37話 初心者冒険者と転移門
「商会長、オークション会場の視察の準備ができています」
「商会長、新しい従業員を採用をしたいので履歴書の確認をお願いします」
「商会長、当日のアルバイトの件ですがラザロさんの出身孤児院にお願いして人員を確保しました」
「商会長、出店場所の内装案をいくつか考えましたのでご意見をお聞かせください」
「商会長、コールライト工房の進捗状況はこちらの資料になります。足りない素材の手配を済ませました」
御覧の通り、エンジュをハーチス商会の副商会長にしてからというもの仕事が爆速で進んでいる。
「いやー、ゆっくり研究ができるとは思わなかったな」
私は家の敷地内にある納屋で薬剤を作っていた。
まず最初にスキル<薬師>で保湿剤を作り、そこにスキル<毒魔法>で作った毛を一か月生えなくする毒を創り上げる。
そして保湿剤と毒を混ぜれば、即席の脱毛剤の出来上がりだ。
「脱毛剤は身内で試してから、エイミーとダヴィーナ経由で冒険者ギルドと商業ギルドの職員に試供品を渡すか」
効果を永久ではなく1か月にしているのは、この方が継続的なお客様になってくれる確率が上がるからだ。
「あともう一つの方はどうしようか。さすがに試せないし……」
透明な瓶に詰められた黒色の液体。それは強制的に剛毛を生やす毒だ。身体に塗ったら一大事だが、禿げた人が塗ればどうなるのか……。
この世界に効果の高い育毛剤がないのはエンジュから聞いている。そして、ハゲは地球と同じく貧富の差関係なく訪れるということも。
「育毛剤は広く売らないで、紹介制にしたいな。価格は高めで、貴族を中心に取引できれば優位になれる」
来るべき権力争いを見据え、自分の武器は一つでも多く揃えておきたい。
「人間関係は利害関係とイコールだからね。付き合う価値があると分かれば嫌でも気を遣ってくれるし、なめられればぞんざいに扱われる」
私は育毛剤の瓶をいくつか用意し、冒険者のダグに渡すことにする。
彼の年代なら頭皮の荒廃に悩みだす頃だろうし、そういう知り合いも多そうだ。
エンジュに育毛剤を託すと、私はシロタを連れて滅びた国があった荒野へと<転移>した。
「ご主人様と久しぶりに二人っきりになった気がします」
「そうだな」
私は嬉しそうなシロタを地面に下ろした。
「それではスキル確認のための実験を行う!」
「えっと……ボクは?」
「実験台だ!」
「そんなことだろうと思いましたよ!」
だって、ミタメルやアルフはまだ子どもだ。実験台にするなんて、さすがの私も世間的にまずいと理解している。
エンジュは休む暇もないくらいに忙しい。
それに比べてシロタときたら、人権はないし、死なないし、あんまり忙しくない。適任だろう。
「新しくスキル<転移>に機能が追加された。その名も転移門」
私はステータス画面に表示されているスキルをタップした。
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ユニークスキル
<転移B>
MPを使用し、最大1万キロメートルまでなら自由に他人と自分と物の転移。半径1キロメートル以内の物質以外のものの転移。スキルの記憶を転移できる。転移門を10か所設置が可能。
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「うーん。説明だけじゃ分からん。試してみるか」
私は目の前に手をかざし試しに念じてみる。
「いでよ、転移門!」
ズズッと地面から黒と青色の扉が現れた。オシャレなレリーフのついたどこでもドアとでも言えばいいだろうか。
「ん? 下の方になんか画面があるな」
しゃがんで画面に触れると、光に透けたキーボードが出てきた。
『転移門ノ条件ハ、ドウシマスカ?』
100文字以内で入力できるようだ。この扉を通れる条件を差しているのか?
私は疑問に思いつつも、『私ノ精霊ダケ通レル』と入力し、OKボタンを押す。
『繋グ先ノ転移門ヲ指定シテクダサイ』
どうやら転移門は最低でも二つ必要なようだ。
私はもう一つ転移門を出し、その二つの転移門を繋いだ。
「MPの消費は転移門2つで6000か。維持管理にもまた別のMPが必要になるのかは要検証だな。よし、シロタ転移門をくぐって」
「うっ……分かりました」
シロタは恐る恐るといった感じで転移門をくぐると、もう一つの転移門から出てきた。シロタの消費MPはなく、私から追加のMPも徴収されない。
「すごいですよ、ご主人様!」
「試しに入ってみるか」
私が転移門に入ろうとすると、電気が流れたかのように光り、ビリビリとした痛みが手に奔る。
転移門の画面をタップし、今度は『私トシロタダケ通レル』と条件を修正する。
「今度はすんなり転移門を通れたな」
次に私は転移門に石を投げると、当然のことながら石は弾かれた。ただし石を持ちながらだと通れるようだ。
「荷物は通れるってことか」
帝都の屋敷ももらったことだし、そこと家を転移門で繋げば管理もしやすくなるだろう。
「よし。転移門の実験は終わり。帰るか」
「そうしましょう」
シロタが肩に乗り、私は<転移>を発動しようとする。しかし、ハアハアという獣の息遣いと気配がして振り向くと、そこには――――体長3メートルはある犬がいた。
犬の体毛は茶色で砂埃に塗れている。目つきは鋭く、こちらを睨んでいるように見えた。私とシロタに向かって牙を出して唸っている。
「…………か、可愛ぃぃいいいいいい!」
「嘘でしょ、ご主人様!? ボクという精霊がいながら!」
「シロタは知性のありすぎる傲慢な獣でしょ。この子はほら! 純粋無垢で可愛いワンちゃんじゃないか」
「いやいや。コイツの目つきは最悪ですし、犬の魔物がこんなに大きいなんて異常ですよ。ボクの方が可愛いと思います。それにコイツは絶対に変異種の魔物ですから危険です。大方、でかくなりすぎてペットにしていた貴族に捨てられたんでしょう」
「この子はでかくて、この目つきだから可愛いんだろうが!」
私が近づくと、犬はころんとひっくり返りお腹を出した。そしてお腹を撫でてほしそうに、上目遣いでこちらを見てくる。
「かんわぁいいいい!」
私は犬のお腹を高速でなでなでした。そして、腹毛に顔をうずめる。ちょっと獣臭いがそこがまたいい。
「ちょっとご主人様! コイツ今、ボクのこと馬鹿にしたように見てきたんですけど!」
「気のせいだろ」
「むきぃぃいいいい!」
叫ぶシロタを無視し、私は犬を<鑑定>する。
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種族:ポメラニアン・ドッグ(魔物)
ユニークスキル
巨大化
ノーマルスキル
嗅覚S 炎耐性B 超再生C
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……え、ポメラニアン!?




