38話 初心者冒険者とポメラニアン
ポメラニアンといえば、世界的な大人気犬種だがそれは地球での話。異世界にいるとは、いったいどういうことだ?
「ねえ、シロタ。犬系の魔物って他にどんな種類がいるの?」
「ボクでも知っているのだと……シバイヌ、ビーグル、シェパード、パグなど、多種多様です」
「……全部地球と一緒だ。異世界人が魔物の名前をつけたの?」
「いいえ。魔物というのは最初から神によって名前がつけられていますよ」
異世界と地球の共通点が多い。
思えば鉱物や野菜なんかも地球と同じものがあったりした。もちろん、異世界にしかないものもあるが。
「まあ、考えても仕方ないか」
答えの出ない問いを考えるのはやめて、今は目の前のもふもふドッグに目を向ける。
「わふっ?」
「うちの子になろう。なるべきだ。なってください!」
「わあんッ」
ポメラニアン・ドッグがこちらを見て楽し気に吠えた。
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▶ポメラニアン・ドッグの変異種を使役しますか?
はい / いいえ
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「はい、以外の選択肢はないな」
「わんッ」
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▶スキル<魔物使い>により、ポメラニアン・ドッグを使役しました。
▶もふもふで可愛いですね。名前をつけてあげてください。
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名前か。ここは見た目に忠実で可愛い名前をつけてあげたい。
この子、たぶんメスだよな。
「茶色い毛並みでコーヒーみたいだし、『モカ』なんてどう?」
「わんわんッ」
どうやら喜んでもらえたようだ。
「くっ……犬がボクの座を狙っている! 生意気な」
シロタは嫉妬の炎を燃やすが、モカは首をこてんと傾げた。
「わぅん?」
「なんだとー! ボクの方が絶対に可愛いし、ご主人様に愛されているんだ!」
「わフフッ」
「お前、この犬ぅぅううう!」
もしかして、この二匹言葉が通じている?
だとしても、シロタにモカの通訳を頼むのはやめよう。
昔、犬を飼っていた人が言っていた。言葉が分からないからこそ、ペットをたくさんお世話したくなるのだと。
それに、犬に夢を持っていたいし。
「わふ?」
モカが突然耳をパタパタと動かし、遠くを見る。
すると護衛もない地味な見た目の馬車が、猛スピードで走っていた。
「何かに追われている……訳ではなさそうだ。それにしたって、普通の荷馬車はあんなスピードは出ないぞ。地味な見た目だが、性能がいいのか?」
もしも富裕層が乗っているのなら、護衛の一人はいるはずだ。
私は違和感を持ちながら近づいてくる馬車を見ていると、窓のカーテンが一瞬だけ開いた。
「黒づくめの男!?」
スキル<超感覚>による並外れた視力で捉えた男の顔は堅気には見えず、口元を黒いマスクで覆っていた。
「……盗賊か?」
私が呟いた瞬間、馬車の窓が僅かに開けられ、そこから私の目へと一直線にクナイが投げられた。
「敵襲! シロタ、モカ!」
私は腰に差していたナイフを引き抜き、クナイを弾く。
その隙に馬車の中から黒づくめの男たちがぞろぞろと出てきた。数は6人か。
「クマさん1号を置いてきてしまいましたよ! これではスキル<人形師>が使えません」
シロタはあたふたとその場をグルグルと駆け回る。
「ヴヴヴッ」
モカは黒づくめの男たちに唸り、威嚇している。
不死身のシロタはともかく、この度めでたく私のペットになったモカを危ない目に遭わせる訳にはいかない。
……開けた場所だから毒魔法はあまり効果はないな。
私はアイテムボックスから立派な大剣を取り出して構える。
そして相手を睨みつけ、右足にグッと力を入れて走り出す――――ふりをした。
「スキル<石化>!」
私が叫ぶと男たち全員の片足が石化した。
驚いた彼らはすぐに退却の準備を始めるが、片足が石になって俊敏に動ける者はいない。
「まずは一人目!」
一番近くにいた男の腹を思い切り蹴り飛ばし、意識を刈り取る。
そして二人目を追いかけようとすると、残り5人の黒づくめの男たちの動きが止まった。
「……なんだ?」
数秒痙攣したかと思えば、同時にバタリと倒れる。
近づいてみれば、男たちは白目を向いて死んでいた。
「自決か? 潔すぎて気味が悪いな」
今まで捕まえてきた盗賊たちは、戦うにしても逃げるにしても自分の命を優先した行動をとっていた。
「とりあえず、スキルをいただきますか」
私はスキル<転移>を使い、黒づくめの男たちのスキルを奪う。
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▶盗賊?たちから、まとめてスキル<暗殺術A><洗脳A><闇魔法D><記憶B><鑑定E><体術C><毒耐性B>を転移しました。
▶蜂須莉々菜のスキル<体術>の熟練度がA→Sになりました。
▶蜂須莉々菜のスキル<鑑定>の熟練度がC→Bになりました。
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いらない<毒耐性B>をシロタに転移させると、私と違ってスキルの経験値が統合されずに<毒耐性B>と<毒耐性C>が共存している。
どうやら、同じスキルをたくさん他人に転移しても基本的には意味がないみたいだ。
「それにしても<暗殺術>に<洗脳>って……やっぱりコイツら盗賊か?」
私は馬車の中に入り込むと、収納スペースを漁る。中には金貨が一袋と最低限の保存食、そして武器がたくさん詰められていた。
「湿気た報酬だな」
「ボクのご主人様が蛮族すぎる」
「わふん?」
金貨をアイテムボックスに入れると、私は馬車から出た。
この馬車は性能が良さそうだし、商会のお土産にしたら喜ばれそうだ。
「ほら、シロタ、モカ帰るよ」
私は二匹と馬車と黒づくめの男たちの死体と生き残った一人を連れて、マスカーニの街の関所の前に転移した。
「わんわん!」
モカが嬉しそうに尻尾を振っている。
「可愛いなぁ」
関所の前には人が並んでいたので、私も大人しく最後尾についた。
転移すれば関所を通らずに一発で帰れるが、さすがにモカを連れていくとなると、許可がいるかもしれない。私はきちんと配慮できる大人なのだ。
「な、なんだこの魔物は!? 変異種か!」
モカを見て剣を抜いた門番の前に私は立ちふさがる。
「私のペットです。可愛いでしょう? ちゃんとスキル<魔物使い>で使役しているので、悪さはしませんよ」
「わん!」
モカはおすわりをして、賢さをアピールしている。
「さ、さすがハーチス様。使役しているのなら安全、ですよね? そうですよね」
「これが魔物の申請書類? シロタの時はなかったけど」
私は申請書を奪い取りサラサラとモカの情報を書き、損害賠償請求に同意のサインをして門番に渡した。
「あと、後ろにある馬車の中に荒野で襲ってきた男たちがいるから。ひとりは捕まえたんだけど、残り5人が自決したから死体で乗っている。なんか武器とか入っていたし、密売でもしようとしていたんじゃない?」
「すぐに確認します!」
門番が急ぎ同僚たちと馬車へ乗り込んだ。
そしてしばらくすると、騎士団の偉い立場の人が私を詰め所へと連行していく。
「……それで。どうしてロベリア王国の刺客と戦うことになったんだ」
「あいつら盗賊じゃなくて、あの国の刺客なんですか? ……賞金でないじゃん」
どうやら私はこれから疲れたグラジオラス辺境伯から尋問を受けるようだ。




