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閑話 鯨岡星斗の勇者業とエリーゼ姫の気まぐれ


 ロベリア王国のエリーゼ姫に勇者として召喚された鯨岡くじらおか星斗せいとは、地方に住む普通の男子高校生――――ではなかった。


 鯨岡家は入れ替わりの激しい日本皇国の財閥100選の中に数十年前から選ばれており、現在の等級は第68位で県内では三指に入る名家だった。


 だが星斗の両親の夫婦仲は悪く、10歳の頃には跡取りの星斗を置いて、母親が異父姉を連れて出て行ってしまった。


 母親が自分を捨てて出て行ったという事実は、みんなの役に立つ人間にならなければ自分に価値はないという強迫観念を抱くほど幼い星斗の心に重くのしかかった。


 その後の家庭環境も悪く、父親は仕事と称して愛人宅に入り浸り、何かと母親のことを持ち出しては星斗を躾ける祖母が常に家にいた。


 祖母に同級生で付き合いを許されたのは、弁護士の父を持つ前橋まえばし蒼真そうまと、千年以上の歴史を持つ神社の娘である浅葱あさぎ美桜みおだけで、ふたりは星斗にとってかけがえのない幼馴染だった。


 蒼真と美桜がいたおかげで、星斗は曲がらずになんとか生きてこれた。


 高校に進学してからは祖母の権力が薄れたからか、友達付き合いに文句を言われることはなくなった。


 美桜の友達である蝶野坂ちょうのざか茉莉まつりともすぐに仲良くなり、4人で登下校するのが日常となる。


 そして高校3年に上がって本格的に進路を定め出した頃、星斗たち高校生4人と莉々菜が異世界に召喚されたのだ。



「美桜のことが心配だけど……まあ、蒼真がいるし大丈夫だろ」



 仲良しメンバーの中で美桜だけがステータスもスキルも強くない。しかも、同じ回復魔法持ちで優秀な茉莉がいるので、比較して辛く当たる貴族もいるようだ。


 だが、そこは蒼真が美桜に寄り添い守ってくれるだろう。


 何故なら、蒼真は初めて会った時から美桜のことが好きだったからだ。


 茉莉に関しては上手くスキルを使って立ち回っているし、ちゃっかり王子の一人といい感じの雰囲気になっているので心配していない。



「エリーゼは今頃何をしているかな?」



 馬車に揺られながら、星斗は思い人のことを想う。


 異世界に召喚されてすぐにか弱くも美しい姫に潤んだ瞳で「お助けください、勇者様」と声をかけられて、星斗は男子高校生らしく単純に恋に落ちた。


 エリーゼ姫は<勇者>スキルと対となる<姫>スキルを持って生まれたばかりに、男でも長子でもないのに次の王様に内定してしまっていた。


 重い責任に崩れそうになりながらも健気に頑張るエリーゼ姫を星斗は勇者として支えることにした。


 そうして一緒に過ごしているうちに、エリーゼ姫は星斗を好きだと言ってくれた。魔王を討伐した後に結婚しようとも。


 さすがに結婚は早すぎる気もするが、初恋のエリーゼ姫と夫婦になれたら幸せな家庭を築けそうだと星斗は思った。



「勇者様! 村に着きましたよ」


「ありがとう。まだ馬に乗れないから助かったよ」



 御者をしていた騎士にお礼を言うと、星斗はロベリア王国の端にある村へと降り立った。


 御付きの騎士に村長を紹介されると、星斗は気取らない笑みを浮かべた。



「エリーゼ姫の勇者、セイト・クジラオカです。よろしくお願いします!」


「こんな貧しく何もない村に来ていただけるとは……勇者様、本当にありがとうございます」


「魔物はどこですか? 早く討伐に行かないと!」



 村の人たちはやせ細り、身体が汚れている。村の家々も修繕ができていないところが目立ち、星斗は村人たちが魔物の脅威のために過酷な生活を送っていることを察した。



「村から出てすぐの森にオークが30体はいます。時折、家畜や畑を荒らし、村人を攫って行きます。近くの街の冒険者ギルドに依頼は出しましたが……安い報酬では受けてくれる冒険者もおらず……」



 沈痛な面持ちの村長を安心させるように、星斗は自分の胸をトンッと叩いた。



「安心してください。困っている人を助けるのが勇者の役目ですから!」


「勇者様、ありがとうございます」



 涙を流す村長に勇者は苦笑しつつも、胸の奥がむず痒かった。



 猟師の若者に案内され、森の奥に行くとちょうどオークの集団がいた。


 一匹のオークを大勢で取り囲んで攻撃をしている。そして倒れたオークの肉体を全員でちぎり食べていた。


 増えすぎたオークたちの習性に共食いがあると本で勉強していたが、実際に見るとエグい。



「確か共食いをし続けて最終的に残った一匹が、変異種のオークジェネラルとかオークキングに進化するんだったな」



 変異種に進化する前に発見できてよかったと星斗は安堵すると、剣を握りしめる。



「騎士の皆さん。いきますよ! 『ファイヤーランス』」



 星斗はオークに向かって駆け出すと、火魔法を放った。

 

 それらは見事オークの集団に当たり、不意を突くことができた。


 騎士たちも確実にオークを一体ずつ複数人で処理をしていく。



「村人のため、エリーゼ姫のため、俺の経験値にさせてもらうぞ!」



 レベルを50にすることが、星斗の今の目標だった。


 普通の騎士では単独で相手にするのが難しいオークを、星斗はバッタバッタと倒していく。


 それを見て、騎士たちはさすが勇者だと盛り上がっている。


 星斗の活躍もあり、オークは一時間ほどで討伐された。



「勇者様、ありがとう!」


「勇者様、万歳!」


「ボク、おおきくなったら、ゆうしゃさまみたいな、かっこいいひとになるんだ!」



 村に帰ってくると、村人たちが熱烈に星斗を歓迎した。 



「ありがとうございます、勇者様。貧しい村故、何もお礼はできませんが……せめて、感謝の宴を開かせてください」


「お礼なんていりませんよ。勇者として当然のことをしただけです。それに宴は辞退させてください。急ぎ、次の村に向かわなくてはならないんです。魔物に苦しめられているのは、ここだけではありませんので」



 星斗が決意の表情でそう言うと、村長は観念した。


 村人全員で勇者を見送りすると、後始末に残った数人の騎士が笑みを浮かべる。



「それじゃあ、お礼をしてもらおうか」


「え、勇者様がお礼はいらないと……」


「それは勇者様の話だろ。俺らは無償労働なんてする気はねーぞ」



 武器を構えた騎士たちに、村人たちは震え上がる。



「オークの被害で、本当に渡せるものなんて残っていないんです!」


「冒険者ギルドに依頼を出していたんだから、少しは金を蓄えているだろ」


「そ、それでは次の冬を越せなくなります」


「知るかよ」



 騎士たちは民家に入ると住民を武器で脅してなけなしのお金を奪い取った。



「女で楽しみたかったが、芋臭くて汚ねーのしかいねーな」


「適当に村人を売って金にして、王都の娼館にでも行こうぜ」


「冬になったら何人か餓死するんだから、事前に村人を間引いてやるなんて俺ら優しー」



 自分の妻や子供たちに向けられた下衆な視線に耐えかねて騎士たちに歯向かおうとした男たちがいたが、それらはすべて騎士たちに殺される。


 元々、食料不足で身体が弱っていたのもあるが、訓練された騎士に丸腰で敵うはずもない。



「ああ、こんなことなら……勇者なんかに頼るんじゃなかった……」



 若い村人たちが連れ去られ、老人ばかりになった村で村長は涙を流した。




    ☆




 一方、その頃。星斗に魔物討伐を命じ、騎士たちに報酬として略奪を許可したエリーゼ姫は侍女にフットマッサージをさせながら羽を伸ばしていた。


 そして暇つぶしがてら影から渡された報告書を読む。



「アシュガ帝国で史上最速Aランク冒険者の誕生、ねぇ。……リリナ・ハーチスという名前から察するに異世界人ではなさそうね。どこかの国で政争にでも負けた武人かしら」



 まだ捕まえていない召喚者を思い出しながらエリーゼ姫は呟いた。



「……あら。この冒険者が壊滅させた盗賊団の一つは、わたくしのアクセサリーを盗んだヤツらじゃなくって?」


「その可能性が高いです」



 エリーゼ姫に不要と切り捨てられロベリア王国から脱走した騎士たちで構成された盗賊団は、復讐心から優先的にロベリア王国と取引のある馬車を襲っていた。


 数週間前にエリーゼ姫が楽しみにしていた宝石がふんだんにあしらわれたアクセサリー類を強奪したと聞いた時は、畜生にも劣る下民のくせに調子に乗るなと怒りに震えたものだ。



「まだそれほど時間も経っていないし、売り飛ばせてなさそうね。あなたたちは逃げ出した異世界人も目障りな勇者と姫も殺していない役立たずだけど……お使いをちゃんとできるかしら?」


「御命令とあらば」



 従順な影にエリーゼ姫は満足する。


 彼らがエリーゼ姫を裏切ることは絶対にない。何故ならユニークスキル<絶対服従S>によって心を縛っているからだ。


 ユニークスキル<絶対服従>は、エリーゼ姫の命令を聞くと約束した者は必ず命令に従ってしまうというものだ。


 約束は口だけでもよく、王族という絶対的権力のあるエリーゼ姫と相性が良かった。



「冒険者如きが、わたくしのアクセサリーで儲けようなんて図々しい。グラジオラス領のオークションが始まる前に、出品される商品をすべて手に入れて来なさい。くれぐれもわたくしのためになる行動を心がけてね?」



 エリーゼ姫の中では莉々菜は泥棒になり、オークションに出品される物はすべて自分の物だという解釈になった。


 そもそも、手元に届かなかったアクセサリーは代金を支払うこともしていないのだが。



「御意に。すべてはご主人様のために」



 影は敬服する主に心を込めて言葉を紡いだ。




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