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33話 初心者冒険者とグラジオラス辺境伯


「この度、Aランク冒険者になったリリナ・ハーチスです。どうぞよろしくお願いします」



 私はまっすぐグラジオラス辺境伯の目を見て言った。


 ここでグラジオラス辺境伯の迫力に押されて、なめられる訳にはいかない。



「私のようなジジイが出迎えで申し訳ない。長男夫婦と次男夫婦は帝都で役職に就いている故、ここには私のような老いぼれと問題児の三男しかいないのだ。……その三男はダンジョンに籠りきりなんだが」



 グラジオラス辺境伯はマントを翻して背を向けて歩き出した。


 私はその後ろを黙って付いていく。



 ……随分と寡黙な人だな。見た目通り、堅物な軍人なのか?



 表情には出さないがグラジオラス辺境伯のことを観察していると、両開きの大きな扉が開かれた。


 そこには十数人は座れるような長いテーブルが置かれていて、青を基調とした華やかな装飾が施されている。



「座りたまえ」



 グラジオラス辺境伯は一番奥に座り、私はその向かって左側の椅子に腰を下ろした。


 すると、獣人のメイドがテキパキと晩餐の準備を始める。



「……獣人のメイドが珍しいかね?」


「正直に言うとそうですね。酷い扱いを受ける獣人ばかりをよく見るので」



 獣人が由緒正しい貴族の家に勤めることができるだなんて、ロベリア王国ではありえなかったな。



「滅びた獣人の国に隣接している領地や国のほとんどは、獣人に対して差別的な価値観を持っている。しかし、ここグラジオラス領は魔物の発生が多いため武力を重んじる。故に獣人に対して寛容だ」



 給仕がグラスにワインを注ぐ。グラジオラス辺境伯はグラスを手に取ると、物憂げに傾ける。



「しかし、獣人差別がない訳ではない。辺境とはいえ、グラジオラス領も帝国法には従わなければならないからな。獣人が他種族と婚姻することはできないし、遺産を継承することもできない。帝国は他国よりはマシだが、それでも獣人を国に帰属させる気はないのだ」


「随分と獣人族に肩入れしているんですね」


「魔素の源泉が破壊されて自然が乱れ、変異種の魔物が増加の一途をたどっている。魔物に騎士団や冒険者だけでは対応できず、滅びる村も出てきている。過去の獣人の罪を責め続けるより、その武力に注目して欲しいところだ」


「現実的でとてもいいですね。獣人のポテンシャルに期待しているという点では、私も一緒です」



 私はそう言うと、目の前で給仕に注がれたワイングラスを手に取ってグラジオラス辺境伯のグラスと重ねる。


 カツンと優しく音を立てて乾杯すると、ワインを口に含んだ。



 ……給料日に飲んでいた激安ワインよりも普通に美味い。



 異世界だからといって、地球よりも発展していない訳ではないんだなと再確認。やっぱり、美味い酒というのは心を癒して活力を与えてくれる。




「ワインが気に入ったようで良かった。我がグラジオラス領の名産の一つなのだ」


「そうだったんですか。それは良いことを聞きました」


「土産にいくつか持たせよう」


「ありがとうございます」



 終始、意外にも和やかな様子で食事は進んだ。料理の盛り付けはフランス料理に近かったが、味はシンプルなものが多かった。


 まあ、その分素材の味がとっても良かったので、料理の総評としては満足だ。



「さて、本題に入るか」



 食後の紅茶が運ばれてきたところで、グラジオラス辺境伯の目が鋭くなった。



「ハーチス。君にはいくつか聞きたいことがある」


「なんでしょう」


「単刀直入に言うが、ハーチスはロベリア王国で勇者召喚に巻き込まれた異世界人……に見せかけた勇者だな」



 ……トーリが情報を漏らしたのか?



 私の表情に出ていたのか、グラジオラス辺境伯は思考を制止させるように手を前にかざす。



「トーリ・アヤガスミは何も言っていない。こちらがカマをかけても引っかからなかったぐらいだ」


「私が勇者だと確信されているようですけど、それは何故ですか?」


「帝国の賢者からの情報だ」


「……帝国の賢者?」


「皇帝の相談役であり、世にも珍しいハイエルフの男だ。その見た目は老若男女問わず魅了する美しさだが、その腹は真っ黒だ。特殊なスキルをいくつも持っているようで、ハーチスのことも事細かに調べていた」



 私が訝しんでいると、グラジオラス辺境伯は溜息を吐く。



「冒険者ギルド内でハーチスが倒した変異種はバジリスク・ヘルスコーピオン・オークジェネラルと噂になっているが、帝国の賢者はそれだけでなくゴブリンキングも倒していると言っていた。それは本当か?」


「本当ですね。あのときは素材を回収する余裕がありませんでした。このことは、誰にも言っていなかったんですけど」



 私は<転移>で移動していたので、誰かに尾行されていたということはないはずだ。そうなると、遠隔透視のようなスキルで監視されていたのか?



「勇者であることは認めるのか?」


「そうですね。否定したところで意味がなさそうです」


「君の『姫』はどこにいる?」


「こちらが聞きたいですね。どこの姫が私を勇者にしたのか」



 グラジオラス辺境伯が私の秘密を知ってどう動くのか観察しているが、彼は無表情のまままで感情が読み取れない。



「……ハーチス。君は貴族になれ。その武力と才覚は一般人にしておくのは惜しい」



 おっと予想外の展開が来た。



「私は異世界人であり、この世界の人々にとっては異物なのでは?」


「君は自分の領地を与えられれば発展に力を注ぎ、領民を魔物から全力で守るだろう。短い時間しか経っていないが、君は超合理的な人間だと私の勘がいっている。世界は君のような人間でなければ守れない」


「権力は商売のために欲しいですけど、帝国に忠誠を誓うとか御免です」



 正直に私が言うと、グラジオラス辺境伯は初めて笑みを浮かべた。



「異世界人の君に帝国のために働けとは言わない。君の才能を人々のために役立ててくれ。それが世界の安寧の一助となる」


「そもそも私を貴族にするなんて、グラジオラス辺境伯の力でできるんですか? そういうのって、国のトップの権限でしょう」


「君は既に貴族となるためのカードを持っているじゃないか」


「……それはなんですか?」


「新しい魔力抑制剤だ」


「その情報も帝国の賢者から?」


「いいや。私が調べた。甥っ子の子ども……王族の中に魔力異常症で苦しんでいる子がいる。魔力異常症に関することは常に情報の網を広げていた」



 私がアルフを治療したのは、自分の領地のことだしもう裏取りまでしているのだろう。


 しかし、貴族か。こんなに早く権力者になるための繋がりができるとは。




「私が精製した魔力抑制剤は、従来の品よりも安価で提供する予定です」


「……高価な素材や技術は使わないのか?」


「企業秘密としか言いようがありません」



 材料は私の魔力だけ。お金がかかる部分といえば、容器代ぐらいだろう。



「詳しいことは聞かん。安価で提供したいなら、冒険者ギルドを使うといい。世界各地に支店があるからな。近くにトーリがいることだし話も進みやすかろう。慈善事業として冒険者ギルドの評判も一緒に上がるから断らんだろ」


「そうします」



 元々、魔力抑制剤に関しては高額で売りつける気はなかった。少数の病気の人からいっぱい搾り取るよりも、大多数の健康な人から適度に搾り取っていく商売の方が長く稼げるだろうし。


 医療品を高価に売りつけると批判を受けやすいが、その逆は名声が高まる。今回はそれで貴族になれるかもしれない。



「叙爵の推薦状は私が書こう」


「お願いします」


「査定には時間がかかる。魔力抑制剤だけではなく、他にも自分の価値を示せ。そうだな……まずは、オークションを成功させるといい」



 そこまで情報を得ているのか。グラジオラス辺境伯は思っていたよりも私に期待しているらしい。



「それとAランク冒険者になった祝いにこれをやろう」



 渡されたのは、不思議な文様の書かれた木簡だ。



「ダンジョンパスだ。これがあればほとんどの国のダンジョンに優先的に潜れる」


「ありがとうございます」



 ダンジョンか。ファンタジー作品だと、めちゃくちゃ金になるイメージだけど、本物はどうなのか。



「まだ潜ったことがないのならば、グラジオラス領のダンジョンに行くといい。そこならば、私の権限で融通が利く」


「言質は取りましたよ」


「構わんさ。他にも何か相談があれば遠慮なく訪ねてくるがいい。貴族に推薦するからには、君の行動に責任を持つつもりだ」



 グラジオラス辺境伯は、人でも殺しそうなほど鋭い眼光で私を見た。



「決して、グラジオラス辺境伯に損はさせませんよ」



 私はニンマリと笑みを浮かべ、これからのお金稼ぎへの期待で胸がいっぱいだった。





若い子が自分を怖がらないので、おじさんウキウキです。

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