23話 初心者冒険者の不動産契約
「まーたダグさんがお節介してるッス」
ラザロが私に近づくと、お節介わからせおじさんの名前を教えてくれた。
「なんで揉めているか分かる?」
私の将来のメイド長候補のことなので、とっても気になる。
「あの女の子は数か月前に他所から来たんすけど……ちょっと前に街のいろんな人間に、家の隅でいいから病気の弟を置いてほしい。代わりに自分が働くからって聞きまくってたんス」
「普通の人は見ず知らずの子を置いたりしないでしょ。快く置いてくれる人が現れても、善人よりも悪人の方が多いだろうし」
「その通りッス。案の定、悪い大人が近寄ってきて……その時もダグさんがお節介して、知り合いのオバちゃんを紹介して納屋に住まわせたんス」
「ダグ、いい人やないかい」
「そうなんス。だけど、納屋に住まわせるだけじゃ……あの女の子の弟の病気は治らないんスよ。なんせあの悪名高い『魔力異常症』ッスから」
「魔力異常症? 私の住んでいた場所ではない病気だね」
なにせ日本では『魔力』なんてなかった。
「そうなんスか? 魔力異常症は、生まれつき魔力を異常に持っている人間のことを言うッス。大きすぎる魔力に身体が耐えられなくなって破裂するんス」
「血液が大量にあったら血管が破裂するのと似た原理と考えればいいか。特効薬はないの?」
「薬は魔力抑制剤があるんスが……それを身体が魔力に耐えられるような大人になるまで、毎日飲み続けなくちゃいけないんス。最低金貨10枚の代物ッスね」
1日あたりおよそ10万円か。
「一般的な平民でも無理なんじゃないのか?」
「魔力異常症の怖いところは、魔力抑制剤を飲んでも……生き残れる確率は2割もないんス。さらに生き残っても、年老いて身体が弱ってくるとまた身体が破裂するリスクが高くなるんス。そんなんだから、魔力異常症のヤツはほぼ結婚できないッス。政略結婚が好きなお貴族様でも絶望的ッスね」
「生き残って大人になったら、すごい魔法使いになれそうだけど。魔力が多いのは、魔法を使う上で有利になる要素の一つでしょう?」
「確かに偉業を成し遂げている魔法使いもいるッス。お貴族様か豪商の家に生まれた魔力異常症の中でもごくごく一部ッスが……」
「生存率2割以下じゃ、平民の魔力異常症に投資する価値はほぼないか」
……でも逆にライバルがいないってことでもあるが。
「魔力抑制剤の効果って、自分の魔力回復を遅らせるってこと?」
「そうッス。昔、魔法使いを殺すためにわざと飲ませたりして問題になったんで、販売にはかなり制限を持たせているッス。そのせいで薬はあんまり売れないみたいッスね」
厳しい管理のせいでコストがかかり、利用者が少なくあまり金にならないから製薬技術の発展が遅い。
魔力抑制剤の効果って――――“毒”みたいじゃない?
「ねえ、ラザロ。魔力抑制剤ってどこで売っているの?」
「冒険者ギルドに売ってるッスけど……まさか姉御」
「慈善事業じゃないよ」
私はエイミーに声をかけ、魔力抑制剤を購入した。メイド長候補のミタメルに譲渡するという誓約書を記入して。
「弟とは残された時間を一緒に過ごすんだ。家事の仕事に加えて、冒険者稼業なんて……お前まで潰れてどうする。冒険者は甘くない。お前が死んだら残された弟は今よりももっと悲惨な目に遭うぞ」
「でももう、魔力抑制剤がなくなってしまったんです。明日からどうすれば……」
いまだに言い合いをしているミタメルとダグに私は割り込んだ。
「ねえ、ちょっといい?」
「姉ちゃんには関係ないだろう?」
怪訝な顔をするダグに私は微笑んだ。
「今から関係を持ちたいんだよ」
私はミタメルに視線を移すと、プロポーズをするように跪き、彼女の手に指輪の代わりに魔力抑制剤を握らせた。
「初めて見た時から決めていました。私のメイドになってください」
「え? えっ、ええ!?」
「魔力抑制剤を毎日プレゼントするよ。私の家で住み込みで働いて欲しい。とりあえず給料は月給金貨50枚からでどう? もちろん、弟くんも一緒に住んでいいし、仕事よりも優先して看病してもらって構わない」
私がそう言うと、ギルド内が騒がしくなる。みんな「月給金貨50枚から!?」と金額の話ばかりしているので、異世界の相場でも初任給にしては高かったようだ。
「ちょっと待て。そんなうまい話がある訳ないだろう!」
「あなたがいい人でも、私の邪魔をするなら……わからせおじさんするのも辞さない」
「わ、わからせおじさん!?」
困惑するダグを放っておき、私はミタメルの茶色の双眸をまっすぐに見つめた。
「私の行動が怪しく思えるかもしれない。でも君には私がいち早く手に入れたいと思わせるだけのとてつもない才能がある。どうか私の手を取って欲しい。選ぶのは君だよ」
ミタメルの手に力が籠る。
「……わたしで良ければ、働かせてください」
「ミタメル!」
「わたしを心配してくれてありがとうございます。でも、どうしても弟を諦めたくないんです。最後に残された、たったひとりの家族なんです。わたしができることは全部してあげたいんです」
ミタメルはふにゃりと笑った。
「それにこの方は悪い人ではないと思うんです」
ダグは髪がぐしゃぐしゃになるほど頭をかくと、溜息を吐いた。
「あー、クソッ。姉ちゃん。俺はこの街では顔が利く。ミタメルに何かしたら容赦しねーぞ」
「できるだけホワイトな職場にするつもりだ」
「……とりあえず、住んでいるところを教えろ」
「これから探すところだけど?」
ダグは近くにいるラザロを睨みつけた。
「早くエイミーを呼んで来い!」
「オレに当たるんじゃねーよ、オッサン!」
ラザロは言い返しながらも、即座にエイミーを呼んできた。なかなかの後輩力である。
「冒険者ギルドでは不動産も扱っております。お客様の要望と予算を考えて、堅実な物件をご紹介致します。豪華絢爛で使い勝手の悪い物件ばかり紹介する商業ギルドと違って!」
先ほどとは違い、エイミーは眼鏡をかけて知的アピールをしている。
……やはり、商業ギルドとは仲が悪いようだ。
「それでは応接室へどうぞ」
エイミーは眼鏡の縁をくいっと上げて、私とシロタとミタメルを冒険者ギルドの2階に案内する。
そこそこ立派なソファに私たちを座らせると、エイミーは営業スマイルを浮かべた。
「賃貸でよろしかったでしょうか?」
「そうだね」
「物件の条件はいかがなさいますか?」
「買い物する場所に程よく近く、5部屋以上ある一戸建て。作りたい物があるから、小さくても工房にできる離れがあるといい。それと病気の子をすぐにでも移したいから、掃除がされていて綺麗なところがいい。あとできれば家具付きかな」
「それでしたら、該当する不動産は1件だけですね」
エイミーは本棚から街の地図と物件の見取り図を取ってきた。
「街の中心部からは離れていますが、食料品や日用品を安く買える店が徒歩で行けます」
地図で指を刺された場所は冒険者ギルドから離れているが、私は<転移>が使えるので問題はない。
「2階建ての建物で、部屋は6部屋……少々古いですがキッチン・お風呂付きです。以前はお店でしたので、1階部分は店舗スペースとなっております。商品の在庫保管庫に使っていた離れもあります」
広げられた見取り図を見ながら私はエイミーの話をしっかりと聞く。
「先日、冒険者ギルドが接収したので大規模な掃除もしたばかりです。前の住人が使っていた家具もまだ捨てていませんので、そのまま自由に使っていただいても構いません。もちろんペットーーーー精霊も住むことができます」
「ここにします」
「即決すぎませんか、ご主人様!?」
驚くシロタに私は呆れた目を向ける。
「私が出したのが最低条件なんだから、それが満たされる場所が1件しかないならここしかないでしょう」
「で、でも他の不動産屋を探すとか……」
「私たちはここに来たばかりで伝手もないし、カモられる確率の方が高い。ベテラン冒険者のダグが私たちのバックについているんだから、冒険者ギルドも下手な物件は紹介しないでしょ」
「いや、いつの間にご主人様のバックにダグさんが付いたんですか。どっちかっていうと、ミタメルさんの方でしょうよ」
「私のメイドの後見人なんだから、私の後見人でもあるでしょ」
「ダグさんが巻き込まれ事故すぎる……!」
頭を抱えるシロタを見て、ミタメルはおろおろしていた。
「家賃は前払いで月金貨35枚です」
「分かりました」
……結構安いな。
「では、ご成約ということで」
エイミーは絶対に逃さないとばかりに、今まで一番早い動作で契約書を作り始めた。
莉々菜の購入物件について
入った店がすべて営業不振で潰れている。
前の所有者も営業不振で苦しみ、土地建物を担保に冒険者ギルドにお金を借りた。
冒険者ギルドは低金利だが冒険者にしかお金を貸さないので、前の所有者は中年で冒険者デビュー。
冒険者資格を維持するために採集などの低ランクの仕事をたまにしていたが、運悪く凶悪な魔物にエンカウントしてぺろりされた。
冒険者ギルドも建物と土地を接収したはいいが……店が入っても続かず、前の所有者の死に方が死に方だったので、化けて出るんじゃないかと噂が立っているので地元の人からの評価は低い。
余所者の莉々菜が早々に契約してくれて一安心。
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