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14話 逃亡OLとアズーロの街

 バジリスクとの戦いの後。私はスキル<転移>を使って、自分とシロタに付着した猛毒を落とすと、軽く綺麗な川で水浴びをした。


 そして、盗賊から奪った荷物の中から、おそらく平民用と思われる白シャツと黒い細身のズボンに着替えた。下着はお嬢様が着るようなフリフリのベビードールのようなもので我慢している。どうやら異世界の下着はフォールド力が足りないようだ。


 靴は怪しまれないように小柄なチンピラから奪った履き古された靴を履いている。



 日も落ちかけた夕方。私とシロタはようやく『アズーロの街』へとついた。


 ロベリア王国の南の果て。最後の交易場所であり、アジュガ帝国との国境地帯である。



「身分証はあるか?」



 街の兵士が関所の前で私に質問する。


 私は疲れ切った演技をしながら、かなり前に並んでいた商人が言ったのと同じ言葉を紡ぐ。



「途中、盗賊に襲われてしまって。商売用の荷物と使用人を置いて逃げてきたんです」


「その肩に乗っている白い生き物は?」


「売り物です。非常食兼生贄兼憂さ晴らしに使えます。子どもにも扱えるほど弱い生き物です」


「ああ、確かに弱そうだ。家畜用の魔物を連れる場合は銀貨1枚、商人は3日滞在で銀貨2枚。合わせて銀貨3枚だ」


「分かりました」



 私はチンピラから奪った銀貨を兵士に差し出した。兵士は疑いもなくそれを徴収すると、顎をしゃくって街の中に早く入るよう促した。


 こうして、私は疑いもされずにアズーロの街の中に入った。



「スキル<聴力>は本当に便利だな」



 どういう受け答えをすれば怪しまれないのか。列に並びながら情報収集できたのは助かった。


 それに女商人というのもここでは珍しくないようで、特に怪しまれずに済んだ。門番にしつこく言い寄られていたのは、人に獣の耳や尻尾、羽などが生えた、ファンタジー作品でいう獣人らしき種族だった。



「とりあえず、宿を探すか」


「……ボクは非常食兼生贄兼憂さ晴らしボクは非常食兼生贄兼憂さ晴らしボクは非常食兼生贄兼憂さ晴らし」


「怪しまれるから喋らないで」



 私はシロタに注意すると辺りを見回した。


 アズーロの街はそれほど大きくはない。建物も古びたレンガ造りで洗練されたものではなかった。しかし、活気はそれなりにあるようで、日が落ちかけているというのに開いている店は多く、街灯が灯り、人の往来もある。



 ……街の周辺は乾いた土が多く、木々も少ない。細かく転移して移動する道すがら畑もほとんど見かけなかったし、海や山の恵みもあるようには見えない。なんの産業で儲けているのやら。



「お姉さん。家の宿に泊まりませんか!」



 現れたのは、10歳ぐらいのオレンジ髪の少女だ。


 彼女の指さした方を見れば、オープンテラスまで賑わった食事処を併設した、4階建ての宿屋だった。



「一泊いくら?」


「素泊まりで大銅貨3枚。お湯は銅貨5枚から。泊まってくれると、1階の食堂での料理が2割引だよ!」


「分かった。一泊お願い」


「かしこまりました! パパとママに伝えてくるねぇ~」



 オレンジ髪の少女は満面の笑みを浮かべると、宿屋へと走っていく。



「泊まるところをそんなに適当なかんじで決めていいんですか? ご主人様はお尋ね者ですよ」


「私の勘が言っている。あの宿屋はご飯が安くておいしいと」


「大丈夫かな……」



 私が宿屋に入ると、1階の食堂はほとんど満席で賑わっていた。



「お姉さん。こっちこっち!」



 オレンジ髪の少女に宿屋の受付らしきカウンターまで案内される。そこには、オレンジ髪の少女によく似た女性がいた。おそらく、母親だろう。


 先ほどの少女の説明通りにお金を払い、部屋の鍵が渡される。



「小型の魔物は部屋の中の檻に入れてね! 宿屋の中を自由に歩き回らせないこと。特に食堂は注意してね」


「分かったよ」



 シロタは小声で「ボクの温かいご飯が……」と言っているが、獣が宿屋に入れただけでも優遇されている。日本でもペット可のホテルなんてそうそうないし。


 客室は、木製の頑丈そうなベッドと机と椅子があるだけのシンプルな部屋だった。私は備え付けの檻にシロタを入れるとホッと息を吐く。



「やっと落ち着けた」


「……ボクは檻に入れられるんですね」


「いつ従業員が来るのか分からないんだから我慢して」



 私は勇者召喚されてから今までの出来事を思い出しながら背伸びをした。



「この街に長居をする気はないよ。できれば明日には必要な物資を買い込んで旅立ちたい」


「そうですね。早いところロベリア王国からは脱出したいです」



 王都からはかなり離れているとはいえ、油断はできない。なんらかの方法で私のことが辺境にまで伝わっている可能性もある。


 地球よりも技術が劣っているなんて考えていると、足元を掬われるだろう。ここは私の常識では測れない、魔法とスキルが存在する異世界なのだから。



「食事でもしてくるか」


「ボクの分も忘れないでくださいね! 絶対ですよ!」


「はいはい」



 私はシロタを部屋に置いて、一階の食堂へと向かう。


 たまたま空いていた奥のテーブル席に座ると、メニュー表を覗き込む。そこには驚くことに『きのこうどん』があった。思いっきり日本料理である。飲み物にはワインもあった。



「ご注文は?」


「きのこうどんと、腸詰めの盛り合わせ、お任せサンドイッチ、ワインでお願いします」



 現代日本と本当に同じ料理なのかを確かめるため、私は注文した。


 料理ができるのを待っていると、出入り口の方が騒がしくなる。私がそちらに視線を向けると、バンッと扉が壊れるかと思う音を立てながら、武装した兵士が十数人現れた。



「ここに黒髪黒目の女はいるか! 王家より指名手配状が出ている!」



 兵士の大声が宿屋に響き渡った。


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