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35話 初心者商人とコールライト工房


 私の家から500メートルほど離れた場所に紹介された工房はあった。


 看板が蔦に覆われており、辛うじて『コールライト工房』と読める。



「ごめんください。ダグさんの紹介できました」



 扉を開けるとカランカランと呼び鈴の音がなり、熱気が駆け抜ける。


 建物の中は外よりも暑く、カンカンと金属を叩く音がした。



「あーれー、お客さんかい?」



 現れたのは背が低く髭の生えたおばあちゃんだ。


 ……ドワーフ族なのか?


 少し観察すると、ドワーフのおばあさんの手には分厚い革袋が嵌められており、額には虫眼鏡のようなゴーグルがつけられていた。



「注文をお願いしたいんですが」


「注文かえ? うちはあと3か月で工房を閉めるから、武器の依頼とかは受けられないよ」


「武器じゃないです。ガラス瓶を発注したくて」


「あいよー。依頼に関しては父ちゃんと息子に聞いておくれ」



 案内され、店の更に奥へと入る。


 より熱気のある部屋へ通され、そこでは複数の高炉で火を燃やし、ドワーフのおじいちゃんが金属を打っている。


 それを食い入るように見ているのは、少し耳の尖った色白の青年だった。



「父ちゃん! お客さんだよ」


「今、手が離せねーからお前が行け、アッシュ!」


「分かりました!」



 青年――――アッシュは私を部屋の端にあるテーブルへと案内する。



「見習いのアッシュと申します。この度はどのようなご用件ですか?」


「ガラス瓶を大量発注したくて。1か月後のオークションまでに間に合わせたいんです」


「オークション……もしかして、ハーチス商会の方ですか?」


「はい。リリナ・ハーチスです」



 アッシュは目を輝かせると、スケッチブックを取り出した。



「どのような用途で使いますか?」


「冒険者向けの魔物専用麻痺剤を入れるためのものです」


「でしたら、持ち運べるように小型の瓶がいいですね。鞄に入れても割れにくく、しかし地面に叩きつけると割れるぐらいの強度。咄嗟に取り出して使えるように、表には識別しやすくマークを膨らませて……」



 サラサラとアッシュはガラス瓶の絵を描き上げ、私に見せた。


 細身だが口は広めのシルエットに、雷のマークが表面にぷくっと浮き出ている。かなりのデザインの才能を持っているようだ。



「こちらでどうでしょう?」


「いいデザインですね」


「他に要望はありますか?」


「できればガラス瓶に色を付けたいんだけど」


「ガラス瓶に色を付けるとなると割高になりますよ。色砂をまぶして膨らませるんですけど……発色のいい色砂は高価でして……」



 確かに市場で売っているガラス瓶は透明な物が多かった。



 ……しかし色砂か。砂ならなんでもいいのか?



 私はアイテムボックスの中から市場で買った鮮やかな黄色の果物を取り出すと、それをスキル<サンドアーム>で砂化する。



「これで色砂の代用になりますか?」


「え、えっと……確かめてみます!」




 アッシュは慌てた様子で高炉へ向かい、熱したガラスに私の作った色砂をまぶした。そして再度高炉へ入れて調整していく。



 まあ、そんな上手くはいかな――――



「できました!」



 いや、簡単にできるんかい!



「この色砂を提供していただけるのなら安く済みそうです。一瓶銅貨8枚で作れますかね」



 簡単な丸い瓶を作り、アッシュは私の前に置いた。


 鮮やかな黄色のマーブル模様に、気泡が入ってなかなかの味がある作品だ。



「麻痺剤用のガラス瓶はとりあえず1000個は欲しいです。それと他にも追加で別デザインをお願いしたいので……」


「待ってください! 親方ひとりで作ることになりますので、そんなに大量には作れないかと……」


「アッシュさんは作らないんですか?」



 彼は職人特有のゴツゴツした手をしている。デザインもしてくれたし、てっきり彼が作るかと思っていたが……。


 私がアッシュを見ると、彼は困ったように眉尻を下げた。



「……このガラス瓶を見てください。形が歪で、色が均一にならず、気泡も入っている。僕は父のような鍛冶師の才能も、母のような細工師としての才能もないんです。両親の血がつながったドワーフの息子だったら違うんでしょうけど、僕は養子のハーフエルフなので……そもそもスキルを何一つ持っていないんです」


「もしかして、3か月後に店を閉めるのもそれが原因ですか?」


「僕の才能じゃ、両親の店を継げませんから。せめてこの工房の名を継いでくれる人がいればよかったんですけど……他のお弟子さんは大きな工房に引き抜かれるか、独立をしてしまったので」



 工房内の収納には、アッシュが手に持っているのと同じスケッチブックがずらりと並んでいる。


 先ほどの熱心に親方の技を見る様子から察するに、彼はまだ鍛冶師の道を諦めきれていないのだろう。



「もしも鍛冶師と細工師のスキルをあげるから、店ごとうちの商会の傘下に入って欲しいって言われたらどうします?」



 定期的にガラス瓶は欲しいし、専属の工房を手に入れられるならかなり商会のプラスになる。



「ぼ、僕は――――」



 アッシュは手を握りしめると、私をまっすぐ見つめる。



「両親に迷惑をかけず、コールライト工房の名を残せるなら……喜んで。まあ、そんなことあり得ないですけど!」


「あり得るよ」



 私は自分の持つ<鍛冶>と<細工師>のスキルを、アッシュへと転移した。



「い、今……神の声が……え、本当に?」



 良かった。アッシュとのスキルの相性は良かったみたいだ。



 アッシュはヨロヨロと立ち上がると、もう一度ガラス瓶を作る。


 先ほどよりも迷いのない動作で完成したそれは、スケッチブック通りのデザインのガラス瓶だった。



「とととと父ちゃん! てーへんだ! <鍛冶>と<細工師>のスキルを手に入れちまった!」



 接客用の丁寧な口調が取り払われ、アッシュは焦った様子で叫んだ。



「なんだって!?」



 親方は手に持っていた鉱物を放り投げ、アッシュが作ったガラス瓶をまじまじと見る。



「……今までは詰めの甘さが目立ってたっつーのに、完璧な出来じゃねーか」


「ハハ、ハハハ、ハーチスさんがスキルをくれたんだ。神の声がして……」


「スキルを渡したのはここだけの話にしてください。ハーチス商会の傘下に入っていただけるなら、スキルをそのままお渡しします」


「……コールライト工房の名は残るんか? 奴隷のように搾取しようって魂胆か?」



 親方が訝しんだ顔で問いかけてきた。



「コールライト工房の名は残してもらわないと困ります。やっぱりブランド化したいですし。あとで契約書を取り交わしますが、奴隷のように酷使なんてしませんよ。ブラック企業なんて効率の悪い」



 日本で勤めていた自分の会社を思い出し辟易する。




「……アッシュ。これがズルだってことは分かってんな」


「もちろんだ」


「なら、スキルは返すんか?」


「返したくない! ずっと……ずっと、父ちゃんや母ちゃんみたいな才能が欲しかったんだ。コールライト工房を継ぎたかった! いくら努力しても、僕はハーフエルフだから絶対にスキルは芽生えない。ズルくてもこのチャンスを逃したくないんだ」


「覚悟してるならええ。お前が次代の工房長や。好きにしろ」


「父ちゃん!」



 がしっと抱き合う親方とアッシュ。なんか感動物の作品が出来上がったな。



「仕事を受けてもらえるってことでいいですね?」


「「一生懸命働きます!」」



 親方とアッシュが揃えて言った。さすが親子。



「じゃあ、追加の仕事をお願いしますね」



 私はコールライト工房に仕事を発注して、色砂を納品する約束をして……ふと気が付いた。



 どう考えても、商会のマンパワー足りなくね?



アッシュは物心つく前に実の両親が亡くなり、友人だった親方夫婦に引き取られました。


ハーフエルフはスキルを自力で覚えられませんが、肉体のスペックは高めです。

器用貧乏な人が多いです。

スキルが覚えられないので獣人のように差別される……と思われるかもしれませんが、

この世界のエルフはとある事情でハーフエルフを超溺愛していますので、

差別なんかした日には執拗に報復されます。

ハーフエルフが店にいると、エルフの客がいっぱい来るので就職は有利かも。



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― 新着の感想 ―
面白くなってきましたね。主人公の女社長感好きです!
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