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息苦しい

「ぎゃあああああああああ!?!?」


魔物の悲痛な叫び声が耳をつんざく。魔物は私を食い殺すことも忘れ、両手で頬を抑えてうずくまった。


これ…まずい…


着地点を失った私は宙を舞う。みるみる近づく地面。今更どうすることも出来ず、そのまま衝撃音と共に地面に叩きつけられた。


「い、いったぁ…」


全身がズキズキするけど…蹲ってなんていられない!すぐさま立ち上がってぐったりとうなだれているブレイズに駆け寄る。


「ブレイズ!逃げるよ!」


肩を揺らして語り掛ける。反応はない。


「ブレイズ!しっかりして!!」


魔物はうめき声を上げて未だに立ち上がれないでいるが、それもいつまでそうしているかわからない。とにかく急がないと。


「ブレイズ!村のみんなを助けよう!ふたりで!」


そう言うと重々しく頭を持ち上げ、生気の籠っていない目をこちらに向けた。


「ふたりで…?」

「そう!ふたりで!だから立って!」


その瞬間、魔物がぐるぐると唸った。振り返ってみると、少しずつ膝を伸ばして立ち上がっている。


もう限界だ。


ブレイズの腕をあざが出来そうなほど強く掴み、なりふり構わず走り出した。


「この…くそ人間どもがあぁ!!」


頬から血を垂れ流し、怒りをあらわにして私たちを追いかけ始めた。もっと早く走らないと…!そう思ってペースを上げるが、それがまずかった。


「あっ…!?」


私が勝手に脚を速めたせいでブレイズが着いてこれなくなった。脚を踏み外し、その場で転倒してしまう。


まずい…!


すぐさま脚を止め、倒れている彼女を急いで起こす。どうやら膝を擦りむいてしまったようだ。でもそんなこと気にしていられない。


「我慢して!」


そう言ってまた無理矢理走り始めた。不安定な足場や茂みを超える。枝や葉で身体が斬りつけられることも厭わず駆け抜け続けた。魔物は図体に見合ったスピードのようで、距離は少しずつ離れる。そうしていくうちに背後に魔物の姿は見えなくなった。


なんとか撒いた…。もう…疲れた…。


息切れがひどい。


酸素が足りない…。息苦しい…。


少しずつ呼吸のリズムを戻し、徐々に体を落ち着ける。そんな中、私より先に呼吸を整えたブレイズが私の背中をさすってくれた。お礼を言いたいが、苦しくて言葉が出ない。


「さっきはありがとう…」


先に言葉を紡がれた。転んだことだろう。


「当たり前だよ…」


乾いた声で返すと、ブレイズは微笑み


「見捨ててくれてもよかったのに……」


と言った。


「そんなこと…するわけない…」

「ありがとう…でも、もし次同じことがあったら見捨ててね?」

「絶対に嫌だ」

「ふふっ、優しいね?」

「何があっても助けるからね」


呼吸を戻す、死にたがりな彼女としばしの対話。しかし、それも長くは続かなかった。


突如、大きな悲鳴が鼓膜を裂いた。人間の声である。私はどこから響いた声なのか理解できなかったが、ブレイズは顔を真っ青に染めていた。


「…村の方からだ…!」


そう言い、地面を強く蹴って走り出した。私は、回復しきらない体に鞭を打って彼女に続いた。


村に到着した私たちを待っていたのは悲惨なものだった。


人々が悲鳴を上げ、逃げ惑う地獄絵図。中には血を流してぐったりと倒れたまま動かない人もいた。そしてその中心にいたのは当然、先ほどの魔物。大きな体と腕を振り回して逃走する人々を襲っている。


「おい!こっちだ!」


目の前の惨劇に戸惑っていると、ブレイズが魔物に後ろから駆け寄り、声を張り上げた。後ろからの声に気づいた魔物はゆっくりと振り向く。頬には先ほど私が付けた大きな傷。


「ブレイズ…来ると思っていた!」


そう言って何の躊躇もなく右腕を薙ぎ払い、ブレイズを吹き飛ばそうとする。それを風のように避ける。追撃される。避ける。ブレイズは魔物の攻撃をかわし続けた。剣で攻撃を受け流したりしているが、防戦一方になっている。このままだとブレイズは殺されてしまうだろう。


「ブレイズ…!」

「ブレイズ!」

「ブレイズ!逃げて!」


村の人たちの声が響いた。ブレイズが注意を引いているおかげでほんの少しだけ余裕が出来たのだろう。見れば、みんな離れた場所で彼女を見ていた。


加勢しないと…!


そう思って剣の柄に手をかけようとする。しかし、


「うそ…」


鞘に剣は収まっていなかった。さっき刺したときに落としたんだ…。ま、まずい…。剣がないと戦えない。でも、今から取りに行っている時間はない。


なんとかしないと…。


鞘を捨てて走り出した。魔物の左に回り込み、わざと視界に映る。当然魔物の標的は私だ。それに気が付いた魔物はターゲットを私に変更する。


「貴様…!よくも私に傷を…」


頬から血を垂れ流しながら、鬼の形相で睨みつけられる。


でも、不思議と怖くない。


「こい!」


そう高らかに叫んだ。と同時に、魔物の猛攻が始まった。丸太の様な両腕から繰り出される打撃。一発でもかすれば致命傷になるだろう。反射神経だけで避ける。ただただ逃げるだけだ。


私に出来ることは、囮になることだけ。私に構っている間にブレイズに倒してもらおうと考えたのだ。ブレイズにもそれは伝わっているのかわからない。視線を送る暇もない。だが、視界の端で攻撃の機会を伺っているように見える。


動きが単調だから避けられてはいるけど…もう…体力的にも…。さっき…走ったせいで…まずい…。


度重なる疲労により足元が狂った。後ろに飛び退こうとした瞬間、左足が付いてこなかったのだ。


「あっ…」


そのまま背中から地面に倒れそうになる。目の前には、私を叩き潰さんとする大きなハンマーのような腕。時間の流れが遅くなったような感覚に襲われる。本当は高速で動いているはずの魔物の腕がまるでスローモーションだ。


死ぬ前ってこんな感じなのかな…。


ここまでなの…?


そう思った。その瞬間、魔物の背後から小さな影が姿を現した。魔物の頭を背後から一刀両断しようと宙を舞いながら剣を大きく振りかぶっている。


あっ…ブレイズ…。


「はぁ!!」


彼女は大きな声と共に剣を振り下ろした。


しかし


それよりも魔物が早かった。


魔物は瞬時に振り返った。


目の前のブレイズを


大きな手で掴んだ。


それをそのまま


口の中に運んだ。


骨と肉が砕ける音。


ブレイズが履いていた靴と握っていた剣が


重力に逆らえずに地面に落ちる。


私は体制を立て直して地面の剣に向かって走り出した。


素早く拾って


ブレイズをむさぼっている


魔物の目玉に


思い切り刃を突き立てた。


「がががががががあああああああ!?」


魔物はのたうち回って


そのまま地面に倒れた。


魔物の姿は風化した石のように


粉のように崩れて


空気中に霧散して


魔物は姿を消した。


一足の靴と止めを刺したつるぎが力なく転がっていた。

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