107【彩】その頃、彩乃は
泣いちゃダメ、泣いちゃダメ……そう思えば思うほど視界が滲んでいく。
(もう、このままじゃ涙が零れちゃう……)
その瞬間、ひーくんが私の着ているパーカーのフードを目深に被せてくれて。
そして――そのまま手を引き、迷いなく歩き出した。
(本当はこういう時、どうすればいいかなんて分からないはず。自分から手を繋ぐことすら精一杯のはずなのに……。それでもここまで頑張ってくれてるんだから――今度は私が頑張らなきゃ)
「ひーくん……私は大丈夫だから。早く二人のところに戻ろう?」
「………………」
(どうして……。こんなに頑張ってくれてるのに、私の声は涙声なんだろう。どうして、さっきより視界が滲んで、頬まで濡れて……。頑張るって決めたばかりなのに、まだ下を向いたまま……)
***
――そこからは、もう自分でも分からなかった。
涙は止まらず、むしろあふれてきて。
気がついたら、私はひーくんと手を繋いだまま、どこかの玄関に立っていた。
でも、彼が困っていることだけは直感で分かった。
そして、心の中で誓う。
(今度こそは、ちゃんと安心させてあげられる行動を取らなきゃ……)
そう考えたはずなのに――。
まるで私の右手は、
『ひーくんに甘えたい』
『これが今の本当の私の気持ちなの』
『お願いだから、早く気付いて』
そう訴えるみたいに。
けれど、さっき決めた「彼を支える役目」が邪魔をして……結局、ほんの微かな力で。
意識していなければ分からないくらいの握り方しか、できなかった。




