20話 逃亡OLとヘルスコーピオンとおじさん 中編
転移を発動し、ヘルスコーピオンに近づく。
ヘルスコーピオンは、めちゃくちゃでかいサソリという見た目だ。ただ、濡羽色の外皮は柔軟性もありつつ、かなり丈夫そうだ。目はいくつもあり、側面は複眼のようだ。視界の広さは人間を軽く凌駕するだろう。
そして、うっすらと金色に光るハサミは鋭そうで、挟まれたら一溜りもない。だが、他にもあのハサミは何か機能がありそうだ。ハサミに注意しろとと私の<直感>が警告している。
まずはスキル<鑑定>をヘルスコーピオンに使う。
*********
種族:ヘルスコーピオン(魔物)
ユニークスキル
サンドアームA
ノーマルスキル
土魔法B 毒針E 防護皮B
*********
「……防御力が強そうなスキル構成だな」
追加の情報集がてら、足止めしている冒険者2人の様子を観察することにした。
一人は私と同じ歳ぐらいの青年で、ローブを纏い、杖を持った日本人が想像するようなステレオ魔法使いタイプ。彼は魔法の風の刃をいくつもヘルスコーピオンにぶつけようとしているが、そのたびに頑丈そうな土壁が現れて弾かれている。
十中八九、あれが土魔法だろう。
「逃げんなァァアア!」
叫び声をあげたのは、二人目は少年だ。十代半ばぐらいだろう。身体に不釣り合いな大剣を振り回すが、すべてヘルスコーピオンの尾で弾かれている。蟻地獄のように砂が動き、足場が悪い中であの攻撃ができるのはかなりすごいが、ダメージは与えられていない。
やはり、ヘルスコーピオンは視野が広い。冒険者二人同時に相手をして、無傷で立ち回れるとは。
「フレイムランス!」
少年の大剣から炎の槍が複数繰り出されるが、ローブの青年の魔法より威力が低い。ヘルスコーピオンは防御もせず、外皮だけでフレイムランスを受け止めた。
「クソがァァアア!」
魔法が防がれたことで想定した攻撃を繰り出せなかったのか、少年に隙ができてヘルスコーピオンの尾で吹き飛ばされる。ローブの青年は少年を助けるため、風魔法を止めて駆け寄った。
「魔法は適正、正しい詠唱、イメージ、魔力」
「……ご主人様?」
少年が弾き飛ばされたことで、近くにいた私の存在にヘルスコーピオンが気づいた。
――――ギュイィィイイイ!!!
威嚇しながら鋭い毒針がついた尾で私を刺そうとする。
「よっしゃ、フレイムランス!」
「いや、こんなぶっつけ本番で使います!?」
私の目の前に赤い魔法陣が現れ、少年が放ったものよりも強力なフレイムランスがヘルスコーピオンに向かって飛んだ。
威力は少年よりも上だが、制御ができず軌道は無秩序だ。
それでもいくつかはヘルスコーピオンに当たり、外皮を焦がして黒い煙を上げる。
ヘルスコーピオンの視界が僅かに曇った瞬間、私は<槍術><身体強化>を使い、渾身の力で槍を投げた。
――――ギュガァァアアアア!!!
槍はヘルスコーピオンの外皮に突き刺さった。目を狙ったが、そう上手くはいかなかったらしい。
「シロタも戦って」
「ボクはザコ精霊なんですが!?」
私は市場で買った物の中で、一番高いナイフを取り出してシロタに押し付けた。
「どうせ死なないんだから、この機会にレベルを上げないと。強い精霊の方がかっこいいだろ」
シロタは目を見開くと、次の瞬間には覚悟を決めた顔でナイフを口に咥えた。
「がむばりまふっ」
私の肩からシロタは飛び降りる。
ヘルスコーピオンは悶えながら槍にハサミをあてると、ボロボロと砂のように崩れ落ちた。
「あれがスキル<サンドアーム>か」
見たところ触れた物を砂にするスキルのようだ。
私はアイテムボックスから剣をもう一本取り出し、二刀流の構えを取る。
手数が多い方がいいし、一本剣が<サンドアーム>で砂になってもリカバリーが利く。
「狙うは目玉と関節部分だな」
魔法は効果が弱い。強靭な外皮を突破し、深いダメージを与えるにはそこを狙うのが良さそうだ。
ヘルスコーピオンとにらみ合いをしていると、離れた場所でシロタが声を上げる。
「ふきる<まほのかいたい>! キャウンッ」
シロタは口で加えたナイフで尻尾の毒針部分を切断した。……が、すぐに気づかれて、ヘルスコーピオンにものすごい勢い吹っ飛ばされて砂埃が舞った。
「いい仕事するじゃん」
気にもしていなかった弱小生物の一撃。ヘルスコーピオンに一瞬の隙が生まれた。
……毒魔法は素材がダメになりそうだし、転移は視界を遮る手段を持っている相手にはあまり使いたくない。
「せっかくだし、ここで<剣術>を上げる!」
<転移>でヘルスコーピオンの裏に回り、関節を狙う。
ヘルスコーピオンは広い視野でそれを察知してハサミで防ごうとするし、土魔法で地面から槍が生えてくるから地面に着地できない。
だから私はまた<転移>を使う。
「オラァ!」
毒針の取れた尾で私を地面に叩きつけようとするので、スキル<体術>で身体を捻り<打撃>で蹴り上げて僅かながらヘルスコーピオンにダメージを与えた。
そしてまた<転移>をしての繰り返し。
ずっと空中で剣を振るっていると、徐々にヘルスコーピオンの行動パターンが見えてきた。
日本では無縁だった<剣術>という他人から奪ったスキルが、自分の中で嚙み合っていくような感覚。思考せずとも腕が足が最適の行動を取り、結果――――無駄のない私だけの本物の“剣術”へと進化していく。
「――――終わりにしようか」
舞うようにヘルスコーピオンの背に<転移>し、身体を捻って剣を2本同時に尻尾の付け根と胴体の関節にそれぞれ切りつける。
外皮の隙間とはいえ、巨大な魔物であるヘルスコーピオンの肉体は固い。まだ切断には至っていなかった。
――――ギュガァァアアアア!!!
ヘルスコーピオンは砂埃を巻き上げ、一心不乱に砂の中に逃げようとする。
「逃がすかよ。私の金づる!」
スキルを使い、砂ごとヘルスコーピオンを空中に転移させた。
巨体が重力に従って落下する。
予想外の景色にヘルスコーピオンは混乱していた。スキル<サンドアーム>を発動したままの両足を振り回して暴れていた。
私は呼吸を整えると剣を構え、切りつけた傷に狙いを定める。
「スキル<加速>」
砂上を駆け、ヘルスコーピオンへと助走をつけて飛び上がった。
私は血の流れる関節に正確な動作で刃を入れる。
今度は<身体強化>とバジリスクから奪った<怪力>で強引に刃を進めた。
2本の刃は砕け散ったが、剣は最後まで振り抜けた。
わずか1秒にも満たない一閃で、ヘルスコーピオンの胴体は切り刻まれる。
ドスンッという地響きと共に―――ヘルスコーピオンの死体が体液を巻き散らして落ちた。
*********
▶蜂須莉々菜のレベルが75に上がりました。
▶スキル<転移>の熟練度がD→Cになりました。
▶スキル<身体強化>の熟練度がB→Aになりました。
▶スキル<槍術>の熟練度がE→Dになりました。
▶スキル<体術>の熟練度がC→Bになりました。
▶スキル<鑑定>の熟練度がC→Bになりました。
▶スキル<打撃>の熟練度がA→Sになりました。
▶スキル<火魔法>の熟練度がE→Dになりました。
▶スキル<スタミナ>の熟練度がC→Bになりました。
▶スキル<剣撃>の熟練度がA→Sになりました。
▶スキル<剣術>の熟練度がB→Sになりました。
▶熟練度が一定値を超えたため、<剣撃S><剣術S><短剣術A>が統合され、ユニークスキル<剣聖>に進化します。
▶ヘルスコーピオンからスキル<サンドアームA><防護皮B><毒針E><土魔法B>を転移しました。
<サンドアームA>
ヘルスコーピオンのみが発現するスキル。触れた物を砂化する。
<防護皮B>
自分の皮膚の質感はそのままに、鉱物のように固くする。
*********
「……やっと終わったな」
私が額の汗を拭うと、シロタが「ご主人様~」と叫びながら近寄ってきた。
シロタは自信満々にヘルスコーピオンの毒針を地面に落とす。
「どうでしたか、ボクの活躍は! なんと、初めてレベルが上がったんですよ」
嬉しそうなシロタのステータスを開いてみる。
*********
名前:シロタ
性別:無性
年齢:110歳
種族:無の精霊
レベル:14
HP:294/294
MP:280/280
筋力:28
攻撃:28
防御:70
知力:70
素早さ:14
幸運:14
ノーマルスキル
毒耐性C 毒の牙F 料理D 農業C
魔物解体F 釣り人B
*********
相変わらず弱いが、ステータスが前よりも随分とマシになった。
何より、戦闘を経験したことでシロタも自信が付いたのだろう。さっきからずっと飛び跳ねている。
「よくやったんじゃない?」
「ありがとうございます!」
私はシロタの持ってきたヘルスコーピオンの毒針と切り刻まれた死体をアイテムボックスにしまった。
「スゲェ! 凄すぎるッス、姉御! ガー、ズバッ、グガガって感じで!」
大剣を持った少年が私に全速力で駆け寄ると、シロタと一緒に飛び跳ねる。
緊迫した状況から一気に気が抜け、私も満面の笑みを浮かべた。
とりあえず終わったな。半分は――――
面白いと思っていただけたら、評価とブックマークしていただけると嬉しいです!
作者のモチベーションになります!




