29話 初心者商人と商業ギルド登録
指名手配犯狩りの疲れを癒すため、私は次の日のお昼近くまでたっぷりと睡眠を取った。
そして、シロタと共に家の近くの空き地へと向かう。
そこでは既に冒険者ギルドの職員が魔物解体のための準備をしていた。
「バジリスクは毒素が強いから必ず防護服を着て、解体が終わったらすぐに破棄するように。ヘルスコーピオンは最低でもミスリルナイフじゃないと皮に刃が通らないから注意すること」
トーリが陣頭指揮を執り、ベテランの屈強な職員に指示を出している。
「姉御! 見学に来たッスよ」
ラザロが宵越しの狼の面々と一緒に手を振っている。
周りを見渡せば冒険者も多い。
「やあ、リリナ君。バジリスクとヘルスコーピオンなんて滅多に見れないから、見学者が多くてごめんね。職員たちも久々の大物解体に張り切っているよ」
トーリは作業工程表を私に手渡した。
「まず、ヘルスコーピオンから始めたいと思う。こちらは大人数で取り掛かるよ。バジリスクは毒性が強くて危険だから、ベテランのみでいかせてもらうね」
「私たちは見ているだけだから、ご自由にどうぞ」
「それじゃあ、シートの上にヘルスコーピオンを出してもらえるかい?」
私は10メートル以上広げられた布製のシートの上にアイテムボックスからヘルスコーピオンを取り出した。
「す、すげぇ。こんなデカいのを単騎で……」
「さすがは首狩りハーチス」
冒険者と職員がひそひそと話しているが、私はガン無視して解体を見守る。
「プロだからでしょうか。すごく手際がいいですね」
「ヘルスコーピオンを初めて解体する人が多いみたいだね。トーリが指示を出しているから、効率的にできているんじゃない?」
勉強熱心なシロタに私は答える。
見た目20代の若者が経験豊富で、中年のベテラン職員に指示をしているって……変な光景だな。
よく研がれたミスリルナイフを使い、屈強な男が力を込めて初めてヘルスコーピオンの皮が切れる。人気の素材だけあってかなり丈夫そうだ。
「リリナ君、皮は半分持ち帰ってね」
私はトーリからヘルスコーピオンの皮を受け取り、アイテムボックスに入れた。
これをどんな風に有効活用するかは後で決めよう。
「次はバジリスクを頼むね」
「はいはい」
私は先ほどと同じくシートの上にバジリスクを置いた。
その瞬間、強烈な毒気が周囲に広がる。
「離れているのに、こんなすげぇ毒気が広がるのかよ」
「こんなのどうやって倒したんだ? 剣士も魔法使いも無理だろ」
冒険者たちがさっき以上にひそひそと話しているが、私はあくびをしながら無視した。
バジリスクを解体するのはヘルスコーピオンよりも時間がかかった。
まず、バジリスクは体液の猛毒も売れるらしく、それらの瓶詰作業があった。そして、毒状態にならないように注意しながら解体を進めていき、皮だけでなく肉や内臓までも小分けに保存されていく。
「これで解体は終わりだよ、リリナ君」
「買取額はいつ決まるの?」
「今、帝都のお役人様が早馬でこちらに向かってきているから、だいたい3日後かな」
「ちゃんと高く買い取ってよね。金持ちから存分にむしり取ってよ」
「それはもちろんだよ」
ゲスな笑みをトーリと共に浮かべていると、シロタが苦笑いをする。
「……異世界人が温厚だというのは、絶対に嘘です」
「失礼だね、精霊君。日本人は温厚だよ。侍と忍者の末裔だけど」
「温厚な戦闘民族なんている訳ないじゃないですか」
シロタにはトーリの正体を明かしていた。
「そうだ、リリナ君。3日後にまた冒険者ギルドに来てよ。買取の結果と冒険者ランクを上げるからさ」
私はトーリと別れると、そのまま商業ギルドへと向かった。
商業ギルドは繁華街の一等地に建物があり、分かりやすいほど豪華絢爛な外観と内装だった。受付に向かうと、すぐに職員が慌て始める。
「お待ちしておりましたわ、ハーチス様」
目の下にクマがあるが、瞳はギラギラとしたダヴィーナが出迎えてくれた。
……昨日のあれから寝ていないんじゃないのか?
「商業ギルドの登録に来ました」
「こちらへどうぞですわ」
一等、豪華な応接室に通された。初心者商人には不相応な待遇のような気もする。
「ハーチス様は冒険者ギルドに登録されているので、基本情報はそちらから引用させていただきますわ。設立する商会の名前はどのように致しますの?」
「えーと、『ハーチス商会』で」
「それは良いですわね。冒険者たちの間では『首狩りハーチス』の二つ名が広がっているようですし、一緒に商会の名前も周知できると思いますわ」
ダヴィーナは手早く資料を作成すると、金属製の特殊なカードを取り出した。
「こちらがハーチス様の商業ギルド証ですわ。全世界の商業ギルドで身分証として使われますので、無くさないように気を付けてくださいまし。再発行にはお金がかかりますわ」
「登録の際にお金がかかると思うんですが」
「そちらは既にリアンドロ・アスター様から受け取っておりますわ!」
へえ、さすがは有名商会の会長。粋なことをする。
「商人ギルドは年会費が一律金貨10枚かかりますので、一年後に忘れず納めてくださいませ。それと、税金に関しては各国・領土に従った方法と額を納めてくださいませね。こちらがマスカーニ支部特別特典のアシュガ帝国の税法ハンドブックですわ」
テーブルの上にハンドブックというか――――カタログ並みの分厚さの書籍が置かれた。
「……今日の寝物語はこれで決まりだな」
税法はしっかり理解しておかないと、商売できなくなる。面倒だが避けては通れない道だ。
「あの、ハーチス様。杞憂かもしれないのですけど、一応話しておきますわ」
「何、改まって」
今までになくダヴィーナは真剣な表情を浮かべている。
「ハーチス様は今回、指名手配犯を多く捕まえたことで注目を浴びましたわ。ですが、それを面白くないと思う者はおりますの。襲撃を計画する輩が現れるかもしれませんわ」
「指名手配犯たちの組織の生き残りの襲撃とか?」
「余ほどの忠誠心がなくては生き残りは襲撃しないでしょう。問題は捕まえた指名手配犯の組織と繋がっている別の組織が、目障りなハーチス様たちを殺そうとしたり……有名になったハーチス様を倒すことで名を上げようとする愚か者が出て来たりですわ」
「事前にベテラン冒険者からは忠告を受けていたけど、その様子だと本当に襲撃ってあるんだな」
「ハーチス様がお強くても、周りの人が狙われるかもしれませんわ。相手は犯罪者やチンピラですもの」
私は立ち上がると、ダヴィーナを安心させるように微笑んだ。
「大丈夫。色々と対策をするから」
商業ギルドを出ると、シロタがホッと息を吐いた。
「ご主人様がボクたちに護衛を雇ってくれるようで安心しましたよ」
「何を言っているの? 護衛なんてもったいない。金の無駄だ」
「……え」
シロタが頬を引きつらせた。
「喜べシロタ。お前たちを強制レベリングさせる。襲撃が怖いなら、襲撃者を蹂躙できるほど強くなればいい。そうすれば護衛を雇わずとも、私がいなくとも家を守れる」
「こちとら雑魚精霊と、か弱いメイドと病弱の少年なんですが!?」
「大丈夫。私が嫌でも強くさせるから」
「ボク、絶対にまた死ぬじゃないですか!」
シロタの悲鳴が街に響いた。




