36話 初心者商人と採用面接
スキル<転移>で最短の移動で行動できるとはいえ、何から何まで私がやっていては期日までにオークション会場で店を出すなんて無理だ。
「早急に経営を任せられる人材が必要だな」
今、一番求められているのは、私が出した目標を達成するために動く管理職だ。
「……普通に店番とかのアルバイトの人材も必要だな」
確か冒険者ギルドでは職安も兼ねていたはずだから、エイミーに相談してみよう。
私は急いで冒険者ギルドに向かい、受付カウンターに居たエイミーを捕まえた。
「冒険者が冒険者に依頼って出せるの?」
「仲介料さえいただければ出せますよ。ハーチス様に戦闘の補助はいらないと思いますし……もしかして、オークション関係の人員の募集ですか?」」
「そうそう」
「募集を出すことはできますが……もう、すでに色々な店が募集をかけていますので、当日に時間のある人はほとんどいないと思いますよ」
ギルドの掲示板を見れば、GやFランクの依頼で色々な店の求人が出ている。オークション当日には街中もお祭り状態になる予定のため、他の経営者たちは私が動くよりも先にアルバイト募集をかけていたのだろう。
……これが経験の差か。
私は日本で働いてはいたが、事務や営業の仕事ばかりで店舗経営なんてやったことがない。
「とりあえず、アルバイトの求人だけ出しておいてくれる?」
「分かりました」
ダメもとで求人を出すと、私はまた商業ギルドへと向かった。
「ダヴィーナ! いる!?」
「はい、ここにいますわ!」
ダヴィーナは2階から飛び降りゴロゴロと転がって着地の衝撃を殺すと、私へ営業スマイルを浮かべる。
「緊急の案件なんだけど。ハーチス商会で私の右腕になれる人材を紹介して欲しい」
「それは急ですわね……うーん……今はオークション準備で街中が忙しいですわ……」
「で、いくら欲しいの? 金貨1000枚ならすぐに出すけど」
「すぐに面接会を開きますわ!」
ダヴィーナは私の取り出した大金貨の袋を奪い取った。
「採用条件はどうしますの?」
「とにかく有能な商会業務経験者」
「それ以外は特にありませんの?」
「大丈夫。商会の金を横領しようものなら、地獄の果てまで追いかけて破滅させるから」
「なるほど。それでしたら、また明日来ていただけます?」
私はダヴィーナに明日また商業ギルドを訪れる約束をして、今日のところは家に帰った。
夕食の席で私はシロタ、ミタメル、アルフにオークション会場で店を開くことを伝える。
「何かわたしにできることはありますでしょうか?」
「僕もリリナ様を手伝う!」
「ボクも<人形師>のスキルを上手く使えるようになってきたので、ご主人様の役に立てると思いますよ」
「ありがとう。正直、みんなの力は当てにしている。明日、商会の管理職候補の面接に行ってくるから、その人に色々と差配させるつもりだ」
コネと金をフル活用して、異世界一の富豪になってやる。
☆
次の日、私は商業ギルドの面接会場にいた。
面接官として悠然と部屋で待ち構える――――のではなく、採用面接に来た人たちの待機部屋にいた。
新卒が就職面接でやられた嫌な事ベスト3に入るであろう、待機部屋での観察を行っているのだ。
戦いは始まっているのだよ、諸君。
「早く面接始まんねーかな」
「商会長は冒険者上がりみたいで、立ち上げたばりにしては資金力があるみたいですよ」
「ハーチス商会って新参者だろ? ここにいる全員受かるんじゃねーの?」
集まっているのは10人ほど。昨日、いきなり告知したにしては多いんじゃなかろうか。
「まあ、獣人以外は合格するだろ」
「獣人はな……」
そう言って、彼らは獣人の女性に視線を送る。
しかし、獣人の女性は気にした様子もない。
……さて、今のうちに全員のスキル鑑定でもしておきますか。
私が彼らの名前とスキルを記憶したところで、採用開始時間を告げる鐘が鳴る。
「はい。そこのあなたと、あなたと――――それからあなたと、あなたとあなたは帰ってください。不採用です」
「は、はあ? 何を言ってんだ! こっちはダヴィーナ副ギルドマスターがバックに付いているんだぞ」
「ハーチス商会会長の莉々菜です。不合格になった方が出て行くまでに5秒待ちます。それ以上かかる場合は強制的に排除しますのであしからず。お互い忙しい身でしょう? 時間は効率的に使わないと。私が街でなんと呼ばれているか、有能なあなたたちなら知っていますよね」
「く、首狩りハーチス」
「ごー、よん、さん、にー……」
怒鳴りつけてきた男に淡々と言い返すと、彼らは何かを察したのかそそくさと部屋を出て行く。
ダヴィーナが連れてきただけあって、状況判断が適格だ。
「では、残った皆さんで面接をします。商業ギルドの職員が案内してくれますので、呼ばれた人から面接室へどうぞ」
私は残った彼らの前で面接室へと<転移>した。
面接は順調だった。成果としては可もなく不可もなく。淡々と進行していく。
「エンジュ・カネノセです。犬系獣人、年は41歳です」
最後の面接は、唯一の女性獣人であるエンジュだった。
褐色の肌に橙の髪の肉感的な女性で、年齢よりも若く見える。かなり落ち着いた雰囲気だ。
エンジュのスキル鑑定した結果は以下になる。
*********
名前:エンジュ・カネノセ
種族:獣人(犬系)
ユニークスキル
並列思考D
ノーマルスキル
計算S 記憶A スタミナC
*********
今日面接に来てくれた人の中で一番有益なスキルを持っている。正直に言って一番期待している。
「改めまして、商会長の莉々菜です。まずは我が商会の管理職に応募した理由を聞かせてください」
「可能性を感じたからです。街に流れる噂や、実際に商会長と交流した人の話を聞くかぎり、ハーチス商会はただの利益を得るための手段ではありません。果てのないほど莫大な利益を得るための手段だと感じました。ここでなら、わたしの夢が叶えられるのではないかと思い、応募しました」
「あなたの夢、とは?」
「世界一の商会のナンバー2になることです」
エンジュの経歴書を見ると、アシュガ帝国一の商会での勤務実績がある。しかし、管理職などには就いていなかったようだ。
「あなた自身が商会を立ち上げないのは、獣人だからですか?」
「そうです。客観的に見て、差別されている獣人が世界一商会を創り上げることは、私の寿命から考えても無理です。ですから、前職ではこの国一番の商会で働いていました」
「けれど出世はできなかった。それも獣人であることが原因ですか?」
「わたしは平社員で、商会長の体のいい小間使いとしてあらゆる仕事を押し付けられてきました。いつかは出世させて副商会長にしてやると言われていましたが……それは結局嘘であったので、職を辞して故郷であるマスカーニの街に戻って来ていました」
「アシュガ帝国でも獣人は出世ができないのか……」
私が考え込んでいると、エンジュは恐る恐る問いかける。
「……商会長は獣人と働くのは嫌ですか?」
「まあ、獣人差別をしている人たちへの受けは悪くなるな」
耳をへにょりと垂れさせたエンジュを見て、私は苦笑する。
「私はさ、人が作り上げた常識や教育は洗脳だと思っている。もちろん、私自身もその洗脳にかかっているよ」
私は日本での獣人――――というか、けもみみ娘やけもみみ男の扱いを思い出す。
「私の生まれ故郷では、獣人は可愛い人だったり、かっこいい人の扱いだったな。場合によっては、神を擬人化した姿が獣人に酷似していたりするよ。そんな扱いだったから、私は獣人に対して差別意識はない」
だからこそ、この世界の人たちが獣人へ差別意識を持っているのを理解できる。
魔素の源泉を壊したのが過去の獣人だったとしても、親が、先生が、友達が獣人を悪く言っていたら嫌いになりやすい。
魔素がないせいで土地が消滅しかかり、変異種の魔物が大量発生して生活が脅かされている。その恐怖と怒りの矛先に、今を生きる関係のない獣人を選んでしまうのは、簡単に自分の心を整理できる手段だからだ。
先祖が犯した罪を贖える存在なんていないのに。当事者でもないのに人はそれを今に求めてしまう。
まあ、単純に差別も争いも、人が人である限りなくなりはしないってことだ。
「求めるのは有能さだ。私はエンジュを副商会長として採用したい。一緒に世界一の商会を目指そう」
大金持ちになりたい私とエンジュの利害は重なっている。
そして私の直感もエンジュと手を組めと言っていた。
「よろしくお願いします。リリナ商会長」
私とエンジュは握手をし、労働契約書を交わした。
さて、エンジュには働いて働いて働きまくってもらうぞ!




