16話 逃亡OLと街のボス
「ぜひとも恩を売らせてください!」
前のめりなサイモンを私は手で制止する。
「その前に手を組むにあたって自己紹介でもしようか。私の名前は莉々菜。ご存じの通り勇者召喚に巻き込まれた異世界人だ」
「サイモンです。24歳、男。アズーロの街の裏社会のボスをやってます。彼女は募集中です」
人の好さそうな笑みを浮かべてサイモンが言った。
スキル<鑑定>がバレているからか、偽名を名乗られたりしなかった。けれど油断はできない。
嘘を吐くリスクがあるのならば、本当のことを言えばいい。ただし、余分な情報を削ぎ落して。今、私がサイモンにやっているように。
「まずはアズーロの街を知るためにもいくつか質問してもいい?」
「なんなりと!」
「では遠慮なく」
私は思考を巡らせて、質問の優先順位を決める。
「私が王都から逃げてそれほど時間が経ってないんだけど、どうしてこんな辺境に指名手配が回っているの?」
「王家が金と権力で作った役人の情報伝達網が優秀だからでしょう。初めに王家からダンジョン製の通信宝珠を使って大都市の役人に一瞬で情報が伝わります」
通信宝珠とは、現代でいう電話やメールのようなものだろうか。ダンジョンというのも気にはなるが今優先することではない。
「次に大都市から様々な手段を使って担当区域の街や村へ同じ情報が役所へと届けられます」
「様々な方法?」
「使役した鳥系の魔物に手紙を運ばせたり、足の速い馬車を持つ商人に手紙を運ばせたり……とにかく、緊急性が高ければ高いほど金を使って見境なしに速さ重視で情報が伝達されます。リリナさんの情報は秘匿性やコストよりも速さを優先されたのか、こんな辺境にまで魔物が手紙を運んでいましたよ」
「やましいことをした自覚があるからこそ、王家も必死なんだろうよ」
王家からの私の評価は『潜在的なテロリスト』ってところだ。本当に逃げ出して良かった。
「アズーロの街の役人が仕事熱心じゃないのはどうして?」
「ここは見捨てられた辺境。自称エリート役人たちの左遷先だからですね」
「自称ってことは、権力争いに負けた有能な人とかではないのか」
「自尊心だけは肥大した貴族のお坊っちゃんたちですね。優秀じゃないスペア以下の男子なんて使い道がありませんから。家からも見放されています」
「その様子だと、お坊ちゃんたちには問題を起こさせないようコントロールしているみたいだな」
私がそう言うと、サイモンは今まで見せたことのない蛇のような歪んだ表情を浮かべた。
「御明察です。愛情やら、人からの評価に飢えている人たちですからね。街の住民から尊敬の眼差しを向けられ、花街では人気者。なぜか小金もうまいこと稼げる。与えられる情報さえ上手く制限すれば、行動もコントロールも可能です」
サイモンは簡単に言うが、お坊ちゃんたちをコントロールするには、アズーロの街に緻密な情報網と優秀な部下が何人も各所で必要になってくるだろう。
「お坊ちゃんたちにはお坊ちゃんたちなりのコミュニティがありまして、ひとり懐柔すればまたひとり同じような扱いやすい奴が王宮から飛ばされてきます。見捨てられた辺境で国のために尽くしたいと言えば、本物のエリートたちから逃げる立派な貴族的建前になりますし」
「ここは見捨てられた辺境と言われるほど旨みのない土地には思えないけれど」
わたしは夕方の街の賑わいを思い出した。
「情報操作はもちろんしています。それに国から見捨てられているのは本当ですよ。ここはいずれ魔素がなくなり消えゆく街ですから」
「街の周辺に草木が少なかったのも関係してたりする?」
「そうです。ここは作物が育たない。それでも俺たちはここで生きていきたい。だから闇市を開いたり、帝国との交易を密かに手伝ったり……王家に比べれば些細な悪いことをしています」
魔素とかいう気になる単語が出てきたが、後で情報の裏どりも含めてシロタに聞いてみよう。
「それにしても、さりげなく王家への不信をアピールしてくるんだね」
「いや~、バレましたか!」
……食えない男だ。けれど、取引するならこれぐらいの奴がいい。
「闇市をやっているんだったら、買い取って欲しいものがいくつかあるんだけど」
「どんな品物でしょうか?」
私はアイテムボックスを開く。そして空いたテーブルに盗賊から奪ったルビーの指輪、タンザナイトの腕輪、サファイアのピアス、大真珠の首飾り、プレア男爵夫人の肖像画、宝剣2本、ブラックタイガーの絨毯を出した。
これらの品々を他国で売って足が付くのは避けたい。私にはただの宝飾品や美術品に見えるが、どこかの家の家宝だったりするかもしれないし。
「ああ、ついでにいらない物も引き取ってくれる?」
私はアイテムボックスからチンピラたちから奪った安そうなピアス、傷だらけの指輪、靴2足、銅っぽい素材のネームタグを取り出した。
「……これは」
サイモンは口をポカンと開けて絶句していた。
けれど私は気にせず次の要求をする。
「明日、アシュガ帝国に行く移動手段を用意してくれる? できれば、一般人に紛れて行きたいんだけど」
「か、かしこまりました」
「ありがとう」
私が笑いかけると、サイモンの顔色が真っ青になった。
別に怖いことは何もしていないのにね。
「あの……料理はどうしましょう」
食堂の従業員が料理とワインを乗せたカートを引きながら戸惑っている。
「部屋で食べてもいいですか?」
「は、はい。お運びしますか?」
「いえ。自分で持っていきます」
私はアイテムボックスに料理とワインを突っ込んだ。
サイモンとは一緒に料理を食べる仲でもない。
「私の宿泊する部屋の周りにいるあなたの部下は下げてね。鬱陶しいから」
「……明日までにご依頼の品の査定を終わらせます」
「よろしく」
あくまで利害関係だとサイモンに釘を刺し、私はテーブルに代金を置くと椅子から立ち上がった。
早く、きのこうどん食べたいな!
次はサイモン視点です




