ゴミ拾いの美学
ゴミ捨て場を取り囲む帝国の軍勢は、数千。
松明の光が、銃身に反射して鈍く光る。魔導戦車が、地響きを立てて前進してくる。 すべてが、「ここから先は死地だ」と告げていた。
「……レン、様。彼らは、私たちを『バグ』と呼んでいます」 アイギスが、怯えたように俺の腕に触れた。彼女の結界は、もうない。剥き出しの身体で、震えている。
「知ってるよ。いつものことだ。……あいつらにとっては、このゴミ捨て場も、そこに住む俺たちも、全部が『捨てるべきもの』なんだろ」
俺は空を仰いだ。
老人が残した「空洞」が、星の瞬きを狂わせている。世界がまだ、俺という毒を排除しようと必死に足掻いているようだった。
「主様。命令を。この数、私一人で十秒あれば瓦礫に変えられます」 ブリュンヒルデが、漆黒の大剣を構えた。その刃先が、帝国の旗艦を正確に捉えている。
「魔王様、私も手伝います。効率は悪いですが、全機を凍結させて差し上げましょう」
魔王エキドナが、氷の鎌を出現させた。
俺は、二人を制した。
こんな数の兵士を、力任せに潰したところで、また次の軍勢が来るだけだ。
それに、俺は「壊す」のが目的じゃない。
「……なぁ、お前ら。俺は修理屋なんだよ」
俺は、足元の泥の中に埋もれていた、錆び付いた一輪のネジを拾い上げた。
掌の中で、ネジの形状が、滑らかな金属へと変質していく。 それは、帝国軍の最新鋭魔導銃に使われている、極小の「部品」だった。
「……俺は、誰かに命令されて物を直してるわけじゃない。……ただ、そこにある『壊れたもの』を見るのが、どうしても我慢できないだけなんだ」
俺は、そのネジを握り潰した。
掌から、光の粒子が爆発するように広がっていく。
「――全軍、強制再起動」
俺の言葉が、ゴミ捨て場に響き渡った、その刹那。
帝国の兵士たちが、一斉に硬直した。
松明の光が揺れる。
魔導銃のトリガー、魔導戦車のエンジン、そして兵士たちが身につけていた鎧の「部品」が、すべて、一斉に「完璧な状態」へと再構築されたのだ。
金属が、軋む。
歯車が、狂ったように噛み合う。
最新鋭の部品が、許容量を越えた性能を引き出し、兵器としての本来の機能を取り戻した瞬間、制御不能に陥った。
「な……な、なんだ!? 銃が暴走する!?」
「エンジンが止まらない! 誰か、誰か止めろ!」
帝国軍の全兵器が、一斉に暴走を開始した。
魔導銃が空中で誤射され、戦車の無限軌道が地面を勝手に掘り進む。兵士たちの鎧の関節が、勝手に可動域を限界まで広げ、まるで人形のように手足が動き出す。
「……あ。……オーナー、またやった。……敵のシステムを、完璧に『最適化』したから、人間の操作を受け付けなくなった。……効率的、だね」
ラジエルが、少しだけ口角を上げた。
「これが、俺のやり方だ。……お前らが『ゴミ』って呼んでるもんを、誰にも触らせないほど『最高のガラクタ』に磨き上げてやる」
俺は、立ちすくむ帝国の兵士たちを一瞥した。
彼らが持っていた武器は、全てが「完璧」すぎて、もう兵器としては機能しない。 目の前には、パニックに陥り、自滅していく数千の帝国兵の姿があった。
「……主様。最高の見世物でした」
ブリュンヒルデが、満足げに笑う。 「ですが、このゴミどもを完全に『壊す』のは、やはり私の仕事(務め)でしょう」
彼女は漆黒の大剣を構え、自壊していく帝国の兵士たちに向かって、静かに歩み出した。
その背中には、職人としての誇りを持つ男の「美学」が、確かに焼き付いていた。




