閑話 シロタという精霊 / ミタメルと神の福音
シロタが育った精霊界は、生まれたての精霊たちが成体になるまでの保育所のような場所だった。
精霊以外は立ち入ることはできず、神が世話役を命じた精霊以外は幼体しかいない。世話役たちは基本的にこれから生まれてくる精霊の卵たちにかかりきりで、すでに生まれた幼体の精霊たちへの関心は薄かった。
たまに手の空いた世話役が下界の知識を講義するだけで、幼体の精霊たちは100年間を子どもばかりのコミュニティーで過ごすのだ。
幼体の精霊たちの99%は、下界で自分の属性魔素を運ぶ役目を持つ。ほとんどの種族の目に精霊は見えることもなく、エルフたちに近い長い寿命をただ漫然と生きるだけだ。
下界に降りた精霊の唯一の憧れといえば、スキル<精霊使い>を持った者と冒険に出ることだ。<精霊使い>はノーマルスキルの中でも珍しいので、ほとんどの精霊たちは誰とも契約することなく一生を終える。
悪い主人に出会えば酷いことになるのは予想がつくが、精霊たちは一部を除いて知能が低くそれを理解できない。
そのため、精霊界にいる幼体の精霊は<精霊使い>に選ばれるべく、強い精霊――――つまり、強力なスキルを持つために行動していた。
「――――生まれてくるのが、5000年以上早かったな。可哀そうに。役立たずの一生ね」
110年前、シロタが卵から出て最初に聞いた言葉は残酷だが事実だった。
「おい、無能の精霊が来たぞ!」
「神から与えられた役目を果たせないくせになんで生きているの?」
精霊界を出るまでの100年間、シロタは日常的に同族からの罵倒と暴力を受けていた。
抵抗するにもシロタのステータスが他の幼体の精霊よりも極端に低く、無能で無価値の『無』属性精霊では何もできなかった。
それならばと強力なスキルを習得しようと、色々なことをした。死なないことをいいことに、水や火に飛び込んだり、身体能力を鍛えようとしたり、芸術や学問を学んでみたり。
しかし、何をやってもノーマルスキル一つ目覚めなかった。
周りの幼体の精霊たちは、自分の属性魔法に目覚めたり、戦闘スキルに目覚めたりしているのに……。
「ボクは偉大な精霊なんだ!」
下界の出てからは虚勢を張って、自分を大きく見せようと必死だった。
未熟だからか分からないが、シロタの姿は他の精霊たちとは違って下界の種族たちに見えるようだった。そのおかげでシロタはスキル<鑑定>持ちによって早々に捕獲され、オークションに売り飛ばされることになる。
精霊たち憧れの<精霊使い>と契約できる。
馬鹿にしてきた精霊たちを見返してやるんだ!
そう思っていたのに、希少な<精霊使い>たちが求めているのは強く有能な精霊であって、無能のシロタではなかった。
<精霊使い>に失望されて売り飛ばされてを何度も繰り返し、ついには末端の盗賊にシロタは売り飛ばされた。
そこでも低ランクの<精霊使い>に出来損ない扱いをされ、次はどこに売り飛ばされるかと諦めていたとき――――シロタは運命の相手と出会った。
彼女、蜂須莉々菜は精霊から見ても異常な人間だった。
異世界人だとか、姫に選ばれた勇者だとか、強力なスキルを持っているとか、そんなことは些末なことだ。
今までの世界の歴史の中にも、そんな人間は何度も登場しているのだから。
莉々菜の異常性はその精神だった。
彼女は強力なスキルなんてなくても、味方がひとりもいなくともずっと前を向いているのだろう。心は決してブレず、他人の価値観に左右されない。少々、サイコパスだが強く美しい人間だった。
莉々菜は無能のシロタと契約し、あれほど渇望していたスキルを簡単に与え、シロタなんかのレベルを上げて育てようとしてくれた。
シロタにとっては、莉々菜こそが『神』だった。
「もう絶対に離しませんよ、ご主人様。あなたの隣はボクのものです」
熟睡する莉々菜の隣で、シロタは仄暗い笑みを浮かべてそっと呟いた。
無能と蔑まれた精霊の特大の執着心が莉々菜に向いていることを、当の本人は知らないのであった。
☆
莉々菜が指名手配犯を狩りに行っている間、ミタメルとシロタは着々と家の中を整えていた。
「あの……こんなに高いものを着てもいいんでしょうか?」
ミタメルが着ているのはオーダーメイドで作ったクラシカルなメイド服だった。
丈夫だが薄く軽い布で作られていて、デザインも洗練されていて貴族のメイドのような恰好になってしまっている。
「いいんですよ! ご主人様の夢の一つはメイドに傅かれることです。まずは見た目から立派なメイドにならないと」
不安そうなミタメルにシロタは自信満々に言った。
莉々菜はお金稼ぎは好きだがケチではないので、シロタの言う通りなのだが。
「そういえば、図書館でスキルを調べたんですよね? どのスキルを選んだんですか?」
「……その、まだ迷っていて。リリナ様にご意見を聞こうかと思っています」
ミタメルのユニークスキル<伝説の家政婦>は料理・洗濯・掃除を高ランクで習得でき、かつ4つのノーマルスキルを自由に選択し高ランクで習得できる。
ミタメルは自由枠のノーマルスキル4つを選択するために図書館へ行ったが、どのスキルも目移りしてしまって答えを出せなかった。
「<短剣術><スタミナ>もいいと思いましたし、<記憶>なんかもリリナ様のお役に立てると思いました。魔法系スキルにも憧れがありますし……」
「確かに自由だとかえって迷ってしまいますね」
「そうなんです。せめて自分のステータスがハッキリ分かれば、向いているスキルが分かったかもしれないんですけど……」
「そういえば、人族はステータスがレベル30を超えないと自分で詳しくみれないんですよね」
「はい。しかもスキルは表示されませんし……」
*********
名前:ミタメル・オータム
性別:女
年齢:16歳
種族:人族
所持金:5480ルネロ
レベル:5
HP:ふつう
MP:少ない
筋力:弱い
攻撃:弱い
防御:弱い
知力:低い
素早さ:遅い
幸運:少しある
*********
これで自分の強さを測れというのには無理がある。
「ステータス画面は神の管轄ですからね。ボクみたいな精霊のように神が直接作り出した生命体以外は、結構扱いが雑ですよね」
「<勇者>や<姫>のスキルの関係者も最初からステータスが見れると聞いたことがあります。逆にエルフはステータス画面が見れず、<鑑定>すら弾くんだとか……あくまで噂ですけど」
ミタメルは歩きながら、市場で夕飯の食材を買い込んでいく。
以前は買えなかった新鮮な野菜や肉を食べられる幸せを与えてくれた莉々菜に、ミタメルは感謝しても足りない。
家につく頃には日も陰っていた。
「おかえりなさい、姉ちゃん、シロタさん」
「ただいま」
アルフはベッドから立ち上がり、家の明かりをつけているところだった。
「アルフくん。もう体調はいいんですか?」
「身体も熱くないし、痛くもない。こんなに体調がいいのは生まれて初めてだよ!」
シロタの見た目が可愛いからか、アルフはすっかり懐いていた。
「姉ちゃん、肉を食べたい!」
「今日はシロタ様が作ってくれるよ」
以前のアルフはとても肉を消化できる身体ではなかった。それがたった数日でこんなに元気になったのもすべて莉々菜のおかげだ。
「任せてください。ご主人様が帰ってくるまでに、色々な料理を作れるように勉強しますよ。アルフくん、手伝ってください!」
「もちろん! 僕も早くリリナ様に会いたいなー」
キッチンへ駆けていくひとりと一匹を見送りながら、ミタメルは幸せを噛みしめる。
(……アルフが生きているのも、私が元気に笑えているのも、立派な家で衣食住に苦労していないもの……すべて、リリナ様のおかげだよね)
不幸続きだった人生の中に差し込んだ一筋の希望の光。それがミタメルにとっての莉々菜だった。
「リリナ様の幸せを守るためだったら、わたしはすべてを捧げる。リリナ様を害するものは絶対に許さない。命なんて惜しくもないもの!」
ミタメルにとっての本心を呟くと、突然脳内に祝音が響く。
*********
▶ミタメル・オータムがスキル<忠誠心>を習得しました。
▶主人の傍にいるとステータスが1.2倍となり、主人のためを思うと自身の痛覚や精神を最適化することができます。
▶ミタメル・オータム。
▶わたくしが選んだ不自由な運命を持つ“姫”と最も人類を繁栄させる才を持つ“勇者”のことを、よろしくお願いしますね。
*********
鈴の鳴るような優しい女性の声だった。
ああ、これが神なんだとミタメルは理解した。
「この命が尽きるまで、わたしは莉々菜様にお仕えします」
たとえそこが地獄でも、ミタメルは莉々菜のメイドであり続けるだろう。
次回から主人公視点に戻ります。
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