32【彩】その頃、彩乃は
今日の体育は二時間目だったので、その後は三時間目・四時間目と座学が続いた。
けれど――さっきのシャトルランで疲れたのか、一之瀬君は授業中に静かに眠っていた。
しかも私の方を向いたまま。
最初は何となく眺めていただけなのに、時間が経つにつれて普段とのギャップに目が離せなくなった。
走っている時の凛々しい顔と、今見せている無防備で可愛い寝顔。
その差が大きすぎて、先生の声なんてもう耳に入らなかった。
(……写真、撮っとけばよかったかも)
そんなことを考えつつ、明日香と一緒にお昼を食べていると「学年最高記録が出た」という噂が飛び込んできた。
「あらら、残念だったね彩乃ちゃん」
「んー、別に私は記録そのものより……最後まで走り抜いた姿にキュンときただけだから。まあちょっと残念ではあるけどね」
そう答えながら、ひざ掛けを頭からすっぽりかぶって眠る一之瀬君に視線を向ける。
「多分だけど、よーくんは悔しくてとかじゃなくて普通に眠いだけだと思うよ。さっきも欠伸してたし」
「いや、でも……」
そこに別の男子が走ってきて――。
「おい! 先生に聞いたらさ、あの○○って途中で線を踏んでなくて、しかも先生が急用の電話で止められなかっただけらしい! 記録は145回だって!」
「はあ!? じゃあさっきの153回って?」
「勝手に走ってただけ。で、正式な学年最高は――一之瀬の150回で確定だってさ!」
「よかったね、彩乃ちゃん」
「……うん♪」
(やっぱりすごい。けど……やっぱり分からない。この人、いったい何者なんだろう)




