真実の剣、偽りの心
ゴミ捨て場を覆っていた喧騒が、一瞬にして凍りついた。
白銀の騎士が放つ重圧は、もはや空気の域を超え、物理的な質量となって周囲のガラクタを軋ませる。巡礼者たちは、蛇に睨まれた蛙のように、声も立てられず地面に這いつくばった。
「……あ。……計測不能。……魂の出力、完全に異常値。……帝国最強、聖騎士ガウェイン。……たぶん」
ラジエルの警告は、いつもよりもはっきりとした冷たさを帯びていた。
ブリュンヒルデが漆黒の大剣の柄に手をかけ、一歩前へ出る。その瞳は、獲物を前にした捕食者のそれだ。しかし、騎士は彼女に視線すら向けず、ただ俺だけを見据えていた。
「俺の心を直せるか、と言ったんだ。修理屋」
差し出された剣は、禍々しいほどの美しさを宿していた。
だが、俺の目に映るのは別の光景だ。刃の表面を、数万人分の怨嗟が黒い霧となって這い回り、持ち主の精神をじわじわと侵食している。
「……いい剣だな。だが、持ち主が最悪だ。中身が空っぽなのを、無理やり殺意で埋めてる」
俺の言葉に、騎士の眉がわずかに揺れた。
「帝国は、俺にこの聖剣を与えた。平和のためだと。……だが、俺が斬ったのは魔族だけじゃない。反抗する民、泣き叫ぶ女、そして、お前のような『世界の異物』だ。……直すたびに壊れていく。この剣も、俺自身もな」
「だから、俺にどうしろって? 俺はカウンセラーじゃない。ただの鉄屑を扱う男だ」
「……その鉄屑に、お前は『命』を与えた。……なら、この呪われた聖剣にも、ただの『鉄』に戻る権利があるはずだ」
騎士は、俺の足元へ聖剣を突き立てた。
凄まじい衝撃波が走り、周囲のガラクタが一斉に砕け散る。
彼は戦いに来たのではない。
自分を殺してくれる場所、あるいは、自分を「終わらせてくれる」職人を探して、ここへ辿り着いたのだ。
「ふん、身勝手な男だ。貴様のような『壊れた英雄』など、我が主の手を煩わせるまでもない。……ここで私が塵にしてやろう」
ブリュンヒルデが踏み込もうとした瞬間、俺は彼女の肩を掴んで制した。
「待て。……こいつは、客だ」
俺は一歩、聖剣へと歩み寄る。
へばりついた呪いの霧が、俺の指先に噛みつき、皮膚を焼こうとする。それでも構わず、俺は柄を握った。
「……聞こえるか。……お前、本当はこんな重たいもん、振り回したくなかったんだろ」
俺の【修復】が、聖剣の奥底へと触れる。
それは、帝国の栄光という名のメッキを剥がし、強制的に本質を曝き出す行為だった。
「――全機能、初期化」
掌から、混じり気のない純白の閃光が溢れ出す。
聖剣に絡みついていた数万の呪いが悲鳴を上げ、次々と霧散していく。黄金の装飾は剥がれ落ち、伝説の刻印は跡形もなく消え失せた。
光が収まった後。
俺の手に残っていたのは、何の飾りもない、ただの「頑丈な鉄剣」だった。
「……。…………」
騎士――ガウェインは、呆然とその剣を見つめていた。
伝説の輝きを失い、ただの道具へと戻ったその姿は、あまりにも無防備で、そして自由に見えた。
「……軽、いな」
「当たり前だ。それが、お前の本当の重さだ。……明日からは、ただの剣士として生きろ。……勇者なんてガラクタの役職は、ここに捨てていけ」
ガウェインは鉄の剣を受け取ると、一度だけ深く頭を下げた。
白銀の鎧を脱ぎ捨て、薄汚れたガウンを羽織るその背中は、もはや帝国の英雄ではなく、一人の「人間」のそれだった。
だが――その光景を、遠くから見つめる冷徹な視線があった。
ゴミ捨て場の空を、巨大な影が覆う。
帝国本営が、ついに動いたのだ。
「反逆者ガウェイン」と「不純な修理屋」を同時に消去するため、最終兵器が起動されていた。




