10 もうやらない!!
「いやあ、女の子がパーティーに入ってくれるとか、ダイナソーお手柄じゃない」
「だろ?」
大輔のどや顔は、いつ見ても腹が立つわ。私が美少女であることは、お前の手柄じゃないからな。
「やっぱさぁ、このゲーム男女比偏り過ぎじゃん。女の子がもっと増えて欲しいのよ」
「分かるわ。女性向けのゲームじゃないってのは分かるんだけどさ。折角楽しいゲームなんだし、女子率増えても良いと思うよな」
性別を偽れないゲームで、血しぶき飛び交うリアリティ満載のゲームなんて、女子は中々近づかないと思うよ。
勿論、ネオフロみたいなゲームが好きって女子も居るだろうけど、そっちは多分少数派になると思う。
だから、女子が増えるのは難しいと思うな。言わないけど。
「そうそう。でもダイ、よくそんな希少な女の子と知り合ってたね。それもパーティー組まずにフリーの子」
「こいつ、ゲーム開始からずっと図書館にいたらしいからな」
「え? ずっと?」
「そう。それじゃあつまらんだろうと思ってたんだ。いい機会だったから、無理に引っ張り出した」
「お前、最高」
町を出て歩きながら、ダイちゃんとジョージ三世さんが喋ってる。
二人とも楽しそうではあるが、話題が私のことなのはどうなのか。というか、女の子って珍しかったのか。このゲーム、確かに女子比率低そうだもんね。
可愛いペットでも飼えるなら、家でペットの飼えない動物好き女子とかがプレイしてくれそうなのに。そういうのって、無いのかな。
「カレンちゃん、さっきからあまり喋らないね」
「まあ」
いきなり初対面の人と、何を喋れというのか。
誰彼構わず話しかけていつの間にか仲良くなっているようなダイちゃんや、マシンガントークが止められなさそうなジョージ三世さんとは違うのだよ。こちとら由緒正しきインドア派。血統書付きの引き籠りでこざいますよ。
「ジョージはナンパするんじゃねえぞ。カレンはそういうのに免疫ねえんだから」
ジョージさんが私に構いまくってきたことに、ダイちゃんが苦言を呈する。正直、初対面の人にぐいぐい来られるのは苦手だし、庇ってくれたのは嬉しい対応ではある。
ただ、あんたは余計なことまで言う必要はないからね。
私だって、別に男の子と喋るぐらいは出来るから。あんまり記憶には無いけど。
「え? じゃあリアルでもフリー? 彼氏無し? こんな可愛いのに?」
「それは知らん。こいつの恋愛事情とか、聞いたことも無いからな」
私も言った覚えはないわよ。
だいたい、男同士で何を喋ってるんだ。私の恋愛事情とか、彼氏の有無とか。知ってどうするつもりだ。これはもうセクハラだ、セクハラ。
今こそ、通報ボタンの出番じゃないだろうか。押すか、押しちゃうか。
「じゃあさ俺とかどう? これでも一途な人間ヨ?」
ははは、一途な人間は自分が一途だって言わないものだって知ってるからね。
ナンパ男はだいたい自分のことを一途って言うし、真面目だって言うんだ。真面目な人ほど、自分は意外とワルだって言うんだ。こちとら、オバカとの付き合いには免疫が有るんだからな。騙そうったってそうは問屋が卸さない。
「ジョージ三世さんとはさっき会ったばかりですし……」
「ジョージで良いって。俺も今彼女いなくてさ。どうせなら……」
あれ、盛んにナンパしてたのに、なんか急に黙った。
「警戒っ!!」
ナンパ男が、いきなり大声を上げた。
その瞬間、私以外の四人が一斉に身構えた。
ちょ、え、何?
「キラーラビット三体か。ダイ、いけるか?」
「任せろ。ケイがタゲ取るまでもねえよ」
皆の見ている方向を見れば、兎が居た。
あれがキラーラビットかあ。本で見た通りの姿かたちをしてる。本当に角の生えた兎なんだ。現実世界じゃあり得ない生き物だと思うけど、リアリティが凄い。毛の一本一本までちゃんと再現されてるから、本当に生きている生き物としか思えない。
ひゃあ、このゲームが凄いっていう話を、今になって実感してるよ、わたし。
にしても大輔、ケイオスさんからはダイって呼ばれてるのか。私もそう呼ぶか。ちゃん付け嫌そうだったし。
「せいっ」
ダイちゃん、じゃなくってダイが、いつの間にか剣を手に持って兎と戦ってた。
三匹居たのに、全部一撃で倒してる。おお、凄い。私には出来ないことを軽くやってのける幼馴染に、少し感動した。
「凄い……ダイって強かったんだ」
正直、あのお調子者がここまで動けるとは思ってなかった。けど、よく考えたらこいつは昔から運動神経良かったわ。割とスポーツは何でも得意にしてたな。
自転車もすぐに乗れるようになってたし、ふざけてウィリーとかやり出してすっころんでたのも思い出した。
「ははは、そうだろう。もっと褒めろ」
おい、なかなかウザイことを言い出したぞ。誰だこいつをこんな風にしたのは。ほら、みんな、止めてよこのおバカ。
「ダイ、調子に乗るな。キラーラビットはランク1だろう。レベル的にも雑魚だぞ」
流石、サブリーダー。ケイオスさんがダイを止めてくれた。
ところで、雑魚ってのは本当ですか。
「ランク1? それって敵の強さの指標ですよね」
確か、ダンジョンの階層が基準になってるんだったっけ。
ダンジョンの一階層で出てくるレベルの弱い敵がランク1、だったっけ。確かレベルにしたら5未満の敵が大半だったはず。
「ああ、そうだね。カレンさんは知らなかったかもしれないけど、ここら辺の草原だと、キラーラビットは一番弱い敵なんだよ。これぐらいで自慢げにしているダイを見てると、不安になりそうだ」
ああ、分かる。こいつが調子に乗ってると、何かやらかさないか不安になるよね。
「ケイオスさん、あの馬鹿が迷惑かけてすいません」
「おい!! お前は俺のオカンか!! やめろ恥ずかしい」
うちの馬鹿がごめんなさい。こいつは本当に昔から調子に乗りやすいやつなんです。
恥ずかしがってるけど、本当のことだからね。
あと、あんたのお母さんならもっと辛辣だと思うよ。おばさん、息子のことはいつも頭が痛いって愚痴ってたし。
愚痴る相手が私ってのは間違ってる気がするけど。カレンちゃんを見習ってほしいわとか言われて、私も反応に困るんだからね。あんたがしっかりしていないせいで。
全部あんたが悪いのよ。ワタシワルクナイ。
「次、同じようにキラーラビットが出たら、カレンちゃん戦ってみる?」
「わたしが?」
無理無理。私、喧嘩もしたこと無いのに。
殺意もって襲ってくるウサギと戦うとか、出来ないって。さっき見てたけど、私じゃ無理だと思う。
「大丈夫、俺たちがサポートするし、やってみるといい」
「そうそう。お前でもキラーラビットなら何とかいけるって。ぷぷぷ」
「お前でもって何、お前でもって。失礼ね」
デリカシー無いと女の子には嫌われるぞ。やっぱりこいつはダイちゃんだな。
「ダイ、怒られてやんのケケケ」
「うるせえ。お前らはコイツのトロくささを知らねえんだよ。自転車に補助輪付けてるのにコケる奴だぞ」
「あ、バカ!!」
変なこと言うんじゃない。それはあんたが補助輪なしで乗れるから、私も出来ると思って乗った時の話でしょうが。補助輪なしのつもりだったから、まだ外れてないのに思いっきりこいで、ちょっと引っかかってバランス崩しただけよ。あのあとすぐに泣き止んで、乗れるようになったんだからノーカウント。ノーカンよノーカン。
忘れなさい、馬鹿。おバカ。本当におバカ。
「幼馴染ってのは、本当に仲いいねえ」
「良くないですよ」
別に、仲が悪いとは思わないが、仲が良いとも思わない。幼馴染というのは、腐れ縁なのですよ。
家が近所だし、同じ高校だしで、どうしても、どうっっっしても顔を合わせる機会があるから、喧嘩して雰囲気悪くならないように気遣ってるだけです。
何なら私がお姉さん役として面倒みてあげてるまである。
お、ジョージさんがまた黙った。
「警戒!! お、キラーラビットだ。都合よく一匹だし、カレンちゃんやってみたら?」
「ありがとうジョージ三世さん」
「おお、頑張れ~あと、俺のことはジョージで良いよ。もしくは、ダーリンでも可」
ダーリンって。また古い表現ね。
今どきそう呼ぶ人、いないんじゃないかな。私は昔の漫画も読むから分かるけど。
あれでしょ、雷様の宇宙人が押しかけ女房になるコメディ漫画。どすけべ男がしょっちゅうお仕置きされる名作のあれ。
うさぎが、警戒も露に、敵意を向けてきた。私以外の面々は、既に私が戦うことを当然のことのようにして周囲に散った。残された私は一人でうさぎと向かい合う。
仕方ない。一回だけでも戦ってみるか。ずいっと、取りあえず前に出てみたはいいものの。
私、何も持ってないよ。素手で戦えばいいのかな。スデゴロ?
ここは流し読みで鍛えた空手の極意を見せつけてやる場面か。シュッシュとシャドウボクシングしてみた。ぷっとみんなに笑われた。ダイはゲラゲラ笑ってる。
ぐぬぬ、初めてやるんだから笑うな。へなちょことは何だ、へなちょことは。この拳のうなる風切り音が聞こえないのか。
私も聞こえないけど、心の声で聴くんだ。シュッシュ。とりゃ。
「カレン、これ貸すよ」
「サンキュ」
ダイから、小さいナイフを渡された。そんなに私のパンチは駄目だったかな。
えっと、アイテムの画面のこれを装備すればいいんだよね。
〇初心者用ナイフ
装備制限:なし
攻撃力1
スキル:なし
なんか目の端の方で半透明のダイアログが出たが、多分このナイフの情報だね。
初心者用なら、わたしでも使えるのかな。装備は、持つだけでいいのね。おーけー分かった。
むふ、私ちょっと強くなった。
しゃきんと構える。うん、きっと今の私はカッコいい。生暖かい目で見られている気がするけど、きっと私の格好良さに目を奪われているんだろう。
「えい! とう! やあ!」
一生懸命戦ってみたが、どうにも兎がすばしっこい。
くっ、この、当たれ。逃げるな卑怯者め。
「きゃあ!!」
ガツン、とぶつかってきた兎の体当たり。
これに私は弾き飛ばされて尻もちをついた。
「カレン!!」
気が付けば、目の前にダイが居た。
私を庇うように立って、兎の体当たりを弾き返した。
「カレン、大丈夫か?」
「大丈夫じゃない」
ゲームなのに、痛い。チクチクというか、ズキズキというか、微妙に痛い。
「……やっぱり、お前に戦いは無理だったか」
「やっぱり?」
お前、分かっててやらせたのか。笑ってたのはそういうことか。
「ダイ、カレンちゃんは大丈夫だった?」
「おう。こいつはメンタル頑丈だから心配要らないぞ」
「いや、そうじゃないって」
ダイ、あんたが私をどう思っているのか。小一時間問い詰めたくなったわ。
「カレンちゃんって、運動苦手なのか?」
「別にそんなことはないですよ」
「あれ? じゃあキラーラビットぐらい……」
「カレンは、運にしかステータス振ってない、レベル1だぞ。キラーラビットより格下だな」
「「「ええぇぇぇ!!」」」
ダイ以外の三人が、本当に驚いている。
「ゲーム始まってそれなりに経ってるのに、まだレベル初期値?」
「しかも、戦闘ステータスには一切振らず?」
「おまけに生産ビルドでもなく、幸運特化?」
「……キワモノだな」
三人が三様に私を見てくる。珍獣でも見てる感じの目だな。お前ら、失礼過ぎるだろう。
「本当、カレンちゃん」
「はい、本当です」
ジョージさんの問いに、私は頷く。
「な? 本当だったろ?」
「ダイがまた変なこと言ってると思ってたけど。そんな人本当に居たんだ……」
「だな」
どういうことか。
ダイに聞くと、前もって一切戦えない奴だと話はしてあったとのこと。
「ということで、カレンは護衛されるお姫様の役ってことで、これから護衛訓練にシフトチェンジだ」
「おう」
結局、私は一切戦うことなく街から街へ移動することになった。
途中にかなり強そうな敵も出てきたのだが、私は一切戦わなかったのでよく分からない。
私が分かることとと言えば、何もしていないのにレベルが上がったことだ。
……よし、幸運いっぱい。レベルアップで貰ったポイントは、全部幸運に割り振ってやる。戦闘なんてこれからも絶対やらないぞ。絶対に、絶対にやらないから。
私は、新たな街の中でそう心に誓った。




