閑話 皇帝ディミトリエと賢者リュネルの密談
アシュガ帝国帝都の中心に聳え立つ堅牢な城。その奥にある玉座の間には、この国の頂点である皇帝ディミトリエ・フォン・アシュガがいた。
輝かしい金髪に、見る者をぞっとさせる冷たい紅の瞳。怜悧な面差しに、すぐれた武人だと一目で分かる体躯。そして、広大な国をまとめ上げる圧倒的なカリスマ。
そして、人を信用しない血濡れの猜疑帝でもあった。
「おい、リュネル。グラジオラス辺境伯から例の勇者を貴族に推薦したいと書状が届いたぞ」
声をかけられたのは、ディミトリエとは正反対の美貌を持つ青年だった。
腰まである銀の髪に、宵闇を連想させる紫の瞳。中性的な精緻な顔立ちに、柔和な表情を浮かべている。すらりとした体躯だが戦士として鍛えられており、長く尖った耳は彼がエルフ族であることを示している。
歴代の皇帝に仕え続けた、帝国の賢者。それが彼ハイエルフのリュネルだった。
「我の言葉を聞いているのか?」
「ああ、すみませんね。感動的な場面だったもので」
虚空を見つめていたリュネルは、やれやれと言った様子でディミトリエへ視線を移した。
「……このストーカーが」
「俺はストーカーではありませんよ! 見守っているだけです!」
リュネルが最近熱を上げているのは、ロベリア王国が召喚し逃走を許した勇者、蜂須莉々菜の監視だった。
リュネルにはディミトリエも詳細を知らない強力なスキルを持っているらしく、離れた場所の相手を覗き見ることができる。
それを使って敵対国であるロベリア王国の勇者召喚を観測していたのだ。
エリーゼ姫に首ったけの勇者は早々に観察を止め、世界をひっくり返すようなスキルを持ち、召喚した姫が不明の莉々菜を優先的に監視している。
……のだが、ディミトリエは超合理主義の莉々菜の行動を楽しみにしていた。
「して、今度はどのような珍事を引き起こしたのだ?」
「陛下の喜ぶような変異種の魔物との戦いなぞありませんよ」
「それならば、何故そんなにも嬉しそうなのだ?」
「彼女が獣人族を立ち上げたばかりの商会の副商会長に任命したんです。しかも、奴隷のように働かせる訳でもなく、正当な報酬と勤務を約束した真っ当な労働契約を結んでいます」
「……お前は本当に獣人族が好きだな」
ディミトリエが呆れた顔をすると、リュネルが眉間に皺を寄せた。
「シスコンの陛下よりマシです」
「うるさい! シスコンで何が悪いのだ。お前は勇者のストーカーばかりしているのではなく、我の妹を早く見つけろ!」
「……うるさいのはどっちですか。そもそも、陛下の妹は10年前に99.9%政敵の手で抹殺されていますよ」
「だが、妹の遺体はなかった! 今頃は粗末な孤児院で震えているかもしれん。つべこべ言わずに探せ!」
「はいはい」
ディミトリエは、自分の妻たちや子どもたちに対して冷酷な判断を平気で下せる。
しかし、同母腹の妹だけは違うらしく、10年前から出産直後に殺されたとされている妹をずっと探しているのだ。
彼女の誕生日には、毎年年齢に見合ったプレゼントを用意しており、それらは城の宝物殿に厳重に保管されていた。
「話を戻すが……グラジオラス辺境伯から蜂須莉々菜を貴族にしたいと申請がきている」
「いいのではないですか? 安く性能のいい新しい魔力抑制剤のおかげで、優秀な皇子のひとりが元気になりました。貴族となる功績としては十分でしょう。魔力異常症の人間は強力なスキルを持っていることが多いですし、長期的に見て帝国の戦力増強となります」
「こちらとしても勇者を監視下におけるのは望ましいことだな」
「陛下の叔父様が面倒をみてくれるようですし、魔王と同系統のスキルを持っている彼女が謀反を起こす可能性は低いでしょう」
ディミトリエは推薦状を眺めながら口角を上げる。
「爵位はとりあえず男爵でいいか?」
「いいえ、子爵にしましょう」
「それでは貴族たちが不満を申すだろう」
ディミトリエが難色を示すと、リュネルは不敵に笑った。
「新興貴族に領地を与えるには、子爵でないといけませんから。他の貴族たちも、与えた土地が滅びた獣人の国があった場所であれば不満はないかと思います」
「自分の望みを叶えるために目を付けておいて、無理難題を投げるとは……相変わらず腹黒いな。いや、鬼畜の所業と言っていいだろう」
ディミトリエが呆れた様子で言うと、リュネルは額に青筋を浮かべた。
「愛情はないくせに、女に手を出しまくって後宮築いてるヤツに言われたくないですよ」
「黙れ、1000年童貞!」
「なな、なななッ。 童貞であることは恥ずべきことではありませんから! 高潔な精神の現れですから!」
「どうかな。意気地がないだけろ。バジリスクと戦った勇者の裸をうっかり覗いて、一日中顔が赤かったもんな。このムッツリハイエルフが」
「この100年も生きていないガキがぁあああ!」
玉座の間では、皇帝と賢者の言い争いが続くのであった。
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