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震えと暗がり 散る火花

その日の夜、村の大きな広場で葬儀が執り行われた。42人中8人が命を落とした。


ブレイズを含めてだ。


一部の遺体は損傷が激しく、大きな布で覆われてそのまま燃え上がる炎の中に置かれた。ブレイズは遺体が無かった。魔物に食べられて…。


葬儀中、村の人達は涙を流していた。泣き崩れてそのまま立ち上がれない人、口を開きっぱなしにして放心状態になっている人、形はどうあれ全員同胞の死を嘆いている。


私はよそ者だ。表には出ずに誰にも見られない端っこでその様子をじっと見てた。村全体が涙に包まれていたが、私は泣くことが出来なかった。嘆かわしいことだとは思ったし、見ていて胸が痛くなった。でも泣けなかった。


弔辞を読む時間があった。誰かわからない名前と別れの言葉。すごく心に響いた。胸が痛い。でも泣けなかった。


切なく淡々と弔辞は進んだ。そして


「次に…ブレイズ…」


ブレイズの番だ。私はより一層耳を傾け、村長さんの声を聴こうとする。


その時


頭に水滴が落ちた。何事かと思い上を見上げると湿った音と共に水滴は量を増し、たちまち激しい雨と化して村を襲った。そんな雨の中、村長さんと村の人達は所構わず弔辞を続けた。


「彼女は……で………であり………を……」


弾けるような雨音が強すぎて声がかき消されてしまう。もっと近くに行って聞こうかと思った。でも、なんだかそんな気にはなれなかった。


結局、彼女の弔辞をまともに聞くことなく葬儀は終わりを告げた。村民各々がそれぞれの家に戻って行く。私には戻るところはない。このまま何も言わずにこの村を出て行ってしまおう。そう思って村の出入り口につま先を向け歩き出した。


そうして、もう少し進めばでこの村の出入り口だ、というところで一軒の民家が目に入った。


ブレイズの家だ。


少しの間その家を見つめていたように思う。何を思ったのか、その後、びしょ濡れの靴でぐちゅぐちゅと地面を踏み鳴らして忘れ物を取りに行くように家に入った。


中は真っ暗だった。もう日は沈んでいるし、誰も住んでいない。


壁にランプが掛けてあった。点火しようとポケットからマッチを取り出してみるが


「もう…使えないわね…」


マッチは豪雨により箱の中に水が溜まっていた。火薬は湿っており、どれだけ摩擦を加えても火が付かないことは火を見るより明らかだった。


そんなことはわかっていた。でも


私はその事実を否定するようにマッチを箱の側面に擦り始めた。


何度も、何度も、何度も、何度も、擦るが、案の定燃え上がることはない。


それでも私はやめなかった。何かに取り憑かれたように一心不乱に擦り続ける。折れたら次を取り出す。床には折れたマッチ棒が何本も転がり、その数がただただ増えていくだけであった。


やがて残りのマッチの数はたった一本になってしまった。これで着火しなかったらランプに火を灯すことは出来ない。慎重に勢いよく摩擦を…。


一瞬火花が散った。着火するかもしれない。そう思った。


しかし、それだけであり希望虚しく炎が姿を現すことは無かった。


その後狂ったように何度も擦ってみるが、発火はおろか、それ以降火花が散ることもない。


それでも諦めずに続ける。しかし


ポキン…


最後の希望は乾いた音を立ててあっけなく折れてしまった。


全て尽きた。マッチ箱を床に投げ捨て、真っ暗な中、家に上がり込む。多少は目が慣れてきたがそれでも見えずらい。そしてなにより


「寒い…」


雨で全身を濡らしていることに加え、空気が冷え込んだ夜特有の寒さ。両腕で二の腕を抑えて体を丸め、極寒を誤魔化そうとするが雀の涙だ。


寒くて、暗い。


ただそれだけだった。


この寒さも暗さも、今の私にはどうしようもなかった。


ベッドの近くに寄った。暖かそうな毛布と、ふんわり柔らかい枕が佇んでいた。もう、誰にも使われることはないのに。


調理場に行った。食材が丁寧に保管されており、器具は綺麗に手入れされていた。今料理をしろと言われても暗闇と言う事実を除けば問題なく出来るだろう。だが、誰もそれをするものはいない。


ふと、テーブルに置いてある魔法瓶に目が行った。持ち上げてみると、重量感がある。中身が入っているようだ。


その隣に置いてあったコップを手に取り、瀬音と似た音を立てながら注いだ。暗闇のせいで、どんな液体かわからない。コップを傾け、一気に喉に流し込んだ。


これは…


「苦い……冷たい…」


あの時のお茶だった。私が好きじゃない苦いお茶、沸かしてから随分時間が経っているので冷めきっている。瞬間的に飲み干した私が覚えたのは、喉と舌の不快感。それと同時に、寒さゆえなのかコップを持っている手がぶるぶると震え始めた。


「私…これ…苦いから……好きじゃないよ…」


誰に言っているのかわからなかった。無意識に口から出てきたのだ。頭がおかしくなってしまったのかもしれない。


ずっと隠してきた感情が溢れ出した。


もうブレイズはいない。どこにもいない。


一晩もない儚い夢の様な時間。


その間に現れて消えていった。


本当に短かった。


ブレイズのこと、何にも知らない。


もっと仲良くなりたかった。


寒いはずなのに、胸の奥がじんわりと熱くなる。


今、自分がどんな顔してるか見てみたいな。


コップを静かにテーブルに戻し、家を後にした。


今度こそこの村を出よう。そう思って再び脚を動かし始めるが、それはすぐに阻まれた。私を呼ぶ声が聞こえる。振り返ってみると、滝の様な雨の中こちらに走ってくる村長さんの姿。私の前で止まり、ゆっくりと口を開いた。


「村を救ってくれてほんとに感謝している。ありがとう。命の恩人だ」


口の中から雨水を垂れさせながら言った。


「ああ…いえ…あれは……」


彼女がいたからどうにかなったんだ。私は…。


「もう今日は暗いし雨がひどい。今日は私の家に泊まっていきなさい」

「…いいんですか…?」

「当然だ、暖かい食事も用意するからね。こっちだよ」


そう言って暗闇と豪雨の中を歩き出す。私は濡れて重くなった体を引きずってそれに着いて行った。


家に着くなり、村長さんは着替えと個室を用意してくれた。濡れた服を脱ぎ、それを暖炉の前に置いた。「明日には乾いているだろう」村長さんはそう言いながら食事を用意してくれた。本当に暖かい。冷えた体が芯から熱くなる。暖炉で暖められた部屋と重なって先ほどのまでの寒さは完全に過去のものになった。


そうして汗をかきそうになりながら、私はふかふかのベッドで眠りに落ちた。


早朝、日の出よりも早く起きた。目覚めはいい。暖炉の前に広げられている私の服を見に行く。それらは完全に乾いており、着てみると温かさまで感じた。


もう行かないと。支度をして出入り口のドアノブに手をかけた時、突然背後からの声。


「もう行くのかい?」


振り返ってみると、可愛らしい寝間着を着た村長さんが立っていた。


「はい、いつまでもお世話になるわけにもいかないので…本当にありがとうございました」


そう言って深くお辞儀をした。村長さんは優しい笑顔を浮かべ


「君さえ良かったら、ここで暮らしてもいいんじゃぞ?」


と言ってくれた。私は数秒だけ間を置く。


「ありがとうございます。でも、私は行かないといけないんです。本当にありがとうございました」


そう言って再び頭を下げた。村長さんは軽く微笑んで。


「そうか、なら行ってきなさい」


とだけ言った。それに私も微笑みで返してドアノブを強く捻った。


腰に彼女の剣を携えて。

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