39話 初心者商人とオークション 前編
「どうしてって……向こうが勝手に襲って来たんですけど」
私はグラジオラス辺境伯にロベリア王国の刺客と戦った経緯を伝えた。
「ロベリア王国指名手配犯の異世界人と遭遇したのは、まったくの偶然という訳か」
「誰もいないと思ってスキルを試していたので、馬車が現れてびっくりしましたよ。たぶん、お互い様だったんでしょうけど」
グラジオラス辺境伯は地図を広げ、ロベリア王国の刺客と遭遇した場所を指さした。
「このまま右に進み森へ入れば、遠回りになるが目立たずにグラジオラス領に近づける。忍び込むなり、強襲するなりすれば街には入れる。問題はそこで何をしようとしていたかだが……」
「グラジオラス領には何かお金になりそうなものがあるとか?」
「特別グラジオラス領だけにある特産物などはない。我が辺境伯家の宝物も歴史ある貴族としてはありきたりのもの。ダンジョンに関しても初心者向けで大きな利益は望めない」
「誰か暗殺したい人がいたとか?」
グラジオラス辺境伯は私のことをジッと見た。
「ハーチス。ロベリア王国はお前を殺したいだろうな」
「そうでしょうね」
「だが、それと同じぐらい……いいや、それ以上に私はロベリア王国から憎まれている。過去何度もロベリア王国とアシュガ帝国は戦争をしてきた。我がグラジオラス辺境伯家は戦の先頭に立ち武功を上げたからな」
そう言ってグラジオラス辺境伯は自分の紅い眼を指差した。
「そうしているうちに、グラジオラス辺境伯家特有の紅い眼はロベリア王国で恐怖と差別の対象になったのだ。私の甥である現皇帝も紅い眼故、今もロベリア王国とは仲が悪い」
「やはりグラジオラス辺境伯を殺しに来たんですかね?」
「……分からん。暫定的にロベリア王国の刺客としているが、気になることもある」
「というと?」
「私を暗殺しに来たというのなら、何故ロベリア王国所属と分かる武器を大量に持っていた? あまりにもお粗末だろう」
確かに暗殺や工作活動をするにしても所属を特定する武器を持つのはおかしい。
スパイ活動をするなら普通の旅人として潜入した方がいいのに、特殊な馬車で忍ぶようにグラジオラス領に近づいていた。
行動が矛盾している。
「ロベリア王国の刺客なのか、それを騙った別の組織なのか」
「……不明な点が多すぎる。グラジオラス領で行う直近の催しはオークションだ。グラジオラス辺境伯家の騎士を警備に出すことにしよう。商業ギルドにはこちらから話をつけておく」
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらの方だ。未然に刺客がグラジオラス領に入るのを防いだだけでなく、一人だけだが刺客を生け捕りにしてくれた」
グラジオラス辺境伯は少しだけ口角を上げた。
「拷問してでも情報を吐かせるしかないですね」
「自決した仲間の事もある。順調にはいかないだろうが、どうにかするのが領主の仕事だ」
そう言うと、忙しいグラジオラス辺境伯は部屋を出て行く。
「さて、私も行きますか」
部屋を出ると、シロタとモカが口喧嘩しながら待っていた。
「わふぅーん」
「この犬! この短足こそが可愛いの象徴だと何故分からない!」
「はいはい。そのぐらいにして。この後も予定があるんだから」
私はポケットに入れていた、エンジュから預かった商会長のやることリストを取り出した。
「まずはコールライト工房の女将とアッシュに、盗賊と指名手配犯から奪った宝石を渡す。その次はモカを家に連れて行ってミタメルたちに紹介。その後は一週間かけてアシュガ帝国の各地へ<転移>して、色々と物を集めてこないとね」
もし、今回の刺客が私のオークションを狙ったものだというのなら、絶対に首謀者の思い通りにはさせない。
私は決意を固めると、シロタとモカを連れて騎士団の詰め所を出るのだった。




