106【陽】涙の合図
伊達に中学から前衛で練習や試合を積んできたわけじゃない――のか。
それとも、俺が彩乃の顔を見すぎていたのか。
はたまた、ただの偶然か。
理由は分からない。
けれど、彩乃の目に溜まった涙が今にも零れそうなのに気づいた瞬間、俺は咄嗟に彼女が着ていたパーカーのフードを被せ、右手をぎゅっと握った。
そのまま早足で店の外へ出る。
俺は近くの自分の家を目指して歩いた。
少しでも早く着きたい。けれど、フードを被ったまま下を向いている彩乃が危なくないよう、周囲に気を配りながら足を進める。
「ひーくん……私は大丈夫だから。早く二人のところに戻ろう?」
「………………」
(涙声のくせに平気そうに喋ってんじゃねえよ。……チッ。こういう時、なんて言えばいいか分からない自分が一番ムカつく)
――そのとき、ポケットでスマホが震えた。健太からだ。
「なに?」
『なに、じゃねえだろ。お前今どこにいんだよ?』
「家。あと30分ぐらいかかるから、倉科と適当に遊ぶか帰っとけ」
『いや、別に待っててもいいけど……お前らマジでなにして―――』
健太が言い切る前に家の前へ到着。俺は一方的に通話を切り、スマホを口にくわえたまま玄関の鍵を開けて中へ入った。
(本音を言えば、このまま真正面から抱きしめてやりたい。
でも――泣かせた張本人がやったら、DV男っぽく見えるよな……)
そう思った瞬間。
気のせいじゃない。確かに彩乃が俺の手を、ほんの少しだけ強く握った。
――それが合図みたいに感じて。
俺は、考えるのをやめた。




