20 無理やり連れだされた
図書館の休憩スペース。
まったり飲食したりも出来る場所。心を癒す場所。のはずなのに、無粋な奴がいる。
「大規模イベント、楽しみだなあ」
「……ダイ、あんたなんでここにいるのよ」
私の目の前に、馬鹿、もといダイが居た。
まったく、心を癒す場所で不機嫌にさせるんじゃないわよ。なんであんたがいるの。どうせ碌なことじゃないんでしょう。
「そりゃお前、放っておけばイベントもスルーしそうな幼馴染を、誘いに来てやったんじゃねえか」
「大きなお世話よ」
ほらやっぱり。
そういう魂胆だろうと思ってた。カレン様はまるっとお見通しだからね。
「小さな親切だ。感謝してくれていいぞ」
「馬鹿。本当におバカ」
「はははは」
大規模イベントの話を聞いていなければ、何をしに来たと追い返していたかもしれない。悲しいことに、イベントのことを私は既に知ってしまっているのだ。姉さんたちから聞いて。
リカさん達三人とは、フレンドコードを交換済みである。あの三人、何故か私を妹扱いで可愛がってくれる。特にもにか姉さんの猫かわいがりが凄いんだ。うん、迷惑とは思ってないよ。多分。
「今回のイベントは、どんなことをするのかがまだ明かされてないんだ」
「ふぅん。イベントってそういうものじゃないの?」
「ちげえよ。大体開催前にこんなことやりますよと告知があるもんだ。でも、今回はそれも無し。ただ、イベントの開催日時と、賞品の一覧が出てた。あと、キャッチフレーズ。『ネオフロンティアの全てを知れ』だってさ」
「へえ」
あまり興味の湧かない話だね。
そもそも私はイベントなんてスルーする気満々ですし。開催日時とかどうでもいいわ。海老天の尻尾ぐらいどうでもいい。
キャッチフレーズとか尚更輪をかけて興味がない。
「賞品には武器や防具、アクセサリーなんかが結構な数出ててな。それも現状の最前線プレイヤーでも装備交換するぐらいには良品。一位の賞品なんて、ぶっ壊れと揶揄されるほどだ。高等級のアイテムが目白押し。ぶっちゃけ、百位以内に入れば誰にとっても美味しい。まあ参加者十万人はいかないと思うが、千位以内でもそこそこ実入りは美味しいな」
武器とか防具とか、本当に興味が無いわ。
アクセサリーはちょっと気になるけど、ゲームで飾り物を付けてもという気持ちも、無きにしも非ず。
いやさ、ゲームの中でお洒落したところでよ。いや、自己満足として気分は上がるか。現実だと出来ないお洒落してみるのはちょっと楽しそう。
コスプレとかも有りか無しかでいえば有りか。誰に見せる訳で無いとしても、ゲームの中なら特定のキャラになり切るプレイはしてる人いるだろうな。
「ふうん。ぶっ壊れって?」
「ゲームバランスを壊すぐらい強力なものってことだな。前線プレイヤーならのどから手がでる。手に入れりゃ、最前線の攻略プレイヤーとしても抜きんでるだろう」
「前線の攻略プレイヤーねえ……私には関係ないかな」
どれだけ強い武器だろうと、私は使わないだろうし、そもそも使えないだろう。
それに恐らくだけれど、ぶっ壊れと言われるのは今だけだと思う。要するに今回は、ゲーム開始の初期で、既存プレイヤーをどっぷり嵌らせようとしているんだと思うの。
ここで滅茶苦茶良いアイテムが貰えたら、そりゃ攻略してても楽しくなるだろうし、俺TUEEEEって出来るんだったらゲームにハマるだろう。
そうして嵌ったプレイヤーは、ちょっとやそっとじゃゲームを辞めない。
深みにはまったコアなプレイヤーを作っておいてだ、しばらくしたら今のぶっ壊れ装備はいっぱい出回るようになるに違いない。
今回のイベント上位者は、しばらくは優越感に浸れるだろうけど、そのままだと埋没していくだろうな。
有利なゲタ履かせてもらってるうちに、より創意工夫して自分の優位性を作っていかないといけない。苦労して作り上げたものなら、手放すのが惜しくなる。
そうやって、ゲームに溺れていく馬鹿を増やそうとしているに違いないのだ。
ソースは目の前のおバカ。
やれやれ、私のように冷静でお淑やかな幼馴染がいてよかったな。感謝しろよ。
「引きこもりめ。もっと外で遊べっておばさんにも言われてるだろ」
「うっさいわ。ゲームなんだから外も内も無いでしょう。全部内じゃない」
「そりゃそうだ」
ダイがケラケラと笑う。
うちの母さん、ダイこと大輔には甘いからなぁ。
男の子は元気よねとか言いながら、しょっちゅうお菓子を餌付けしてたな。こいつは大人の人には何故か可愛がられるんだよ。
「あとは、ランダムボックスってのが有るらしくてな。何が出るか分からない、運次第で一位賞品を越えるものが出るかもしれない。完全運任せの賞品もある。順位ごとにレアリティの違いがあって、高レアリティなボックス程いいものが出やすいとよ。外れもあるらしいが」
「ふうん」
「開ける時には、運の良い方がいいものが出やすいらしい」
「……それで私を誘い出そうってわけね」
読めた。ランダムボックスとやらを開けさせるための、幸運要員にしようって腹だな。
「ご名答。うちの連中、ガチめにビルドしてステ振りしてるからさ。運は捨ててる奴らばかりなんよ。俺も含めて」
「ほうほう。そりゃご愁傷様ね」
攻略してやるぜと鼻息荒い人間にしてみれば、運にステータスを振ればそれだけ弱くなるわけだし、あまり振りたくは無いか。
ドロップが良くなると言っても、それはモンスターを倒せて初めて意味がある。雑魚のレアドロップより、強敵の通常ドロップの方が美味しいのもザラだそうだし。
「アイテムボックスで良いものを出そうと思えば、運のいいやつに代わりに開けてもらう方が良いのは分かるだろ?」
「そりゃまあ」
開けるときの運によって出るものが良くなったり悪くなったりするというのなら、そりゃ運のいい奴が開けた方が断然お得でしょう。そんなのは小学生でもわかるよ。
「でもさ、ランダムボックスを自分のものにしたまま開けると、多分自分の運が参照されちゃうんじゃないかってのが、βテスターの見方でさ。検証回数が少ないけど、多分そうだろうって」
「ふむふむ」
所有権がどうこうってやつよね。聞いたことがある。前にパーティー組んだ時、ケイオスさんが色々言ってた。
野良でパーティーを組んだ時なんかに、レアなアイテムが手に入る、いわゆるレアドロが起きたら、とにかく揉めると。
強めの効果がある強装備が出た。使えるものなら全員使ってみたい。それがあれば自分はより攻略を先に進められると。
固定のパーティーならば、譲り合いが出来る。今回は自分は譲るから、次にいいものが出た時は自分にくれ、みたいなことが交渉できるらしい。まあ、それはそうだよね。ずっと一緒に居るからこそ、先のことを取引材料に出来るし、下手に揉めてパーティーが割れるより、時に一歩譲ってパーティーの和を保つ方が結果として攻略を進めることに繋がる。
しかし、野良だと一期一会。次の機会ってのがそもそもない。だから、次の機会にどうこうという交渉材料がない。だから、自分が欲しいとぶつかり合って、揉める。
そりゃそうでしょうとしか思えないけど、そういうトラブルの多さを嫌って、野良のパーティーを避ける人は一定数いるらしい。
勿論、ゲームのシステム的に、そういったトラブルを防ぐための措置もある。それが、アイテムの所有権の明示。
要するに、一旦誰かのものになったら、無理やり奪うことは出来なくなるってもの。早い者勝ちで手に入れた人がいれば、例えどのように話し合いで決まろうと、最後所有している人が頷かない限りモノは手に入らない。無理矢理奪うのはシステム的に出来ないとなっている。
例外はプレイヤーキラー。PKだって。ゲームの中で人を殺めるというシステム。これはもうかなりヤバいと思うよ。そうまでして奪いたいアイテムが有るかどうかだけど。
自分のものかそうでないか。ゲームのシステムとして、はっきり判定されているというのが、こいつの言いたいことなのだろう。
「かといって、相手の所有物にしてしまうと、今度は良いものが本当に出た時、それを相手が自分のものだって言い張ったら、返せとは言えなくなるのよ。仕様的に」
「宝くじあげるけど、宝くじが当たったら、当たりくじだけ返せって言ってるようなものだしね」
「そうそう。つまり、事前に納得していて、信用できる、幸運系ビルドの奴がいてくれると、滅茶苦茶助かるって訳。拝みたくなるほどにはありがたい」
「それが私だと?」
また拝むとか言い出したら、絶対に組まないからね。
ジロっと睨むと、ニヤっと笑いやがった。この野郎。
「お前なら、仮にすんげえレアなアイテムが出ても、別に要らないし使わないだろ。物欲も一部を除いて低いし、持ち逃げする心配も無い。する必要も無い。高レアな武器や防具なんて、攻略しないなら要らないからな」
「確かに」
一部の物欲というのは引っかかるが、私はゲーム内での物欲低いぞ。高性能な武器も防具も要らないから。
というより、そんなもの貰っても使わないもの。
そりゃ、ダイは私のことをよく知っているから、その辺の事情は確実に理解している。うん、一部ってのはどういう意味か、改めて聞きたくなるな。
「何より、ひととなりを知ってるから信用できる。伊達に長い付き合いじゃねえし」
「腐れ縁よ。全く……」
何年の付き合いだろ。十年以上よね。
うわ、鳥肌立ちそう。保育園から高校まで、ずっと一緒。家も近所で、使うコンビニも同じ。そりゃもう、しょっちゅう顔を合わせるからね。いい加減、この腐れ縁を何とかしたいわ。親同士も顔見知りで、PTA活動なんかも一緒だったもんだから、相手の親の顔までお互いに知ってる。親戚より頻繁に会うもの。
長い付き合いだよねぇ、ほんと。
「だから!! お前には参加してもらいたい。いや、しろ。してください。お願いします。この通り!!」
馬鹿。土下座をするんじゃない。人に見られてるだろうが。周りの白い目が痛い。やめなさい、土下座なんて。
本当におバカだね、ダイちゃんは。
だが、その手は食わない。
そんな泣き落としに、私が引っかかる訳ないだろう。お互いの性格ぐらい、よく知っているだろうに。
ダイが土下座なんて屁でもないプライド低い奴だというのは知ってるからね。君の土下座は価値が低いのだ。うむうむ。
諦めたまえ。私は図書館で引きこもってイベントは不参加。これはもう決まったことなのだよ。
「ちなみに、三位賞品には『叡智の書』という、かなりレアな本も出る」
おバカ!!
それを先に言いなさいっての。
なんだ、本が貰えるなら話は別よ。よし、出てやろうじゃないか。
「仕方ない。イベントに参加してあげよう」
いつの間にか土下座ってた姿勢から立ち上がったダイが、あきれ顔してる。
「お前、本当にちょろいな。俺はお前が心配で仕方ねえよ。知らない人にほいほいついていって、痛い目見るんじゃねえかと」
「うっさい」
そんな子供じゃない。
知らない人についていったことなんて、あんまりないよ。
「でまあ、イベントだから、戦闘も有るんじゃないかって話でさ」
「ふぅうん。その時は、私は手伝えないからね」
「おう。戦いでお前の手を借りるつもりはねえ。足手まといになるからな」
「足手まとい言うな!!」
自分でも分かっている本当のことでも、人に言われると腹立つ。こいつに言われると倍で腹が立つ。
「ただまあ、最低限の装備は整えておいた方が良いよな」
「……私、お金ないからね。転移代にも満たないから」
所持金は、ご飯とか宿代とかにちょくちょく使ってるから、八万ぐらいか。リカさんパーティーとのクエストの収入は中々美味しかったな。アレのお陰で引きこもっていられるともいえる。
貢献度が目当てだったから、お金は殆どリカさんたちの取り分にしたけど、色々とゲームの知識も教えて貰えた。私としてはお得だったんだけれど、分け前交渉は大変だったんだよ。
いやだって、クエスト報酬の半分を私に渡そうとしてきたのよ。二回分あるからって。自分たちは一回分で十分だから半分あげるって。どう考えても貰い過ぎじゃない。ねえ。
それを無理いって、十分の一だけ受け取るようにしたの。せめて四等分しようと粘られたけど、私は戦ってなくて拾い物しただけだからって下げるように粘った。
色々呆れられたけどね。報酬をもっとあげたいって交渉したの初めてだって笑われた。普通は逆だろうって。まあ、楽しかったしいいじゃないの。
そんなこんなで、お金に関しては食事代と、睡眠もとらないとペナルティがあるってことで宿代。それが賄えれば、あとは図書館で引きこもれるだけで十分。
ワタシ、オカネ、ナイ。
「仕方ねえ。俺が奢ってやるよ。あまり高いもんは無理だが、誘ったからにはこっちにも責任は有るだろうし」
「お、悪いね」
「その代わり、もしランダムボックスで良いもの当てたら、ちゃんと引き渡してくれよ」
「おーけーおーけー。任しときな」
よく分からないけど、箱を開けるぐらいなら任せなさい。ちゃんと受けた恩は返すよ。私は恩知らずじゃないからね。
「交渉成立だな。それじゃあ早速、装備を見繕いに行くか」
ダイが、図書館から私を引っ張っていこうとする。
「ちょっとまって。この本を読み終えてから」
いま、この本がいいとこなの。もうちょっと待ってね。
「お前、それ言い出したら一時間でも二時間でも、平気で人を待たせるだろ。いいから行くぞ」
「あーれー、人さらいー」
「ばか。人聞きの悪いこと言うな。周りから白い目で見られるだろ。常識無いのかお前は」
「……あんたがそれを言うかね」
私はダイちゃんに連れられて、街に繰り出した。