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19話 逃亡OLとヘルスコーピオンとおじさん 前編


「あの……先ほどはありがとうございました」



 幌馬車の中で、獣人の女の子が私の隣に座った。



「たしか、リサだっけ。さっきのことは早く出発したかっただけだから、気にしないで。元々の原因はあのおじさんでしょう」


「それでもわたしに……獣人に優しくしてくださってありがとうございます……」



 卑屈に見えるほどお礼を繰り返す彼女に私は違和感を覚える。



「ご主人様。獣人族は150年ほど前に神の怒りを買った種族として、差別的な扱いを受けているんです」


「ほぼすべての国で獣人は貴族にはなれず、他種族との婚姻もできない。一番獣人差別が少ないアシュガ帝国であっても同様じゃ。こんなことも知らないなんて、リリナ嬢ちゃんはよっぽどの田舎に住んでいたんじゃの」



 シロタとリアンドロさんの言葉に納得をする。絵本にも獣人族は『とがびと』とあったし、余程根深い問題なのかもしれない。


 まあ、異世界人の私には関係ないけど。



「今生きている獣人が罪を犯した訳ではないですし。私は興味ないですね」



 そもそも種族のくくりで考えず、個人の罪は個人で裁けばいいのに。と思える私は部外者だからだろう。



「リサの嬢ちゃんは、もしかして……駆け落ちかの?」



 リアンドロさんが気を利かせて話題を切り替える。



「駆け落ち、というか……村を追い出されたんです。わたしも彼も村では異物でしたから。ロベリア王国には居場所がないので、結婚できなくとも獣人に寛容なアシュガ帝国に向かおうと」



 彼氏の方は、人族のおじさんの隣で見張るように座っていた。リサのことを大切に思っているのは間違いない。



「追い出されたなら、身分証もないじゃろ。職を見つけるなら、最初に冒険者ギルドに登録するといい。アシュガ帝国は魔物退治の依頼だけではなく、普通の仕事の依頼もある。働きが良ければ、正式に雇ってくれるところもあるぞ」


「自分の商会を立ち上げるにはどうしたらいいんですか?」



 リサではなく、私が質問するとリアンドロさんは豪快に笑った。



「下積みをすっ飛ばして商会を立ち上げるのは大変じゃぞ! 有力者の後ろ盾か自分自身にネームバリューが必要じゃ! 儂に頼むのもダメだ。いくらリリナ嬢ちゃんでも、実績のない人間の後ろ盾にはなれんぞ」


「自分でなんとかします」


「そのぐらいの意気込みではなくてはな! 開業するなら商人ギルドで手続きするといい。身分証と金貨10枚が必要じゃ」



 アシュガ帝国に行ったら、まずは冒険者ギルドに登録しないとな。



 私がこれからの算段を立てていると、地平線も見える荒野から、物凄くデカい枯れ木が立つ荒野に風景が変わった。



「……数年ぶりに見たが、前よりも世界樹が枯れたな。細い枝は消失したのかの」



 あの枯れ木は世界樹というのか。ファンタジーな響きだ。



「世界樹は魔素の源泉であり、聖地と呼ばれる場所でした。それが150年ほど前に魔素の源泉が崩壊したんです」


「150年前ここを治めていたのが、名前の消えた獣人の国です。魔素の源泉を破壊したことが、わたしたち獣人の犯した大罪なのです」



 リサはそう言いながら、世界樹へと祈りを捧げる。



「この荒野はもしかして、魔素の源泉を破壊したから?」


「大昔は緑豊かな世界樹が根付くのに相応しい土地だったらしいぞ」


「魔素が供給されないので、精霊もいません。徐々に荒野が広がっていき、やがて世界樹も消失するでしょう」



 シロタは耳をへにょっと垂れさせた。


 世界樹がなくなった後、この荒野はどうなるのだろう。


 もし荒野までもが魔素不足で破壊されたなら?


 この疑問の答えをいずれ世界のすべての人が知ることになるのかもしれない。



「……あれはなんじゃ?」



 リアンドロさんが眉間に皺を寄せながら遠くを見る。


 それと同時に護衛の冒険者たちが叫びを上げる。



「魔物だ! ヘルスコーピオンが現れた! 馬を全速力で走らせろ!」


「ヘルスコーピオンじゃと!?」


「有名な魔物なんですか?」



 私が問いかけると、リアンドロさんが血相を変える。



「数十年前、砂漠地帯の小国が一晩で滅ぼされた。それぐらい凶悪な魔物じゃ。ここは魔素が少ないから、魔物はほとんどいないはずなんじゃが……変異種か」


「最近は世界中で変異種の魔物が発生していると聞きます。ロベリア王国でもゴブリンキングやバジリスクなどが猛威を振るっているとか」



 そのゴブリンキングとバジリスクって、私が倒した奴じゃないよな。



「変異種が現れたのは、その家畜たちが世界樹を枯らせたせいだ!」



 人族のおじさんがヒステリックにリサを指さしながら叫んだ。リサの彼氏が人族のおじさんに掴みかかる。



「変異種は世界中で増えているんだから、世界樹のせいじゃないだろ!」


「今は争っている場合ではない! もう追いつかれそうじゃ。早く馬車から降りろ。馬を囮にして逃げるんじゃ!」


「運営兼御者として言います! 皆さん、命を守る行動をとってください!」



 外を見れば、荒野の固い大地が砂に変化していた。それがヘルスコーピオンを中心に渦を巻いて、蟻地獄のように広がっていく。


 馬車も砂に呑み込まれ、進みが遅くなっていた。



「シロタ、外に出るよ」



 私がシロタと共に外に出ると、他の乗客も急いで飛び降りる。そして、砂の渦が弱い方へと走り出す。


 一番老人のリアンドロさんがかなり俊敏なので、逃げ遅れた乗客はいないようだ。


 後ろを振り返れば、幌馬車と馬が蟻地獄に呑み込まれていた。ヘルスコーピオンの巨大なハサミで馬の胴体を引きちぎると、そのまま体液を啜り上げる。



「皆さん、こちらです!」



 冒険者のリーダーが手を上げて乗客たちを呼び込んだ。


 他の冒険者はというと、火や風の魔法を使ってヘルスコーピオンを足止めしているらしい。



「……ご主人様、助けないんですか?」



 シロタが小声で聞いてきたが、私は首を横に振る。



「これが彼らの仕事だ。手を出すつもりはないよ」



 幸いなことに冒険者たちの足止めも成功している。


 幌馬車の馬はヘルスコーピオンを喰らってしまったが、冒険者たちの馬が3匹残っている。


 私と冒険者たちさえ自力で走れば、他の乗客を相乗りさせて逃げられるだろう。


 ヘルスコーピオンも食事にありつけたことで、それほど好戦的ではないはずだ。



「乗客の中で馬を使わずに走れる方はいますか?」


「走れます」


「儂も鍛えておるから走れるぞ!」



 冒険者のリーダーの問いかけに、私とリアンドロさんが答える。



「助かります。そうなると……残りの乗客を二人ずつ馬に乗せれば……あれ? 乗客の数が足りない」



 辺りを見渡せば、すぐに誰が足りないか分かった。


 そう、人族のおじさんがいないのだ。



 ――――パリンッ



 ガラス瓶が何かにぶつかって割れる音がした。


 音が鳴った方向にいたリサとその彼氏を見れば、薄緑色の液体が身体にかけられている。呆然とする二人の足元には、ガラス瓶の破片が散らばっていた。



「これは……魔物寄せの薬の臭い!?」



 冒険者のリーダーが鼻を抑えて言った。



「家畜も生意気な女もそれに味方するクソみたいな乗客と冒険者もみんな死んじまえ! 俺のためにな!」



 ギャハハと人族のおじさんの声がするが、そこには冒険者たちの馬しかいない。しかも、馬にはいつのまにか乗客の荷物がいくつか括り付けられていた。


 そして馬がひとりでに走り出したところで、人族のおじさんの姿が蜃気楼のように現れる。



「……何か姿隠しのスキルでも持っていたのか」



 私は姿が小さくなっていく人族のおじさんを見ながら呟いた。



「あのクズを追いかけていく時間はないぞ!」


「残りの馬ですべての乗客と逃げることはできません」



 冒険者のリーダーが苦虫を嚙み潰したような顔でリサたちを見た。



「……わたしたちはここに残ります」


「リサ!」


「魔物寄せの薬をかけられたの。一緒に逃げたら迷惑になるわ。それにわたしたちが囮になれば、他の乗客の皆さんは助かると思うの」


「リサが……そう言うのなら。最期まで一緒にいよう」


「すまない」



 すべてを諦めて抱き合うリサと彼氏から冒険者のリーダーが視線を逸らした。


 私は首を傾げなら考えると、冒険者のリーダーに声をかける。



「ヘルスコーピオンを倒すことはできないんですね」


「Cランク冒険者の俺たちでは無理だ。本当にすまない。急ぎ逃げる準備を――――」


「私がヘルスコーピオンを倒したら、取り分はどうなります?」


「そんなの無理に決まっている!」



 叫ぶ冒険者のリーダーを私はじっと見つめる。



「 取 り 分 は ?」


「お、俺たちではヘルスコーピオンに歯が立たない。当然、素材などの取り分はすべて君のものだ」


「ヘルスコーピオンの素材って高い?」


「そりゃ、滅多にない素材だから、王侯貴族も大商人もこぞって欲しがるだろうが……」



 私はにんまりと口角を上げた。



「それなら命を懸ける価値はあり。行くよ、シロタ」


「ええ、ボクはただの足手まといなんですけど……」


「待ってください、リリナさん! わたしたちのことは大丈夫です。皆様に恨みなどございません。ただ無事に逃げてくれればそれだけで……」


「別にリサのためじゃないよ」



 嫌がるシロタを肩に乗せると、私はアイテムボックスから市場で買った剣と槍を取り出した。


 絶望する暇があるなら、お金稼ぎをする。


 その方が楽しいし、私は今までそうやって生きてきた。



「スキル<転移>」



 さて、ヘルスコーピオン狩りといきますか!




リアンドロ・アスター 

70代前半 お金持ち

アスター商会の会長だが、息子にほとんどの仕事を移行させているため、

今は趣味の貧乏旅行を満喫している。奥さんは呆れている。

孫溺愛中。

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