237【陽】彩乃の一言で完全に追い詰められた
何の前触れもなく、俺の両耳が彩乃の女の子らしい、小さくて柔らかい両手でふわりと塞がれ――
同時に、口は彼女の唇でふさがれた。
デートみたいな特別な日にだけつけてくる、色っぽいリップの匂いが一瞬で鼻を掠めて――
「―――――んっ⁉」
間抜けな声を漏らしつつ、状況を理解するより先に“意味が分からん”が脳内を埋め尽くす。
が、そんな俺の混乱など完全無視で、彩乃はとても満足げな表情を浮かべながら、すっと一歩だけ距離をとった。
そして、今度は右手の人差し指で、そっと俺の唇を押さえ込み――
「ふふっ♡ ひーくん……私とキスした唇、いつもみたいに舐めたくて……うずうずしてるんでしょ?」
「ん~~~ぅ‼」
(分かってんなら早くその指をどけろ‼)
「そんなに可愛く物欲しそうに睨み付けても、だ〜め♪
……って言いたいところだけどね?」
くすりと笑った彩乃は、わざと俺の反応をじっくり観察しながら続ける。
「この場で私が抱いた、いろ〜んな気持ちを。
ちゃんと理解したうえで……ひーくんが“自分の気持ちに素直に”なってくれたのなら――」
人差し指で俺の唇を、ちょん、と軽く押しながら。
「この指……どけてあ・げ・る♡」
「んあだうっおろずっふってんあお‼
(だからぶっ殺すって言ってんだろ‼)」
さっきも同じこと言ってるし、
今の状況で俺の本音と、彼女が感じた気持ちが一致する言葉なんて、これ以上ないはずなのだが――
それを勢いのまま言ってしまったのが間違いだった。
(いや……間違いではない。ないんだけど……)
彩乃は、
“顔がにやけるのを必死に抑えている時にだけ出る特有の表情”――あの、ご尊顔を浮かべていて。
さらに、この短時間の間だけでも何度も見せつけられた、“意地悪モード”の顔まで同時に乗ってきたことで――
(= 次、うちの彼女が口を開いたら……絶対ろくなこと言わねぇ……‼)
と悟った、その瞬間――
「前言撤回♪」
ああ、ほら来た。
「やっぱりね?
言葉だけじゃ……本当に私の気持ちを理解してくれたか不安だからぁ――」
唇の上の指を、すっと撫でるように動かして。
「行動でも示してくれなきゃ……ど〜けてあ・げ・な・い♡」




