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42話 ハーチス子爵爆誕


 オークションを成功させた次の日。私の家に、皇帝の使者が来た。


 使者は私に子爵位が叙爵されたとご立派な書状を持ってきたのだ。


 それからは謁見のためにアシュガ帝国のマナーをグラジオラス辺境伯に紹介してもらった講師から教えてもらい、当日着る衣装を手配してもらった。


 貴族家の当主はドレスじゃなくてもいいと聞いたので、軍服にしてもらった。こちらの方が日本の洋服に慣れている私にはちょうどいい。



 私の叙爵式は、皇帝と文官と護衛の騎士だけがいる空間で地味に終わった。


 それもそのはず。戦争で武功を上げたとか、国の危機を救ったとかではないかぎり、招待客はいない。いちいち新興貴族如きに招待客を呼んでたら、招待客も皇帝も金と時間がかかりすぎるからだ。



「では、ハーチス子爵。貴族位に関して、詳しい説明を致しますのでこちらへどうぞ」



 皇帝との話は5分も経たずに終わり、私は騎士に案内されて謁見の間を出る。


 全くもって、自分が貴族になった実感は湧かない。



「リュネル卿。ハーチス子爵をお連れしました」



 案内された部屋に入ると、そこには銀髪の美丈夫がそこにいた。


 シミ一つない完璧な配置の美しい顔に、月光のように上品で艶やかな銀髪、アメジストのように澄んだ紫の瞳とすらりと均整の取れた身体。まるで作り物のように完璧な造形だ。



 ……ハーフエルフのアッシュよりも耳が長い。エルフか?



 私が考えていると、それを読み取ったかのようにリュネルが微笑んだ。



「実際に会うのは初めてですね。俺の名はリュネル。種族の仕来たりで姓はありません。ちなみにエルフではなく、ハイエルフです。皇帝の相談役をしています」


「この度、子爵位を賜りましたリリナ・ハーチスです」


「本当は蜂須莉々菜さんでしょう?」



 ……コイツがグラジオラス辺境伯に私の情報を流した帝国の賢者か。 



 この人を見透かしたような態度。遠距離透視の能力を持つのは確定だが、もしかすると読心術のようなものが使えるのかもしれない。



「御明察です。俺はあなたの心が読めます。たとえそれを防御するスキルを手に入れても無駄ですよ。エルフ族の力とはそういうものなので」


「エルフはみんな心が読めるっていうこと?」


「いいえ。そういう能力を持つ者も少数ですがいるということです。俺はハイエルフなので、色々な能力が使えるだけですよ」



 部屋の中には私とリュネルしかいない。


 ……もう、色々と取り繕うのも面倒だ。どうせすべて見られているのだから。


 私はリュネルと向かい合うかたちで、ご立派なソファーに腰を下ろして足を組む。



「ねえ、まだ私のストーカーをしているの?」


「ストーカーとは心外な。見守っていただけですよ」


「私がお風呂に入っているときは? 着替えているときは? ちゃんとプライバシーを守っているのか?」


「そ、それは――――」



 リュネルは顔を真っ赤にさせて目を逸らしたので、私はずいっと彼に顔を近づけた。


 そしてリュネルの顎を指先で掴んでこちらへ無理やり顔を向かせる。



「賢者様は……へ・ん・た・い だな」


「なッ!?」



 顔を赤くしたまま、潤んだ瞳でリュネルはたじろいだ。


 私は学生時代を思い出し、首を傾げる。



「なぁに? もしかして、私のことが好きなのか」


「ちちちち、違います!」


「あっそう」



 私はリュネルをからかうのに飽きて、ソファーに深く座る。



「……それではリリナ。あなたに与えられた領地についてご説明します」



 リュネルは咳払いをすると、私の目を真っ直ぐに見た。



「あなたに与えられた領地は、かつて獣人が治めていた国になります」


「あんな荒野を与えられても何もできないと思うけど」


「そうですね」



 リュネルは地図を広げると、世界樹のある場所を指差した。



「世界樹を中心にここから、ここまでがあなたの領地です。獣人の国があった場所でまだ荒廃が進んでいないところは、すでに別の貴族の領地としてアシュガ帝国に接収されております」


「おいしいところは、ちゃっかりもらっているんだ」


「それが帝国との取引なので」



 リュネルは無表情で言った。


 歴代の皇帝に仕えたハイエルフというには、今の発言は獣人の国寄りじゃないか?


 私が訝しんでいると、リュネルは誤魔化すように笑みを浮かべた。



「あなたの領地は今のところ荒野しかありませんが、一応、住民はいます。世界樹さえ復活させれば、領地は発展するでしょう」


「世界樹の復活ができるならとっくに帝国がやっているだろ」


「リリナならきっと出来ますよ。あなたはこの世界の神に認められた勇者なのですから」


「随分と私に期待しているんだな」


「あなたは獣人を対等な存在として見て、優秀であれば重用する。この領地を与えられた歴代の貴族たちとは違う。期待しない方がおかしいですよ」



 リュネルの表情から、獣人たちへの慈愛が感じられる。



「獣人という種族をそんなに愛している人を初めてみたな」


「本来、獣人族は愛され尊重されるべき種族なのです。神の守護者たる三種族の一つなのですから」



 神の守護者か。気になるが、リュネルは教えてくれないだろう。



「期待しているので、特別に教えてあげましょう。荒廃した獣人族の国の魔力の源泉を復活させた暁には、あなたは皇帝と並び立つ存在となります。そして……賢者たる俺を手に入れることができますよ」


「何それ、遠回しの告白? 私はかぐや姫の求婚者じゃないんだけど」


「違います! 俺があなたにお仕えするということです!」



 どうやら、この帝国の賢者にも色々と事情があるようだ。 



「まあ、とりあえず頑張ってみるよ」



 荒野とはいえ、好き勝手していい土地を手に入れたんだ。有効活用しないと。


 私はソファーから立ち上がった。



「領地経営や政治のことは分からないことは多いでしょう。領地についたら代官に会ってください。あなたなら、きっと彼女を手懐けられるはずです」


「アドバイスどうも。ストーカーは程々にしてね、賢者さん」



 また顔を赤くさせたリュネルに手を振り、私は部屋を出た。


 そして城の中を歩いていると、庭園の方からこちらへ手を振る令嬢が見える。


 近づいて行けば、紫色の髪の美しい女性――――ブランシェ公爵令嬢がいた。



「リリナ様! この度は子爵就任おめでとうございます」


「ありがとう、ブランシェ公爵令嬢」



 私が微笑むと、ブランシェ公爵令嬢はじっとりとした視線を向けてきた。



「はぁ……やっぱり美しいわ」


「……ブランシェ公爵令嬢?」


「タリアと呼んでくださいませ」


「私も莉々菜でいいよ」


「承知しましたわ」



 タリアはにっこりと令嬢らしく笑みを浮かべた。



「この間のオークション後のお礼を改めてしたくて、今日は城に来たんですの」



 コールライト工房のネックレスをオークションで落札したタリアは、帰りの馬車でロベリア王国の刺客に襲われた。


 それを私が助けるかたちになったので、後日お礼の品々を受け取っている。



「もうお礼はいいのに」


「わたくしの命を助けていただいたのですから、当然ですわ! それにお礼の品はただのこちらからの気持ちであって、リリナが必要としているものではありませんもの」



 タリアは私の手を取った。



「今日はわたくしのお友達をリリナに紹介したいんです。貴族にとって大事なのは人脈ですわ。みんな見た目は……同じぐらいの年代ですし、仲良くなれると思いますの。もちろん、アシュガ帝国内で地位の高い人たちばかりですわ」


「それはありがたい」



 私が案内された場所は、庭園の奥にある東屋だった。



「遅いじゃねーか、タリア」


「まあまあ。はしたないお言葉」



 そこにいたのは竜の尻尾を持つ武人の女性と、褐色肌のエルフの淑女だった。



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