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44話 ハーチス子爵と代官ツバキ


 子爵になって3日経った。さすがにそろそろ領地に行かないといけない。



「……どうせ荒野だからなー。店を建てたところで客も来ないし。売れる資源も土地もないし。金なんて稼げないだろ」


「ですが領民もおりますし、さすがに一度は行かないと」



 副商会長のエンジュが宥めるように言った。



「この間のオークションで手伝ってくれた孤児院が領地の中にあるんだっけ?」


「そうですね。みんな一生懸命働いてくれたので、一度リリナ商会長自ら挨拶していただけると助かります」


「確かに仕事において気遣いは大事だな」



 私は重い腰を上げた。



「領地には管理する家もないし……シロタ、エンジュ付いてきて。ハーチス領に行くよ」


「かしこまりました」


「おいしい特産品があればテンションも上がるんですけど……」



 乗り気じゃないシロタを捕まえて、私はスキル<転移>を発動させる。


 景色が切り替わり、目の前に巨大な枯れ木が現れた。



「世界樹でっかいな」



 地球でここまで大きな木は存在しない。どちらかというと、巨大なビルやタワーが近いだろう。



「まずは代官に会いに行くか」


「代官ですか? ここを管理するのに人なんて必要ない気もしますけど」



 シロタがそう言うと、エンジュも同意するように頷いた。



「世界樹の様子を伺うなら周辺貴族の兵に定期的な見回りをお願いすればいいだけです。代官は役人の中でも皇帝に信用されたエリートだけがなれる花形の職種の一つですし、こんな寂れた荒野に置くのはもったいない気が……」


「こんな旨味のないところで働いているんだから、余程の変わり者か……左遷組でしょ」



 私は事前に貰っていたハーチス領の略図を広げた。代官のいる場所はここからすぐのようだ。


 歩いて目的の場所へ行くと、そこには粗末な小屋が一軒だけあった。看板は特にない。



「お邪魔しまーす」



 私は古い木の扉を開いた。



「あん? 何でありんす主さんら。冷やかしの観光客は去れ」



 黒髪に乱れた和服を着た獣人の美女がだらしない恰好で酒を飲んでいた。



「ここの領主になったリリナ・ハーチスだ。代官に会いに来たんだがいるか?」



 私がそう言うと、彼女の尻尾がピンと立った。



「失礼しんした。わっちはハーチス領の代官兼冒険者ギルド代理兼商業ギルド代理を務めている黒ヒョウ系獣人のツバキ・クロエでありんす。この度は子爵就任おめでとうござりんす」


「冒険者ギルドと商業ギルドの代理?」


「ここのような過疎地だと、代表的存在が冒険者ギルドと商業ギルドの代理を務めることがあるんでありんす」


「確かにほとんど稼働しないのに職員を置いたら採算が取れないか」



 私はツバキに近づくと手を差し出した。



「よろしく、ツバキ。一緒にどうにかこの領地を金を稼げる場所にしよう」


「……わっちは領主がいなかった場所を代官で治めていただけでありんす。領主様が来た今、お役御免で次の派遣先に飛ばされんす」



「それは困ったな。ツバキには引き続き働いて欲しかったんだけど……」



 とりあえず、私の直感はツバキを危険だと判断していないし、むしろ優秀なんじゃないかとさえ思っている。


 それに私は領地のことが何も分からない。ツバキは領地のことを誰よりも知っているだろうから、仕事の効率も上がるだろう。



「わっちのことを雇いたいということでありんすか?」


「そうだな。帝国の役人だから無理か?」



 問いかけると、ツバキはじっと私の後ろにいるエンジュを見た。



「領主様はわっちら獣人族のことをどう思ってやすか?」


「正直に言うと狙い目の種族だと思っている。不吉とされているこの地に人を呼び込んだところで、普通の奴らはまず来ない。だが、獣人族にとってここは遠い故郷だ。戻って来てくれれば人口が増えるし、いい人材が来る可能性はある」


「正直な感想をありがとうござりんす」



 ツバキは朗らかな笑みを浮かべた。



「優秀とあれば獣人族も快う採用してくれるのが気に入りんした。わっちも腹を括って脱役人しんす」


「そうと決まればさっそく仕事だ。ハーチス領の現状が知りたい」


「分かりんした」



 ツバキは棚の中から資料を取り出した。



「まずは地図でありんす。領地の大きさは中領地……まあ、伯爵家や侯爵家並みでありんす。しかし、9.5割が荒野。領地の中心に枯れた世界樹。残りの0.5割は氷山でありんす」


「氷山があるのか」


「氷山と言っても年々荒野に呑み込まれて小そうなってやす。それに鉱物などの資源が埋まっている訳でもありんせん」


「すべて不毛の土地ということか。ここまでくると清々しいな」



 ツバキは別の資料を広げた。



「次は人口分布でありんす。まず氷山に10人未満住んでやす。寒い環境を好む種族がほとんどで、よその土地に移れない獣人や老人がいるでありんす。次に荒野には孤児院がありんすが、そこには20人ほど住んでやす。人族の院長がひとりと、あとは荒野に捨てられた孤児たちで構成されてやす。孤児院はロベリア王国との秘密貿易行路の休憩地点の一つとして利用されることで収入を得てやす」


「だいたい領民は30名か」


「領民と言っていいか分かりんせんが、あと十数人ほどいましんす。ここにボリス・スコッチエッグ男爵の養鶏場がありんす。そこに従業員が住んでやす」



 めちゃくちゃ卵卵たまごたまごした名前の貴族だな。



「貴族がこんな荒野で養鶏場なんかしているのか」


「スコッチエッグ男爵は金で爵位を買った後、アクロイド侯爵領近くの荒野に養鶏場を建てんした。本人はアクロイド侯爵領に住んでいて、時々様子を見に来んす。領主様が来る前は、何故かここの不毛な土地を狙っていたんでありんす」


「こんなところに得なんてないだろ」


「空いてる領地がここぐらいしかのうござりんしたからじゃありんせんかね。貴重な卵の量産化をすることで、昇爵を狙っていたようでありんすし」


「昇爵の要因となった養鶏場がここにあれば、領主にするのが一番手っ取り早いな」



 そういえば異世界に来てから卵料理を食べたことがない。パンもバゲットのようなシンプルな材料の物ばかりだった。



「ねえ、エンジュ。卵って貴重なのか?」


「貴重です。基本的に空を飛ぶ魔物が卵を生産しますが家畜化はされておらず、冒険者でも狩るのは大変です。主に王侯貴族や裕福な商人が食べることができます」


「スコッチエッグ男爵は養鶏場で何を育てているんだ?」


「コカトリスでありんす。卵の中ではドラゴンの次に高級な卵でありんすね。石化や転移のスキルを使うので、家畜化は無理なはずなんでありんすが……月に数個は販売しているようでありんす」



 私と同じ転移のスキルを使うのか。俄然、コカトリスが気になってきた。



「私は昇爵を狙っていた土地を横から奪われたら怒り心頭だが……スコッチエッグ男爵はどういう性格だ?」


「手っ取り早う領主様の暗殺を狙うぐらいの子悪党でありんすね」


「仲良くなれなさそうだな」


「わっちもスコッチエッグ男爵は好きになれんせん。獣人を見下すくせに、わっちの胸と尻ばかり見てくる俗物でありんす」



 私はにんまりと口角を上げる。



「あのー、ご主人様。盗賊たちを前にしたような悪い顔をしていますよ」



 肩にいるシロタが引いた目で私を見た。



「居抜き物件って最高じゃないか?」


「他人の成果を奪う気満々じゃないですか!」


「わっちは賛成でありんす」


「わたしも賛成です。後々、リリナ商会長の邪魔になるかと」


「ご主人様の部下が攻撃的すぎるぅぅう」



 頭を抱えるシロタを無視して、私はツバキに視線を移した。



「スコッチエッグ男爵のことは後々考える。今は早急に対処しないといけないことがある」



 居抜き物件を手に入れたところで、ハーチス領の魔素が枯れて物理的に崩壊したら意味がいない。



「まずは世界樹をどうにかしなくてはならない」


「あのー、領主様。世界樹の件で報告しなくちゃいけねえことがありんす」



 気まずそうにツバキが手を上げた。



「世界樹は神の聖地のはずなんでありんすが、なんか……ダンジョン化しているんでありんすよね」



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