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閑話 お留守番組のこれからの日常


 莉々菜がグラジオラス辺境伯とお酒を楽しんでいる頃。


 マスカーニの街にある莉々菜の家の周りは閑散としていた。


 夕方頃は帰宅途中の冒険者がちらほらと通るのだが、日が沈むと街灯もなく住宅もほとんどないのでシンと静まり返っている。


 そんな静寂の中、闇に紛れて足音もなく月明かりに照らされた影が動いた。



「……首狩りハーチスの家はあそこか」



 影の人数は十人ほど。全員が戦闘に長けた盗賊で、元は騎士だった。



「今回はご協力ありがとうございやす」



 背の低い男が揉み手をしながら、影たちのリーダーへと言った。


 この背の低い男は外出していたため、運よく莉々菜の指名手配犯狩りから逃れていた。せっかく拾った命なのだから大事にすればいいのに、彼は莉々菜を襲撃するために付き合いのあった盗賊団へ声をかけたのだ。



 彼らの目的は仲間の無念を晴らすことでも、莉々菜を倒して名を上げることでも、盗賊の矜持を守ることでもない。



「まったく、奪った盗品はすぐに売り飛ばせばいいものを。オークションなどと悠長なことをしているから俺たちに殺されるのだ」



 彼らの目的は莉々菜の奪った金銀財宝だった。


 実際には家ではなく、莉々菜のアイテムボックスに仕舞われているのだが……直接戦闘をして逃げられた者はいないため、彼らは莉々菜のスキルを知らない。



「卑怯な不意打ちで盗賊を倒したようだが、自分が不意打ちで死ぬとは思ってもいまい」


「へへっ、そのとおりで」



 影たちのリーダーと背の低い男は不敵に笑う。


 彼らは莉々菜をなめくさっていた。初心者冒険者で、女で、元々世間に名の通っている武人でもない。


 変異種の魔物をいくつか倒したなんて噂はあるが、そんなのは尾ひれがついた噂に過ぎない。


 たとえ強い武人でも24時間襲撃を警戒することは難しいし、人質なんて取られた日には――――影たちは笑いが止まらなかった。



 生憎、莉々菜は家におらず、留守番をしているシロタ・ミタメル・アルフのふたりと一匹だけで既に就寝するため布団に入っていた。


 明かりの付いていない家に近づくと、背の低い男と影たちはそれぞれの持ち場に着く。


 そして合図と同時に扉を蹴破り、窓ガラスを割って家へと侵入する。



「ヒャッハー! 殺して殺して殺しまく――――」



 意気揚々と数人の盗賊は窓を蹴破って部屋へと入る。


 そこには欠伸をする少年がいて、それが彼らの最期の記憶だった。



「『バリア』とスキル<魔弾>。てぃや」



 気の抜けた言葉と共におびただしい数の魔弾が彼らへと着弾する。


 自分たちが強者だと信じて疑わず攻めることしか考えていなかった彼らは、防御なんてする暇もない。チーズのように全身に穴が開いて、何が何だか分からないまま絶命した。



「あっ、よかった。リリナ様の大事な家具も壁も無事だ。魔法も上手く使えたし『バリア』の範囲が広くなってきたな!」



 アルフは死体となった侵入者に近づくと、光のない眼で笑った。



「おじさんたちがいけないんだよ。偉大なるリリナ様の家に土足で踏み込むから。不敬だよ。リリナ様こそがこの世界の神様なんだから!」



 魔力異常症は常に身体が内から膨れる痛みと、いつ身体が弾け飛ぶかという恐怖に苛まれていた。


 たとえ魔力抑制剤で抑えたとしてもこの痛みと恐怖は死ぬまで付き合っていかないといけない絶望にアルフは苦しんでいた。


 アルフは魔力異常症の中でも特に魔力が多いらしく、薬が次第に効かなくなり……最愛の姉に苦労だけかけて死にゆく定めだった。


 それを莉々菜はいとも容易く解決し、ミタメルとアルフに仕事を与え、十分過ぎる衣食住を提供してくれた。



 莉々菜が神でないというのなら、この世に神なんていない。



 アルフは少年ながら立派な莉々菜信者となっていた。







 ところ変わって、ダイニングには影たちのリーダーが複数の部下たちを連れて収納の中を漁っていた。



「金目の物はないのか?」


「皿とか掃除道具はありますが、宝飾品の類はありませんね」



 殺しは戦いと女好きの別働隊に任せ、影たちのリーダーは部下を使って金銀財宝を効率よく探そうとしているが一向に見つからない。



「早く見つけ出せ! 騎士団に勘づかれる前に――――痛ッ」



 影たちのリーダーが足元を見ると、シロタが小さい歯で噛みついていた。



「邪魔だ、獣!」



 足を振り上げ、シロタは壁に激突する。真っ赤な血で線を描きながら床へボトリと落ちた。



「死んだか」



 フンと鼻を鳴らすと、影のリーダーは部下たちへと再び指示を出そうとする。


 ……だが、部下たちは床に倒れていた。代わりに立っていたのは、150センチほどの大きさの巨大なクマのぬいぐるみだった。


 ぬいぐるみは、ぐりんと首を180度回転させてその愛らしい顔を月明かりに照らす。手には血を滴らせた立派な斧が握られていた。



「チッ。撤退するか」



 盗賊稼業に身を置いているだけあって、影たちのリーダーの決断も早い。相手が未知のスキルを持っているとなれば、今回は撤退した方がいい。


 他の場所にいる部下たちを囮にすることも平気だった。


 影たちのリーダーがぬいぐるみに背を向けて走り出そうとすると、足に力が入らずぐにゃりとその場に倒れ込む。



「……毒、かッ」


「そうです。ご主人様ほどではないですが、ボクの毒もなかなかのものでしょう?」



 殺したはずのシロタが、ぽてぽてと歩きながら影たちのリーダーに近づいてくる。



「アッ……うう……」



 毒が全身に回り、話すこともままならない。ズキズキとした痛みが徐々に強くなり、身体から脂汗が止まらない。



「ご主人様不在の家を守るのは相棒の役目ですよね!」



 シロタは人ではなく精霊だ。その価値観は人とは違い、基本的に人間を見下している。


 ミタメルたちや街の人間に対してフレンドリーに接しているのは、莉々菜の大事な人であったり、役に立つからだ。


 この異常さを莉々菜ですら把握していない。


 シロタは精霊界にいた頃に得た書物の知識から、人の常識・良心というものを学び、それを日常生活に適用しているだけだった。


 究極なところ、シロタにスキルを与えて無能精霊という生まれから救ってくれた莉々菜以外はどうでもいい。


 同族の精霊たちですら、シロタの慈悲の対象ではなかった。








「なんてこった! ヤベェ奴らに手を出しちまった」



 息を切らせながら背の低い男は全力で走る。


 莉々菜の家から離れ、マスカーニの街から出ると背の低い男はようやく足を止めた。



「元ロベリア王国の騎士団出身の盗賊だぞ……それをあんな……」



 背の低い男は庭にあった納屋を最初に調べていたため、アルフとシロタの餌食にはならなかった。


 異常を察知してすぐに我先にと誰にも言わずに逃走し、また運よく逃げられたのだ。



「しばらく身を隠すか。盗賊稼業も潮時かもしれねーな」



 莉々菜が冒険者として幅を利かすのなら、この辺りでの盗賊稼業も儲からないだろう。


 今更、別の盗賊団に入っても出世できないだろうし、背の低い男はやれやれと首を振った。



「開拓村にでも行って田畑でも耕すか? それともスラム街で物乞いでもするか。どっちにしろ、派手な生活とはおさらばか」



 未練たらしい口調だが背の低い男の表情は晴れやかだった。


 恐ろしい経験だったが、今回の出来事が堅気で生きるきっかけになってくれたと感謝すらしていた。



「あなたのような盗賊が真っ当になれる訳がないじゃないですか」



 身体に何か異物が入った感覚がしたのと同時に、首を刺されたと後から認識する。


 次いで強烈な痛みが首を中心に広がり、自分の血しぶきが舞うのが見えた。



「ひ、ひつから……みて、た……」


「わたしはメイドですよ。いつだって見てます」



 地面に倒れた背の低い男を見下ろすのは、仕立てのいいメイド服を着たミタメルだった。


 首謀者である背の低い男が涙を流しながら事切れるのを確認すると、その死体をズタ袋に詰め込んだ。



「スキル<隠密>に<スタミナ>手に入れてよかったです。盗賊にバレず尾行できるんですから」



 ミタメルはスキル<怪力>でズタ袋を持ち上げると、家へと走り出す。



「帰ったら、ここだけじゃなく家の中もお掃除をしなくちゃ。メイドの仕事はきっちりやらないと!」



 ミタメルは莉々菜に褒めてもらえるのを想像しながら家へと急ぐのであった。

 




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