40話 初心者商人とオークション 後編
オークション会場へ行くと、私は舞台と客が見下ろせる関係者席へと案内された。
席に座ると、オペラグラスを持ったダヴィーナが私の隣に座る。
「仕事は大丈夫なの?」
「すべて部下たちに任せてきましたわ。わたくしは興行主であるハーチス様にオークションの解説をするために来ましたの」
照明が落ち、ホール内が真っ暗になる。
そして、舞台の中央をスポットライトが照らした。
「紳士淑女の皆様、大変長らくお待たせ致しました。これよりハーチス商会商会長であり、最速でAランク冒険者となった新進気鋭の才媛、リリナ・ハーチス様主催オークションを開幕致します」
目元を覆った仮面にタキシードを着た司会の男が芝居がかった動作で礼をとる。
司会の後ろのカーテンが開き、スポットライトが追加された。ガラスケースに入った絵画が現れ、客がどよめいた。
「最初の商品なのでかなり価値が高い物を出しましたわ! 地方のオークションだとなめてかかっていた奴らは度肝を抜かれましてよ」
ダヴィーナが鼻息荒く力説する。
……だが、私にはあの絵の価値が分からない。犬――――いや、熊をかいているのだろうか?
「かつて存在したと言われる鬼人族の美姫クレハの肖像画です。製作者はあの世界的な画伯コロン氏です!」
あれ、人だったんか。芸術は分からん。
「それでは本日最初の入札を行います。金貨100枚から開始です」
司会がそう言うと、客たちがハンドサインを使って値を吊り上げていく。
「金貨300枚、500枚、850枚……1000枚! さらに1200枚!」
どんどん上がっていく金額に私は違和感を持つ。
「なんか、決まりそうで決まらないな」
「もちろんですわ! サクラを何人か仕込ませておりますもの。競争相手がいれば、どうしても欲しい人は値を吊り上げてくれますからね」
「それはいい試みだ」
バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ。
私とダヴィーナは悪い顔で笑った。
「肖像画は芸術収集家で有名なマドラル伯爵が競り落としましたわ」
「伯爵がみずから来るんだ」
「オークションで掘り出し物を見つけるのがご趣味ですわ。今回来ている貴族のほとんどはそういった方ですの」
マドラル伯爵は金貨5000枚も払ったのに、かなり満足そうな顔をしている。楽しそうで何よりだ。
「次からはそれほど価値がない物を出していきますわ。主にお買い得商品を探しに来た商人向けですの。客を飽きさせないため、サクラは仕込まずサクサク進行しますわ」
ダヴィーナの言う通り、それなりの宝石がついたアクセサリーや魔物の素材、貴婦人のドレス、武器などがどんどん出て落札されていく。
次から次へと商品が出てくるので、落札しなくても結構楽しめるな。
それからは価値の高い商品が出て、それなりの商品が続いて、また価値の高い商品が出ての繰り返しだ。
「楽しい時間はあっという間。皆様、最後の商品となります」
神妙な声で司会が言い、彼が手を上げると照明がすべてフッと消えた。
「今からお見せする商品は、指名手配犯から押収した物ではありません。ハーチス商会が所有するコールライト工房で丹精込めて作られた品々を、今回のチャリティーオークションのために寄付していただきました」
パッと舞台が明るくなり、照明の光がキラキラと反射する。
「あ、あれは……どれだけの価値があるんだ……」
「なんて美しいの」
展示されているのは、希少な宝石がふんだんに使われたティアラとネックレスと指輪だ。
美しくカッティングされた大ぶりな宝石と、星のように光を反射させる細かな宝石が丁度良く配列され、アッシュが手掛けた繊細なデザインが豪華絢爛に仕上げている。
……とにかく派手で上品な物をという私のオーダーを完璧にこなしているな。
「わたくしも最初に見た時にあまりの綺麗さに驚きましたけど、舞台の照明に照らされると更にすごいですわね」
「ハーチス商会とコールライト工房の宣伝にはいいでしょう?」
「コールライト工房の確かな技術力の宣伝になりますわ。商業ギルドとしても取引をしたいところですわね!」
「条件が良ければね」
私が入札の様子を見ていると、初めに指輪が金貨3000枚で落札された。
落札者はオークション前にぶつかった、あの今にも倒れそうな女性だった。
「え……もしかして、ミレール商会の女傑、ですの」
「どうかしたの?」
ダヴィーナはあきらかに動揺していた。
「前にお見掛けしたときと見た目が変わっていたので、少し驚きましたわ。ミレール商会は違法なことにも手を出していると噂のお金至上主義の商会で、女傑と呼ばれていた商会長は散財癖のある派手好きで有名でしたわ。あんなにお痩せになって……病気かしら?」
「派手好き、ね。そうは見えなかったけど」
普通、庶民が着るような地味で素材の悪い服を着て、他人の目のあるオークションに商会長が参加するか?
悪い噂しか立たないだろ。
「ネックレスはミレール商会を押しのけて、ブランシェ公爵令嬢が金貨8000枚で落札しましたわね。彼女は美しい物に目がないことで有名ですの。これはいい宣伝になりますわ!」
紫色の髪の美しい令嬢が、頬に手をあてながら上品に微笑んでいる。
「次のティアラが正真正銘最後の商品ですわね。あれだけ美しいと商人たちも王族や高位貴族に売るために落札しようとするでしょうね。もちろん、先ほどのブランシェ公爵令嬢も狙っているはず。これは見ものですわ!」
オペラグラスを目に押し付け、ダヴィーナが興奮した様子で言った。
「さてさて、いくらになるのかな」
私もワクワクしながら舞台を見る。
「金貨5000枚、5300枚、6000枚、ここで大きく10000枚! 12000枚、12500枚、20000枚! 25000枚、30000枚、40000枚! これ以上はいませんか? それではティアラは本日最高額金貨40000枚で落札です!」
日本円で約4億か。すごいな。
客たちはワーッと盛り上がって拍手をして、舞台の幕が下りる。これでオークションは終了だ。
「最後にミレール商会が落札しましたけど……大丈夫かしら。わたくしの知るかぎり、指輪だけでなくティアラまで落札できる資金力はなかったはずですわ」
「落札した商品だけもらってお金を払わないとか?」
「それは有り得ないですわ。オークションはその場で一括払いが原則ですの。支払いができない場合は騎士団に逮捕されてしまいますし、それを長年商会長を務めている方が知らないはずがありませんもの」
結局、ミレール商会はきちんと代金を支払った。
別邸に出したハーチス商会の店の売り上げもかなりのものだったし、オークションは大成功だ。
ダヴィーナにオークション成功を祝した打ち上げに誘われたが、私は丁重に断った。
代わりに副商会長のエンジュと、店員として頑張ったミタメルたちや孤児院の子たちに行ってもらった。
「グラジオラス辺境伯の騎士たちがいなくなった今が狙い目だと思ったんだよねぇ」
私はオークションの後、ネックレスを落札したブランシェ公爵令嬢の馬車を尾行していた。
そうしたら、この間荒野で遭遇した賊と同じ黒づくめの服を着た刺客が現れたのだ。
馬車の前に立ちふさがり、彼が武器を取り出したところで私が現れる。
「こんばんは。綺麗な月夜ですね」
洒落たことを言いつつ、私はブランシェ公爵令嬢を乗せた馬車を先に行かせると剣を握った。
「……先行隊をやったのはお前か? ただ者ではないな」
「あなたはロベリア王国の刺客?」
「そうだ」
「あっさり認めるんだな」
刺客の男の構えに隙は無い。私の直感が言っている。この男は今まで戦ってきたどの人間よりも強い。
「お前を殺して役目を果たす」
「そんな簡単にはいかないよ」
「いくさ。すべては親愛なるご主人様のために」
私と刺客は相手を倒すため、同時に駆け出した。




