俺の【修復】が要塞全体のシステムへと流れ込む。
「……さぁ、深呼吸の時間だ。……無理に溜め込んだ熱、全部吐き出せ」
指先を鳴らす。
限界まで酷使されていた魔導炉は、「完璧な冷却」と「異常なまでの潤滑」を同時に与えられた。
結果は、明白だった。
摩擦を失い、出力制御を失ったエンジンは、人の想定したブレーキを無視し、空回り――オーバーランを始める。
「エンジンが止まらない!? 浮力制御が……逆流している!」
「ダメだ、出力が良すぎる! 回路が焼き切れる!!」
空中要塞『バベル』は、破壊されたのではない。
俺に「直された」ことで、自らの重量を支えきれなくなり、ゆっくりと、だが確実に高度を失っていく。
「……あ。……要塞、ただの『重力加速度の塊』に修復完了。……オーナー、次はどうする? ……あのデカブツ、どこに置く?」
俺は、夕闇に沈みつつあるゴミ捨て場の、広大な空き地を指差した。
「……ちょうどいい物置き場が欲しかったんだ。……あそこに、そっと着陸させてやれ」
帝国軍が誇る空中要塞は今、
一人の修理屋の手によって、世界最大の「物置」へとリサイクルされようとしていた。




