23話 初心者冒険者と新しい家
家賃を払って冒険者ギルドを出ると、もう昼過ぎになっていた。
「あの……わたしの名前はミタメル・オータムと言います。お嬢様のことは、なんとお呼びしたら……」
「自己紹介をしていなかったね。私は莉々菜。呼び方は莉々菜でいいよ」
「で、では、リリナ様とお呼びします」
「ボクはシロタです。偉大なる精霊ですよ!」
このタヌキは初対面の人間にはとりあえず偉そうにするんだな。ふてぶてしい。
「ではシロタ様で」
ミタメルは怒らず微笑んだ。……どう見ても、シロタのことを愛玩動物だと思っているな。
「さて、お互いのことをしった訳だし急ぐか。<転移>」
一瞬にして景色が街の中から畑や古い家が建ち並ぶ郊外へと変わった。
「え、え、えええええ!?」
「ご主人様。ミタメルさんに説明もせず<転移>するのはどうかと思いますよ……」
驚くミタメルを見て、シロタは私に呆れた視線を向けた。
「今日中に弟君を連れてこないといけないんだから、早く準備しないといけないでしょう」
「ボクのご主人様が効率厨すぎるッ」
「もしかしてリリナ様は大魔法使いだったり……」
「ただの指名手配犯だよ」
「勇者でもありますけどね」
「ええええええ!?」
混乱するミタメルの手を握り、私は借りた家を指さした。
「ほら、あれが私たちの家だよ」
「素敵な家ですね」
少々古いが、白い壁に水色の屋根。正面の扉はお店だった名残か来客を知らせるベルがついており、植物の絵柄が彫り込んである素敵なものだった。裏には別に住人用の玄関がある。
……田舎の店舗兼住宅のオシャレなケーキ屋か花屋といった感じだな。
「それじゃ、私は中を確かめてくるから。シロタはミタメルに私たちのことを説明しながら自由に見てて。この後、すぐに必要なものを買いに行くから」
「は、はい」
「仕方ありませんね」
シロタがミタメルの肩に乗ったところを確認すると、私は正面の扉から店に入った。
そこは事前の説明の通り店舗スペースになっており、備え付けの商品棚やカウンターがある。木製の木の温もりを感じる内装で、若い女の子が好きそうだ。
「街の中心部にあったら若い女の子に人気になりそうだけど……こんな郊外には来ないだろ。立地と内装が合っていないな。どんな商品を扱っていたんだ? たぶん潰れたんだろうけど」
私はカウンターの奥へと進んだ。
在庫が置けそうなシンプルな部屋があり、その奥にはダイニングキッチンがあった。
「手早く回るか」
私は早足ですべての部屋を確認する。
備え付けの家具はベッドや棚、椅子やテーブルですべて木製だ。キッチンには陶器や木の皿は残っていたが、鍋などの鉄製の物はなかった。
お風呂は水道と排水設備と古いバスタブが置いてあるだけだった。シャワーや温める機能は発見できなかった。
「売れるものはすでに持って行っている感じか。家にある物は自由にしていいって言われる訳だ」
けれど、ベッドやテーブルが最初からあるのはありがたい。掃除もしたばかりだから、埃っぽくはないし。離れは後日確認しよう。
私が一階のダイニングに向かうと、ミタメルがキッチンを確認していた。
「リリナ様! とても立派なキッチンですよ」
「そうなの?」
「水道も通っていますし、オーブンがある家庭はそうないですよ。コンロは置いてませんが、おそらく魔導コンロを使っていたんだと思います。前に住んでいた方は結構お金持ちだったんですね」
それか計画性のない人間だったかだな。
「魔導コンロっていくらぐらいなの?」
現代人として、レンジが使えなくとも最低限コンロは欲しい。
「2口で金貨30枚ぐらいですかね? ただ魔導コンロは燃料に魔石を使用するので、維持費がかなりかかるんです」
「普通のコンロはどういった感じなの?」
「薪に火を付けるものなので、ここには置けませんね。煙や煤を防ぐ設備がありません。オーブンは薪製ですが、外に排煙するようになっているので使えます」
「そうなると買う必要があるな」
私はアイテムボックスから金貨の入った袋と日本で愛用していたエコバックを取り出し、ミタメルに預けた。
「当分の食料品を買っておいてくれる? それと調理器具や寝具、家具や服なんかの必要な日用品も買っておいて。多少高くてもこの家に配達するようにしてね」
「き、金貨をこんなに……」
「シロタ。ミタメルが遠慮しないように監視して」
「かしこまりました! ボクは食べてみたいものがたくさんあるんです。それにスキル<料理>をボクも極めたいですし! ミタメルさん、いっぱいおいしい物を買いますよ」
「よ、よろしくお願いします」
ミタメルとシロタは短い時間で打ち解けたようで、ふたりで仲良く何を買おうか相談していた。
「私は今必要な嵩張る物を買ってくる。布団と……あとは魔導コンロか。それじゃあ、買い物に行くよ」
私は冒険者ギルドの前に<転移>した。
周りにいた冒険者たちがギョッとした顔でこちらを見ているが無視をする。どうせ私は自分のスキルを隠すつもりはない。
なぜなら……私は地位と名声のためにトップ冒険者になるつもりだからだ。
「ご主人様、2時間後にこちらに集合でいいですか?」
「分かった。その後にミタメルの弟を迎えに行こう」
「はい!」
シロタとミタメルを見送ると、私は街に出た。
事前にラザロが色々と案内してくれたおかげで、ある程度店の場所は頭に入っている。私は大きめの雑貨店に行った。
「すみません。布団ってありますか?」
頭に角が生えたお姉さんに私は声をかける。おそらく、鬼人族だろう。
「あるよー!」
案内された場所には多種多様な布団が置いてあった。色々な種族が共生している国だからだろうか。
「うちみたいな鬼人族や獣人族だと、角や爪で布を破らないようにとにかく丈夫なものを進めるんだけど……お客さんはどうする?」
「この布団と枕がセットになっているので。4人分ください」
一応、シロタにも買ってやろう。
「おおっ、太っ腹ねー。ちなみにシーツと枕カバーはどうする?」
「それぞれ10枚ください」
「あいよー。他に何かいるか?」
「魔導コンロが欲しいんだけど、ここには売っているか?」
「あるよー。何口?」
「3口で」
鬼人族のお姉さんはバックヤードから在庫を素早く持ってくる。かなり力持ちのようだ。
「魔導コンロはこれでいいかー? 在庫処分品だから、金貨33枚でいいよー」
魔導コンロは、IHコンロに似た仕組みのようで火ではなく熱で温めるようだ。見たところ質量はあるが薄型で普通に使いやすそうである。
「それでお願い」
「魔石はサービスねー。布団が4組で金貨7枚、シーツと枕カバー10枚で金貨2枚、魔導コンロが金貨33枚で合計金貨42枚ねー」
私が代金を渡すと、鬼人族のお姉さんは手早く梱包をした。
「家に届けるかー?」
「いえ。このまま持っていきます」
私はアイテムボックスに布団類と魔導コンロをしまった。
「お客さん、アイテムボックス持ちかー。もしかして、ハーフエルフとか?」
「違うけど。どうしてそう思ったの」
「<アイテムボックス>のスキルは魔力が多い人が持ってる確率が高いからねー。スキルを持っているだけで引く手あまた。どの業界でも就職には困らないよー」
「そうなんだ」
私はアイテムボックスを奪った時のことを思い出す。
……なんで盗賊の頭なんてやっていたんだ。
「お客さん太客よー。また来てねー」
「安くしてくれるならね」
私は鬼人族のお姉さんに手を振り、雑貨店を出た。
接客態度もいいし、良い店だった。客として来てもいいけれど、ビジネスで来てもいいかもしれない。
私は少し早いが、冒険者ギルドの前でシロタとミタメルを待った。すると、思っていたよりも早くふたりが買い物を終わらせてきた。
「すごいんですよ、ご主人様! ミタメルさんは質が良くて安いものを手早く買っていって……すごい速さで買い物が終わりました」
「わたしなんてまだまだです」
さすがは<伝説の家政婦>のスキル持ちだ。私の目に狂いはなかった。
「全部買えたなら良かったよ」
私たちはミタメルの案内で弟とお世話になっている家へと向かう。
街の裏通りの更に先へ行った場所で、一般的な平民たちの住宅街といった感じだ。
「ミタメル! 大変だよ!」
「おばさん!?」
ふくよかな50代くらいの女性が血相を変えて走ってくる。
「あんたの弟の容体が悪くなったんだ!」
「アルフが!? どうして……今朝、ちゃんと魔力抑制剤を飲ませたのに……」
泣きそうなミタメルの顔に両手を添え、無理やりこちらを向かせた。
「家はどこ?」
「あ、赤い屋根の家の納屋に弟が……」
「少し遠いな」
私は<転移>を使って、おばさんとミタメル、シロタを一緒に納屋の前に移動した。
驚くおばさんを無視して、私は納屋の扉を開く。
「アルフ!」
「……ね、姉ちゃん」
粗末なベッドの上には、全身が赤く腫れ、熱で大量の汗をかいた少年が苦しげに横たわっていた。
面白いと思っていただけたら、評価とブックマークしていただけると嬉しいです。
作者のモチベーションになります!




