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閑話 エリート受付嬢エイミーの失敗


 莉々菜が指名手配犯狩りに出かけてすぐのこと。


 冒険者ギルド、グラジオラス領マスカーニ支部のベテラン受付嬢エイミー(年齢非公開)は、仕事の忙しさが落ち着き、ホッと息を吐いた。



 重要度の高い緊急依頼もなく、冒険者同士の喧嘩もなく、午前中に少し初心者冒険者の莉々菜が絡んできたぐらいで、かなり平和だ。


 血の気の多い冒険者たちはみんな依頼をこなしに外に出ていて、今ギルドにいるのは酒場に来ている休みの冒険者と近所の飲んだくれたちだけだ。



「今日はこのまま穏やかに業務が終わりそうね」



 そんな悠長なことを言ったからだろうか。冒険者ギルドの扉が勢いよく開け放たれた。



「チィースッ」



 現れたのはこのギルドでは問題児の部類に入るラザロだった。


 若く才気あふれる冒険者として上からは期待されているが、喧嘩っ早いし、犬みたいに自分の中で人に序列をつける癖があるため、エイミーからするとラザロはただのクソガキである。


 彼の所属するパーティー『宵越しの狼』は、このギルド内でも将来Bランク昇格間違いなしと言われている。冒険者ギルドとしては大切にしなくてはいけないお客様だ。



「ラザロ様、こんにちは。レゾット様とハインツ様と待ち合わせですか?」



 エイミーは心の内を隠し、受付嬢スマイルを浮かべる。



「エイミーさん、姉御は来ていないんスか?」



 私の質問に答えろよ、という言葉を飲み込んでエイミーは答える。



「午前中に来ましたよ。依頼を受けずに帰っていきましたが」



 そういえば莉々菜は少し変な行動をしていたとエイミーは思い出す。


 新しい店などの宣伝チラシや街のイベントの告知チラシ、ついでに指名手配書が置かれているコーナーをうろうろしていたのだ。



「なんだ姉御はいないのかー」



 露骨にガッカリするラザロを見て、エイミーは不思議に思う。



「ラザロ様はどうしてハーチス様を姉御と呼んでいるんですか?」


「そんなの……へへっ。男同士の秘密ってヤツっスよ」


「ハーチス様は女性ですが……」



 本当に話が通じないとエイミーはジトッとした目でラザロを見た。



「ラザロ! 暇なら飲んでいけよ」


「ゲッ、ダグさんじゃないッスか。オレは酒が苦手なの知ってるッスよね? どうせなら飯をおごってくださいよ」



 ラザロはダグのテーブルに座り、肉料理を注文した。


 依頼の取り合いになる朝とは違い、夕方近くになると冒険者ギルドは別の騒がしさに包まれる。



「ラザロ。俺たちが着く前にもう飯を食っているのか」


「私たちは大変だったんですよ」


「へへっ、すんませんッス」



 ダグとラザロの座っていたテーブルに、宵越しの狼リーダーのレゾットと魔法使いのハインツが座った。



「レゾット、今回はロベリア王国に行くとかで2週間ぐらい街を離れていただろう? どうだったんだ」



 ダグに聞かれレゾットは苦虫を嚙み潰したような顔をする。



「いつもの割のいい護衛任務を受けたんだが、最悪だったぞ。手癖が悪い客はいるわ、ヘルスコーピオンは出るわで」


「ヘルスコーピオンが出たのか!? それにしてはお前たち怪我もないみたいだが……」


「俺たちが倒した訳じゃないからな。乗客は犯罪者を除いて無事だし、昨日遅くまで騎士団で事情聴取を受けたこと以外は運が良かったよ」


「ヘルスコーピオンを倒したのは誰なんだ?」



 ダグの問いにレゾットが答えようとした瞬間――――冒険者ギルドの扉が物凄い勢いで開かれ、蝶番が外れた。



「リリナ・ハーチス様はおりませんかぁぁぁあああああ!」



 腹から出された女性の大声は、冒険者ギルド中に響き渡る。


 現れたのは、赤い癖の強い巻き毛に金色の目をした20代後半に見える女性だった。



「そこの貴方! リリナ・ハーチス様はいらっしゃいませんこと!?」


「ここにはいないッスね」



 ラザロが答えると、女性は膝をついて項垂れる。



「ああ、なんてこと……」


「ちょっと、ダヴィーナさん。商業ギルドがなんのようなんです? 扉が壊れたんですけど、修理代請求させてもらいますからね」



 ダヴィーナに明らかな敵対心をエイミーは向けた。それを見て、ダヴィーナは元気よく立ち上がる。



「オーホッホッ! その様子ですと、まだわたくしたちにチャンスがあるようですわねぇ。扉の請求代なんていくらでもよこしてくださいな。お貧乏なギルドに施してあげますわぁ!」


「……この女ッ」



 女二人がバチバチと火花を散らす中、ダグとレゾットはいそいそと扉を直していた。



「この中にリリナ・ハーチス様がどちらに行ったのか知っている方はおりませんか? 教えてくだされば、お小遣いを差し上げますわぁ!」



 ダヴィーナは指の間に金貨を挟み、チラチラとギルドの中にいる人たちに見せた。


 酒場にいる人たちは色めき立つが、肝心の情報を知っている者はいない。



「……下品な」



 そう呟いた後、エイミーは少し冷静になった。



「どうして商業ギルドのあなたが、初心者冒険者のハーチス様を気にするの?」


「おやおやぁ。エリート受付嬢のエイミー様とあろう者が、今一番この街でホットな人の功績を知らないなんてお笑いですわぁぁああ! 無様ですわぁああ!」



 高笑いをするダヴィーナを見て、エイミーは血管がピキピキいっていた。



「このマスカーニの街の商業ギルド副マスターのわたくし、ダヴィーナが教えてあげますわ! リリナ・ハーチス様は、宵越しの狼でも討伐できなかったヘルスコーピオンを単騎で討伐し、丸ごと素材をアイテムボックスに保管している金の卵なんですわぁぁああ」


「へ、ヘルスコーピオンを単騎で討伐!?」



 単騎でヘルスコーピオンを討伐し、それをギルドの信頼できるパーティーが見ていたとなれば、莉々菜を一番下のGランクで冒険者登録なんてしなかった。


 強い冒険者はいるだけでそこのギルドの箔になるし、高額依頼をガンガンこなしてギルドに利益を落としてもらえるのだ。



(バジリスクとゴブリンキングも倒したとか言っていたけれど……冗談ではなく、それも本当だったら……)



 冒険者登録はGランクからだが、あくまでそれは原則だ。優れた実力が証明できれば、例外はいくらでも作れる。


 それになにより、ヘルスコーピオンの素材を冒険者ギルドで買い取らせてもらえれば莫大な利益が発生するのだ。

 


「なんで冒険者ギルドに報告しなかったんですか!」



 エイミーが血走った目でレゾットを見た。



「俺とハインツは夜遅くまで騎士団に捕まっていたんだ。変異種のことは、領主への報告が第一だろう? 代わりに冒険者ギルドにはラザロを向わせたじゃないか」



 全員の視線がラザロに向く。彼は照れくさそうな顔をしている。



「姉御が自慢しないのに、オレが言える訳ないじゃないッスか。漢は背中で語るってヤツっスよ。やっぱ姉御はかっけーッス」


「こんのクソガキがぁぁああ!」




 エイミーはエリート受付嬢の仮面を脱ぎ捨てて叫んだ。



「おい、ちょっと待て。ヘルスコーピオンを倒したのが姉ちゃんだとすると……本当に行ったのか?」



 青い顔をしたダグを見て、この場にいる全員が首を傾げる。


 ちょうどその時だ。冒険者ギルドの扉が控えめに開いた。



「ダグさん、いますか? 今までのことのお礼をしたくて」



 現れたのは昨日とは違って穏やかな顔をしたミタメルだった。手にはダグが好きな酒の瓶が握られている。



「ああ、ミタメルか。ところで……姉ちゃんはどうしたんだ。家にいるのか? いるよな?」


「リリナ様は出かけました。ちょっと狩りに出かけるとかで、一週間ほど留守にするそうです」


「あ、あああ」



 ダグはその場で頭を抱えた。



「もしかして貴方、リリナ・ハーチス様の居場所を知っていますの?」



 ダヴィーナの追求に、ダグは疲れた表情を見せる。



「血の雨が降るぞ……そして、金の雨もな」


「最高じゃありませんこと!」



 一週間後、莉々菜は怪我一つなくマスカーニの街に帰還する。


 縄に縛られて連行される犯罪者たちと、おびただしい数の生首と共に。


 莉々菜の冒険者として最初の二つ名が“首狩りハーチス”となり、アシュガ帝国の犯罪者たちを震え上がらせることとなるのだった――――



エイミーとダヴィーナは幼馴染で、二人とも庶民出身です。



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