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苦いお茶の思惑

あの魔物はどこに行ったのか。


それだけが頭の中をグルグルしている。


グルグルしているだけで働いている感じはしない。


絶対におかしい。動物が消えるなんて…。


考えを巡らせていると、私を支えているブレイズが


「ほら、ここだよ!」


と、ハキハキとした声と大げさな動きで指を差す。


私は目の前の光景に圧倒された。


指の先には小さな小さな集落があったからだ。空腹とそれに伴う疲労でクタクタになりながらも未知の領域に親近感を覚えたことに感動していた。遠くを見つめるように細められた目に映っているのは、人の営み、民家。私の村で同じような光景を見た。ドタバタしてて頭に浮かばなかった気持ちがここにきて思い起こされる。


村の外には人がいる。


そんなことは本でたくさん読んだし、村の外まで商売をしに行く人だっていたんだから当然のことではある。道路を見た時とはまた別の感覚を肌で感じながらブレイズに引っ張られ、村の隅にある家に足を踏み入れた。


ブレイズはまず最初に私をベッドに横たわらせ、毛布を優しく被せてくれた。私はしばらくはウトウトしていたが、どういうわけか眠りに落ちることはなく、うっすらとした視界に彼女を捉えていた。調理場とみられる部屋の一角で、炎が燃え上がる音と共に忙しなく働いている。私は自身にかかっている毛布を払いのけ、重い体を腹筋の力で起き上がらせると、貧弱な脚で二つの体を支えながら立ち上がった。ゆらゆらと宙に浮く幽霊のようにブレイズの元にゆっくりと駆け寄り、忙しさゆえかこちらに気付いていない彼女の後ろから語り掛ける。


「なんか…手伝おっか…料理でしょ…?」


空気中で霧散しそうな声。背後からの不気味な声で彼女はバッと振り向き、目を丸くさせて口を大きく開けた。


「え、何言ってんの!?休んでなきゃダメだよ!そもそもこれはメアリのために作ってるんだから!ほら寝てて!」


そう言って握っていた大型のナイフをカチャンと置き、私の肩を持って再びベッドまで引きずって無理矢理寝かせた。またまた毛布を被せると、いそいそと調理場に戻って行ってしまった。


私は手を煩わせてしまったという罪悪感を感じながら、今度こそ夢の中に入るべく、瞼を落とした。


疲労のせいなのか、不思議な夢を見た。


私は土を掘って作られた四角い穴にすっぽり入っている。大きさは私にぴったりで、私のためにこしらえたのかと嫌でも思ってしまう。なぜこんなところにいるんだ、と戸惑っていると突然、私の胸にとても両手では収まりきらないような土がドサッと被せられた。それに気を取られていると、次は私の顔にも同様に土が降って来た。口の中に砂が入って気持ち悪い。そこまでされてようやく気付いた。


私、埋められてるんだ。


そう考えているうちにも土砂は、私の体を隠さんと覆いかぶさってくる。強い恐怖を覚え、そこから脱出しようと試みるが、金縛りなのか体が全く動かない。声を出すことも出来ず、私の体は暗い暗い土に飲まれてしまった。


「…ああ…あ…」


目が覚めると、小麦色の肌の、肩まで髪を伸ばした女の子がこちらを覗き込んでいた。


「メアリ…大丈夫?」


そうだ。ここはブレイズの家だ。ぬるりと上体を起こし、周りに目を向ける。何の変哲もないただの民家だ。


「顔色…悪いよ…?」


優しさと寂しさが入り混じったような声で語り掛けてくる。私の心音は高鳴っており、さきほどの夢のことで頭がいっぱいいっぱいだった。さっきのは夢。


ただの悪い夢だ。


そう心に言い聞かせると、心音は落ち着いた。ほっと安心してふぅっと息を吐く。その反応があまりに大げさだったのか、それを見たブレイズも安心した様子を見せた。


「ご飯、出来てるよ!」


そう言って調理場までドタドタと走り、木製の皿に真っ赤なスープをよそう。それをもう一度繰り返し、二つのスープ入りの皿を作った。スプーンをその中に沈めて皿を慎重に持つと、歩く振動で零れないように、ゆっくりと私の元に向かってきた。ベッドのそばにある小さなテーブルにひとつ皿を置いて、もうひとつの皿を両手で持った。


「食べよ?」


そう言ってくりくりした大きな目をこちらに向ける。


「うん…ありがとう…」


スプーンを持ち、ありがたく一口スープを頬張る。トマトと玉ねぎとにんにくの味が濃いスープ。疲れた体を癒すには十分だった。


「これ、すごくおいしいね!」


わざとらしく大きく賞賛する。美味しかったことは紛れもない事実だが、誰かが作ったものを口にすると、必ず大きな声で「美味しい」と言う。昔からの癖だ。


「ほんと?よかったぁ」


口を大きく開けて満足そうな顔で返すブレイズ。それから私たちはひたすらにトマトスープを掬っては飲み、掬っては飲み続けた。


全て平らげ、へこんでいたお腹は少し山なりに膨れた。こんなに美味しいものは二度と食べられないかもしれない。本気でそう感じた。「後片付けは私がやるよ」と言ったのに、ブレイズはまたしても私の申し出を断り、ひとりで食器を下げ始めた。優しさに頭が上がらない。


それが一通り終わると、次に温かいお茶を持ってきてくれた。私の村でも飲まれていたが、苦みが強く、私はあまり好きじゃないお茶だ。コップを受け取り、少しづつちびちびと喉に流す。やっぱり、好きじゃないな。そんなことを考えながらお茶に集中していると、苦いお茶をごくごくと飲んだブレイズが口を開く。


「魔王の手下を探してるって言ってたけど、それはなんでなの?」


彼女にとって当然の疑問である。魔王の手下に会ってどうするつもりなのか。私は少し俯いて、村の状況が良くない事、村長に言われたことをすべて話した。ブレイズはその間茶化すことなく真剣な面持ちで聴いてくれた。


「なるほどねえ…」


全てを共有し終えると、ブレイズは渋い顔で腕を組み始めた。私はふと頭に浮かんだ疑問をぶつける。


「不作の影響ってこの辺にもあるの?」

「うん、ここ4ヶ月ぐらいやけに野菜取れないなあって思ってたし、みんなも言ってたけど…そういうことなのかなあ…不作って3か月で終わるらしいし…魔王って居るだけで何かしてる感じはないよねえ…ほんとに魔王のせいなのかなあ…」


確信は得られていない様子。当然だ。突拍子がなさすぎるし、最後に起こった凶作は私が生まれる前の話だ。この子もそうだろう。


「魔王って何もしてないの?私、自分の村から出たことなくて…」

「うん、存在は知ってるけど誰も姿を見たことないらしいし…半分都市伝説みたいなものだよねえ。何もしなさすぎて存在を疑う人たちだって少なくないらしいし…」


確かに疑問だ。魔王は存在してるだけで何もしていないの?それだけで生き物を殺したり凶作にさせる力があるの?どうやってそんなことをしてるの?


考え出したら止まらない。謎は深まるばかりだ。


「ていうか、その村長さんってすごいね!?天啓でそんなことわかるなんて!」

「そうだね。すごい人だよ」


そこは疑わないんだ。確かに村長はすごい。天の声が聴けるから。これまでその能力を疑ったことなんてないけど…こんなにわけがわからないことが出てくると…ちょっと気になるよね…。


「その一環で3人いる魔王の手下をねえ…すごく大変そうだよ」

「そうだね、昨日もブレイズがいないと死んでたし…手下ってあんな感じなのかな」


そう考えると、突然恐怖が舞い戻ってきた。


そうだ、私死にかけたんだ。


これからの旅で起こるであろうことに身震いしてしまう。手下っていうくらいだから…ものすごく強かったりするのかな…それとも、ただの人間で意外と話が通じたりする人だったり…。


手下という情報だけではわからない、魔物なのか、人間なのかも。しかし、そんな不安を振り払うようにあることを思い出した。


「そうだ!ブレイズ、その手下のこと知ってるって言ってたよね!?」


彼女は知っていると言っていた。聞き出せばいいだけだ。


「…うん、場所とかは知ってるけど…そこまで詳しくは…」


申し訳なさそうな顔と共に返される。


「どんな人とかは?」

「…知らない…」


一番気になることは知らないようだ。だが、場所だけでも十分。


「じゃあ、案内してもらってもいい?」

「…うん、いいよ」


ブレイズは私から目を背け、飲み終えた苦いお茶のコップをじっと見つめていた。

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